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「夫が知らない人に見えた…」現実世界でも結婚したゲーマーカップルの夫が妻に放った「言ってはならない言葉」

Finasee / 2024年5月16日 11時0分

「夫が知らない人に見えた…」現実世界でも結婚したゲーマーカップルの夫が妻に放った「言ってはならない言葉」

Finasee(フィナシー)

『永遠の愛を誓いますか?……■』

白髭を蓄えた神父が言い、黒鉄のよろいに身を包む〈ザンテツ〉は大剣を、純白のローブをまとう〈ヴィオレット〉はつえを、それぞれ頭上へ掲げて交差させた。

問いの答えはもちろん『はい』。2人同時にコマンドを選択するや、ステンドグラスから光が差し込み、西洋風の教会には荘厳な鐘の音が響き渡っていく――。

そんな祝福に満ちた光景を映すモニターが2つ並んでいる。モニター前のゲーミングチェアには夏織と徹が並んで座っている。

今、2人がやっているのは『ファイナル・フィクションズⅣ』というゲーム。”ファイフィク”の愛称で親しまれ、世界中で人気のあるMMORPG※だ。

ゲーム上では何度かパーティーを組んでクエストに挑んだことがある2人は、いわゆるオフ会で”中の人”に去年の暮れに初対面した。

『え、ザンテツさんって絶対筋肉モリモリのいかつい男だと思ってた』

『わたしも、ヴィオレットちゃんってきれいなお姉さんだと思ってた』

ゲームのなかで使っているハンドルネームを教え合った夏織たちは顔を見合わせて笑った。

そんな2人が付き合い始めるのに時間はいらなかった。いや、あるいはもう出会ったときすでに、夏織たちは見かけや性別ではないお互いの内面を深く知っていたのかもしれなかった。

付き合ってから、多少は出掛けたりもした。映画館や水族館、ショッピングに遊園地。人並みのデートも憧れていたし楽しかった。でもやっぱり1番は、2人で〈神竜・ファフニール〉を討伐したり、〈ラピス・ダンジョン〉の謎を解き明かしたりと、ともに冒険をしているときだった。

ゲームのなかだけじゃなく、一緒にいたいと思ったのはどちらからともなくで、夏織たちは同棲を始めた。4.5畳の洋室をゲーム部屋にして、60インチのモニターを2つ並べた。大画面に興奮はしたけれど、意外と圧迫感が強くて、ちょっとミスったねなんて2人で笑いあった。

ちゃんと付き合い始めてからはまだ半年足らずだった。それでも夏織は、徹のことを運命の人だと思った。

「ねえ、夏織?」

モニターから視線を外した徹がチェアを回転させて、夏織へと向き直った。

「どうしたの、改まって」

妙に張りつめた徹の声音に笑いながら、夏織もチェアを回転させる。

「俺たち、現実でも結婚しようか」

そう言って差し出された右手の、自分のものとは違う分厚い手のひらの上に載せられた小さな箱に、夏織は思わず息をするのも忘れてしまった。

ファイフィクのキャラ同士で結婚式を挙げようと2人で決めたとき、現実での結婚が頭を過ぎらなかったわけではない。

夏織は今年で35歳。両親から結婚や出産の圧も少なからずあった。それでも、もし徹とダメだったらもう一生結婚なんてできないかもしれないと思うと、遠まわしにすら切り出すことはできなかった。

けれど徹はそんな心配は無用なのだと、夏織の現実を切り開いてくれる。ヴィオレットが後方からの遠距離魔法で敵を蹴散らし、ザンテツが突撃する活路を開いてくれるように。

答えはもちろん「はい」だった。

※MMORPG:Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム)の略称。 インターネットを介して数百人~数千人規模のプレイヤーが同時に参加できるオンラインゲームのこと。

夫の部署移動

新婚生活は順風満帆だった。新婚旅行ではファイフィクの〈はじまりの街〉のモデルにもなっているヨーロッパの街へ行った。もちろんゲームだってやった。難易度高めのクエストの沼にはまり、気がついたら2人して朝を迎えてしまった平日もあった。死にそうと愚痴を言いながら2人で乗る満員電車すら、幸せだった。

「そういえば、俺、春から部署変わるっぽい」

帰りにテイクアウトしてきた中華を箸でつついているとき、徹が思い出したかのように言った。

「そうなんだ。どこ?」

「営業」

「え、今人事だよね? そんなアクロバティックな異動あるの」

「人事の仕事、あんまり楽しくなくてさ。前々から希望出してたんだよね」

営業のほうが大変そう、とは言わないでおいた。徹がやりたいと思い、頑張るつもりでいるのならそれが1番だと思った。

「営業だとさ、契約とれればインセンティブも出るし、実績によってはボーナスなんかもかなり出るっぽいんだよね。ほら、夏織、VRゲーム気になるって言ってただろ? 給料上がったら、心置きなく買えるからさ」

「え~優しいじゃん。買ってくれるってこと? 楽しみにしてよーっと」

徹の人生の選択の理由に、自分が関われていることがうれしかった。夏織は思わずほころんでしまう口元をごまかすようにして、チャーハンを頰張った。

食事は一緒に。

別にどちらから提案したわけでもなく、同棲しているときから続く夏織たちの習慣だった。

けれど結婚から半年がたち、夏織はラップをかけた料理の前でスマホを眺めている。

案の定、営業部へ異動した徹の仕事はこれまでとは比べものにならないくらい忙しくなった。20時、21時くらいまでの残業は当たり前で、帰りはいつも22時を過ぎた。

以前ならばこの時間は2人でゲームをしている時間だった。2人でやろうと買ったファイフィクの新作は、チュートリアルを終えたところで止まっている。

SNSのタイムラインを眺める。視線がすべっていくみんなの投稿には、高すぎる難易度への悲鳴や、レアアイテムのドロップ報告、グラフィックの美麗さへの嘆息とともにゲームのスクショ画面が添付されている。

『最近ぜんぜんゲームできてない』

夏織は投稿画面に打ち込んだ文字をすぐに消す。さっきから少しずつ違う内容を打ち込んでは消す作業を、延々と繰り返し続けている。

時計の針が22時半を過ぎたころ、玄関の鍵が開けられる音がした。

夏織は立ち上がって玄関へ向かう。壁に手をついて靴を脱ぐ徹の首の下で、緩められて曲がったネクタイが揺れていた。

「おかえり」

「あぁ、ただいま」

「大丈夫? さすがにちょっと働きすぎじゃない?」

徹は最近、痩せた。休憩もろくに取れないのか、昼食は営業車のなかでゼリー飲料で済ませていると言っていたことを思い出す。

疲労のせいで表情はやつれて見えるのに、営業の仕事はよほどやりがいがあるのか、目だけが爛々(らんらん)と光を放っているのが不気味だった。

「まあ、確かに働きすぎかも」

徹は自嘲的に、だけど誇らしげに笑う。

「でもさ、今月の給料見たろ? 俺、けっこう成績もよくってさ。まだ覚えることのほうが多いんだけど、インセンティブだってもらえてるんだ」

「すごいね……。でも、無理しないでね」

徹が頑張っているのは、2人の生活のためだということは分かっている。だから夏織にはそれ以上何も言えなかった。

「ご飯どうする?」

「いいや。実はまだ仕事残ってるんだよね。あ、なんか作ってる? そしたら先にそっちから片づけるけど」

徹はネクタイをほどきながら夏織の横を通り抜けていく。リビングへは行かず、そのまま寝室にある机にパソコンを広げる。

「……大丈夫。徹の好きなタイミングで、チンして食べて」

「ああ、うん。助かる」

ディスプレーのブルーライトに照らされる徹の横顔は、夏織のほうを見ることなくそう言った。

夫が発した信じられない言葉

けっきょく夏織は独りで食事をし、シャワーを浴び、ボディーオイルや化粧水を塗り、ゲーム部屋に閉じこもった。

ファイフィクの新作をやりたい気持ちはあったけれど、2人でやろうと約束した手前、勝手に進めてしまうのも気が引けて、旧作の『Ⅳ』を起動した。

久しぶりにログインしたせいか、ザンテツとヴィオレットの2人がゲームのなかで建てた〈家〉には、ご丁寧にクモの巣まで張っていた。掃除をする気にもなれなくて、夏織はザンテツを操作してそのまま街へと繰り出した。

すれ違う街の住人に手当たり次第に話しかけ、クエストを受注する。何度も倒したことがある魔獣を討伐するために、街の外れにある森へと向かう。

初めて挑んだときはあっさり返り討ちにされたっけ。

真正面から挑み続けていた夏織に、この魔獣を倒すには特定のレアアイテムが必要なんだと教えてくれたのは徹だった。

今はもう、隣に徹はいなかった。徹は別の部屋で、煌々(こうこう)と映し出される現実にだけまなざしを向けている。

前は倒すのにあれほど苦労した魔獣はあっさりと撃破できた。夏織は地面に伏している魔獣の身体から、機械的にアイテムを採取した。

背後で扉が開いた。

「夏織、まだ起きてたんだ」

振り返ると徹が立っていた。1時を回っているのにまだ仕事が終わっていないのか、徹は第2ボタンまではだけたワイシャツ姿のままだった。

「ああ、うん。ごめん。うるさかったよね。ヘッドホンするね」

夏織は立ち上がり、棚にしまったヘッドホンを探した。背中越しに聞こえたため息に気づかないふりをしようとした。

「いい身分だよね。夜更かししてゲームなんて。そんなんで仕事大丈夫なの? 生産性下がってたりするんじゃない?」

棚をあさっていた手が止まった。身体が急に固い針金でがんじがらめになったみたいに、急に動けなくなった。

――夜更かししてゲームなんて。

――仕事大丈夫なの?

それはたぶん当たり前の発言だった。けれど夏織たちにとって、それは当たり前ではなかった。どっちが正しくてどっちが間違っているのかという話ではない。

ただ、目の前に立つ徹が、知らない人のように見えたのだ。

●激変してしまった夫。突然放たれた攻撃的な言葉に傷ついた夏織は何を思うのだろうか……。 後編「…ごめんね、もう別れてください」ゲーマー夫婦の離婚の原因となった「子供じみた理由」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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