投資信託は「すし屋で時価で注文」するようなもの? 独身女性が新NISAに感じる「モヤモヤの正体」
Finasee / 2024年5月28日 11時0分
Finasee(フィナシー)
広告会社の営業として働く吉田智子(45歳)は、やりがいのある仕事を任されて充実した毎日を送っていた。いまだ独身で、妊娠・出産が難しくなる年齢を迎えたこともあって、「このまま1人で老後を迎える」ということについても考えを巡らすようになってきた。独身の高齢女性としての生活を考えた時に、「やはり、先立つものはお金」と思った。2024年1月から始まった新NISAを目いっぱいに使って資産形成をしようと意気込んだものの、どうもその投資に納得のいかない思いが強まっていた。それは……。
仕事にやりがいを感じる45歳シングル女性智子は、メールに添付するプレゼンテーション資料の内容をもう一度見直して、手直しの必要がないことを確認した上でメールを送信した。ふう、と大きく息をついてラップトップPCを閉じた時、枕もとのデジタル時計は「01:15」だった。大きく伸びをして、ベッドに横になろうと思った時、携帯電話が鳴り出した。電話をしてきたのは、思った通り部下の谷川雄太(36歳)だった。谷川は「ありがとうございます。これで5ページ目と6ページ目のつながりがずっと良くなりました。さすが、吉田さんです」と、電話口でペコペコ頭を下げているのがわかった。智子の「まだ起きてたの? 明日は早いんだから、早く寝なさい。この件、絶対に獲得するから。気合入れて行くよ」とハッパをかけると、谷川は「ハイ!」と勢いよく返事をして「おやすみなさい」とすぐに電話を切った。
智子は、広告代理店の営業チーム長だった。都内の中堅どころの広告会社で、智子が率いているのは、デザイナーなどコンテンツ制作チームを持ち、専属の総務・経理チームを備えた総勢35人になるチームだった。社内の営業は、智子のチームも合わせて4チーム体制だった。4チームの中では、新規顧客の獲得で他に勝る実績をあげていた。その実績には、智子の持つ多彩で新鮮なアイデアの力が大きかった。智子は、文字通り営業のエースとして会社の成長をけん引する巨大なエンジンと目されていた。智子は社内でも1位、2位を争う仕事の鬼で、そのため、45歳の今に至るまで独り身だった。もはやチームで預かっている新入社員は、智子の子供と言っても良い世代になっており、「社会人のひよっこを一人前に育てることが、子育てのようなもの」と、ひとり身が寂しくて眠れない夜などは自分自身に言い聞かせていた。
投資歴10年、自己責任の資産形成は当たり前谷川からの電話を切った後、智子は、思い出したようにスマホで証券会社のアプリを開いて、現在の資産状況をチェックした。できるだけきめ細かくチェックして現状を把握しようと考えているのだが、普段は疲れていてなかなか思うように資産管理ができなかった。この時のように、仕事に一区切りがついたような時に、資産管理を思い出すことが多かった。智子は、「これから1人で生きていくことを考えると、やはり資産を確保することが大事」と思っていた。身もふたもないようだが、やはり、「世の中は金の力でどうにでもなる」という現実は動かしがたいと感じていた。そして、今年から新NISAが始まるなど、世の中は一昔前の「自己責任」の掛け声の下で、自らの才覚と努力で資産づくりをすることこそが正義という時代になってきた。智子の投資歴は10年近くになるが、株式の配当や投資信託の分配金から上納金のように20%が課税されることが理不尽に感じられていた。
「そもそも、配当にしろ、分配金にしろ、私たちがリスクを取って得ているものだから、そのリスクの対価から税金を取るという考え方はおかしいのじゃない」というのは、最近になって投資を始めた谷川らと、たまに投資の話になった時などに智子が言った言葉だった。既に、旧NISAの600万円の非課税枠は使い切っていたので、課税口座にある資金を新NISAの年間非課税投資枠の360万円に計画的に移していくことが、当面の智子の投資行動だった。毎月の積立投資の資金は「つみたて投資枠」で毎月10万円を、米国株インデックスとインド株インデックスに5万円ずつ投資し、課税口座で売却した資金を「成長投資枠」に振り替えるという作業をしていた。最初は、「成長投資枠」で何を買おうかと、いろいろと考えていたが、だんだん考えるのが面倒になって、あるネットニュースで取り上げられていた資金流入額が多いファンドの中で、海外株式を主たる投資対象としているファンドに投資することにした。人気があるファンドには、それだけ期待も大きいということであろうし、過去10年の経験から投資するなら海外の株式が、1番リターンが大きいと感じていたからだ。
課税口座からNISAに資金を移そうとすると…ところが、何度か注文をするうちに、投資信託の購入や売却の価格が事前にわからないことに不満を感じるようになってきた。海外資産に投資する投資信託の場合、約定日が注文から3日目ということがある。このため、売却してから新しい投資信託に買い替えるために1週間程度の時間差が生じてしまう。智子の気持ちとしては、株式の売買のように、注文した瞬間に売買が成立してほしかった。特に、為替が1日で3円も4円も動くようなことを経験すると、海外資産に投資する場合は1日、2日の違いが為替変動の影響だけで、非常に大きな約定価格の違いになってしまっていた。それが、売却と購入のタイミングで経験させられるので、智子は何ともやりきれないいら立ちになっていた。「こういうことがいちいち気になってしまうのは、投資に向いていないのかな」と、いまだに約定されていない注文画面を見ながら智子はため息をついた。
智子は、「あいまいなこと」が嫌いだった。特に、仕事では「あいまいなこと」は、「ウソ」につながりやすく、信頼を損ねる元になると考えて徹底的に排除したし、その考え方は、日常生活にも及んでいた。その智子の感覚からすると、注文の時に正確な価格がわからない投資信託の売買は「あいまいなこと」の一つだった。「すし屋で時価で注文するようなもので、ちっとも落ち着いて食べてはいられない」と感じていた。仕事がうまく運んでいる時ですら、資産運用で「あいまいなこと」が気がかりで気分が晴れないというのは、「将来はお金がないと満足のいく生活はできない」と割り切って資産運用をしている智子としても納得できる状況ではなかった。「いっそのこと、投資信託をやめて株式一本にしてしまおうか」と智子は考え始めていた。そんな時……。
●投資の件でモヤモヤする智子に訪れた転機とは? 後編【婚活はもう卒業した…新NISAで老後の資産形成にラストスパートをかける女性の生活が一変した「突然の告白」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
風間 浩/ライター/記者
かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。
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