「俺の稼ぎで暮らしてるくせに…」地方転勤で孤独に耐える専業主婦妻に夫が放った「衝撃の一言」
Finasee / 2024年6月7日 17時0分
Finasee(フィナシー)
東京から離れて3年がたった。
里歩は陽太郎とは東京で出会い、28歳のときに結婚をした。しばらくは東京で生活をしていたのだが、急な地方転勤が決まり、33歳のときから、この田舎で生活をしている。
1番近くのコンビニまでは車で10分くらい。最寄りのバスは30分に1本だけ。地下鉄なんてものはないし、唯一走っている私鉄の駅までは車で30分以上かかる。
都内に住んでいるときは感じなかった車の重要性が身に染みた。とはいえ、引っ越しを機に買った中古車は、陽太郎の出勤に必要だから平日は使うことができない。
里歩は孤独だった。
料理、洗濯、掃除を粛々とこなすだけの日々。東京にいれば日々の不満を話せる友人もいたし、遊べるところもたくさんあった。しかしこの町では、楽しめる娯楽はYoutubeとサブスクくらいのものだった。引っ越してきたときには新鮮に映った自然の風景は、もうとっくに色あせて、虫やにおいがうっとうしいだけになった。
陽太郎を見送った後、ベランダにシーツを干す。深呼吸をして、ネガティブな感情を吐き出す。
もう少しでこの景色ともお別れだと思えば、なんとか耐えられるような気がする。
里歩たちは4月に引っ越すことを決めていた。引っ越し先は、以前住んでいた都内の景色にこそ程遠いが、県内の都市部。支社近くの田舎に3年住んで、ここでは生活が不便だと陽太郎に引っ越しを懇願した結果、陽太郎が願いを聞き入れてくれたのだ。
職場が遠くなる陽太郎には申し訳ないが、それでも里歩の生活環境はガラッと変わることに胸が躍った。
里歩の要望東京で暮らしていたときとは違う無駄に広いリビングで陽太郎と食卓を囲む。
「荷造り、寝室はけっこう進んだよ。って言っても、ほとんど私の洋服なんだけどね」
「あぁ、手伝えなくて悪いな。助かるよ」
「ううん。今週末、不動産屋さんに鍵もらいにいくけど、予定平気そう?」
「大丈夫。せっかく街まで出るし、久しぶりに外食でもして帰ろうよ」
陽太郎は里歩の要望を受け入れたものの、多少思うところはあるのだろう。会社への通勤を考えたら、今のところがいいのは里歩も分かっている。
それでも里歩は慣れない土地で独り、3年も我慢し続けた。これくらいのお願いを聞いてもらったってバチは当たらないはずだ。
「それでね、相談があるんだけどね」
里歩は続けた。
「引っ越すマンション、ペットOKでしょ? だからそこで犬を飼いたいなって思ってるの」
「え? 犬?」
陽太郎は目を丸くする。
「うん。SNSで里親募集してて、たまたま県内なんだよね。だから引き取って育てて見たいなって思って」
「……犬なんて飼ったことあったっけ?」
「ないよ。でもいいじゃん」
里歩の言葉に、陽太郎は口をへの字口にしている。
「責任とれる? 生き物を飼うって大変なんだぞ」
「できるよ。それに家でずっと独りでいると、息が詰まるんだもん」
二つ返事で認めてくれると思っていた里歩はいら立った。しかし陽太郎もそれ以上は何も言ってこず、里歩はなし崩し的に引っ越しと同時に犬を引き取って新生活を始めた。
そっけない夫それから春を迎え、新生活がスタートする。
新しい家族の「ココア」と過ごす生活は、思ったよりも快適で楽しかった。
里歩は幸せな気持ちで生活をしていたのだが、陽太郎は違った。
「おかえり。ご飯、作ってあるよ」
「ああ」
前はもう少し笑顔で返事をしてくれていたのに、今は玄関に出迎えに行っても、こんな風に素っ気ない返しが来るだけ。食事中も陽太郎は不機嫌なのか疲れているのか、暗い顔でただ機械的に料理を口へ運んでいる。
「それでね、ココアにね、お座りを教えようとするんだけど、全然ダメなの。なんかあぐらみたいな座り方しかしないんだよね。あの子、自分のことを人間だと思ってるのかも」
「……そう」
家で一人っきりの里歩としては、陽太郎が唯一の話し相手なのだが、ここ最近はまともに相手をしてくれない。通勤時間が長くなって疲れているのだと里歩は理解していた。だから怒る気持ちは全くない。ただ寂しい思いはしっかりと感じていた。
会話に困っている里歩を見かねてか、ココアが近づいてきた。すると、陽太郎はご飯を残して立ち上がる。
「あれ、もう要らないの?」
「うん。飯食ってるときはさ、ちゃんとケージに入れといてよ。なんか臭いから」
「あ、う、うん、ごめんなさい」
そう言うと、リビングに向かいソファに寝転がった。
そのまま、陽太郎は就寝時間までずっと携帯を触っていて、会話にも応じてくれなかった。
里歩は小さくため息をつき、寂しさを紛らわせるようにココアとじゃれた。少しずつ夫婦間で溝が生まれていた。けれど里歩は、きっと陽太郎は疲れているだけだからと自分に言い聞かせていた。
犬の世話はお前がやれよ「ねえ、ココアのことお風呂入れてあげてよ」
その週の休日、里歩はソファに寝転がる陽太郎に話しかけた。
少しでも犬と仲良くなってもらいたいという思いから発したのだが、陽太郎の反応は冷たかった。
「どうして、俺がそんなことをしないといけないんだよ。お前が飼いたいって言ったんだから、お前がやれよ」
「いや、でも、ちょっとくらい……」
「あのさ、俺はお前が引っ越したいって言うから、引っ越してさ、犬飼いたいって言うから飼ってあげたんだよ。これ以上、どうして俺に求めるわけ? 犬の世話はお前がやれよ。俺は仕事で疲れてんだから」
陽太郎の刺すような言葉に里歩はショックを受けた。里歩は一緒に犬の世話をしたかっただけだ。家族なのだから、夫婦なのだから、楽しいことやうれしいことを2人で共有したかっただけだった。
しかし陽太郎は里歩の気持ちを拒絶した。
里歩はこちらの気持ちを考えてくれない陽太郎に、これまで感じたことのない怒りを覚えた。ココアが怯えることすら気にもせず、気がついたときには陽太郎に向けて声を荒らげていた。
「はぁ? こっちはそもそも、東京で生活をしたかったんだけど? こっちだって我慢してるんだからね! 陽太郎に、家でずっと独りでいる私の気持ち分かんの⁉」
「独りが嫌なら、パートでも何でもやったらいいじゃんかよ」
「前に住んでたとこの、どこでパートやれっていうの? 陽太郎が車使うから、私はどこにも行けないの! どこにも! あーもう! なんでこんな田舎で暮らさなきゃなんないのよ!」
「はぁ⁉ 専業主婦なんだからついてくるのが当然だろ⁉ 俺の稼ぎで暮らしてるくせに文句言うんじゃねえよ!」
「そんなの当然じゃない! 私にだって選ぶ権利くらいあるよ!」
怯えてケージのなかへ逃げ込むココアをよそに、里歩と陽太郎はにらみ合い、怒鳴り合っていた。
●ぶつかってしまう里歩と陽太郎……。解決策はあるのだろうか? 後編【「犬の世話ならしないから」転勤で地方に飛ばされた“半モラ夫”が「妻に隠していたこと」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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