「ただの甘えなんじゃないの?」梅雨時にひどくなる片頭痛…痛みに無理解な夫が口にした「無意識のモラハラ」
Finasee / 2024年6月25日 17時0分
Finasee(フィナシー)
洋司は目が覚めてすぐに違和感に気付いた。いつもなら先に起きて朝食の準備に取り掛かっているはずの妻、ゆかりが自分の隣で寝ているのだ。
「ゆかり……? 朝だぞ」
「う……うぅん」
ゆかりの身体を軽く揺すりながら声をかけるが、返ってきたのはつらそうなうめき声だけだった。
今日は例の“持病”が出たのか。
洋司は大きくため息をつきながら、ベッドの上のゆかりに向かって尋ねる。
「どうした? また頭痛か……?」
「……うん。ごめん、ちょっとしんどいわ」
ゆかりは申し訳なさそうに洋司を見上げながら謝った。どうやら今朝は起き上がる気力もないらしい。
実はゆかりは10代のころから、ずっと片頭痛に悩まされてきた。結婚してからも、ときどき、特に雨が降ったりやんだりして気圧の変化が大きいときには頭が痛いと言って寝込むことがあったので、ゆかりの頭痛持ちは洋司もよく知っている。
ただ今年の梅雨は症状がひどいらしく、朝ベッドから起き上がることもできずに仕事を休んでしまうことが度々あった。ゆかりによると、片頭痛の症状が出るときは目の前がチカチカして、頭が割れそうに痛いらしい。カーテンの隙間から差し込む光すらも、苦痛に感じるほどだという。
しかし洋司には、ゆかりの症状が日常生活に支障をきたすレベルのものだとは思えない。
たかが頭痛と思わずにはいられない頭が痛いときくらい誰にだってある。
でも、そのたびにイチイチ仕事を休んでいたら話にならないと洋司は思う。社会人には責任がある。頭痛を軽んじているつもりはないが、コロナやインフルエンザなどと比べれば、やはり“たかが頭痛”と思わずにはいられない。朝から調子の悪いゆかりを見ていると、にわかにいら立ちを覚えた。自分まで頭が痛くなってくる気がしてならなかった。
そのまま無言で寝室から出て行こうとする洋司に向かって、ゆかりは慌てたように声をかけた。
「あ、洋司さん、食パンとコーンフレークあるから、子供たちに食べさせてあげてくれる?」
「あぁ……分かったよ」
低く返事をして1階に下りていくと、キッチンに置かれたオープンラックにカラフルなシリアルの箱とパンの袋がポツンと置いてあった。
そろそろ小学生の息子2人も起こさなくてはいけない時間だ。洋司は小さく舌打ちをしながら、息子たちを呼びに行った。
ただの甘えなんじゃないの?洋司は電子部品を扱う小さな商社の営業課長を務めている。役職はあるものののんびりした社風で、普段ならばそれほど忙しくはない。しかしその日は事情が違っていた。
午前中に部下が納品する部品の納期を間違えていたことが発覚し、洋司はその尻ぬぐいのために半日近く走り回っていた。おかげでろくに休憩も取れず、昼食も食べられなかった。今朝はゆかりが寝込んでいたせいで弁当を持参していなかったし、どこか店に入る余裕はもちろん、コンビニに買いに行く余裕もなかった。
もちろん部下の尻ぬぐいだけをしていればいいわけではない。やっとトラブルが解決して自分のデスクに戻ると、今度は山積みになった通常業務が洋司を待っていた。資料や発注書類などを作成し終え、自宅に帰るころにはすっかり夜遅くなっていた。
しかし重い身体を引きずって家に帰った洋司を出迎えたのは、資料が山積みになった今日のデスクに匹敵する散らかりようのリビングだった。
「は? なんだこれ」
使用済みの食器、脱ぎ散らかした洋服、子供たちのランドセル――そういったものが部屋のあちこちに置きっぱなしになっていたのだ。今朝、洋司が家を出たときよりも明らかに散らかっており、家事をしようとした様子が全くない。
「おかえり、洋司さん」
ぼうぜんと立ち尽くす洋司に、2階から下りてきたゆかりが声をかけた。洋司は「ただいま」も言わず、ゆかりを見る。洋司の眉間には思わず力が入った。
「ゆかり、今日1日何やってたの?」
「何って、ほぼ寝てたよ。今日はほんとしんどくて。ごめんね、部屋散らかってるよね。片づけるから」
ゆかりは申し訳なさそうに謝ったが、洋司の気は収まらなかった。おそらく会社で受けたストレスの影響もあったのだろう。普段なら我慢して飲み込むような言葉がつい口を突いて出た。
「ただの甘えなんじゃないの?」
「え、……は?」
ゆかりは驚いて聞き返すが、スイッチの入った洋司は止まらない。
「まともな社会人は頭痛くらいで仕事休まないよ。しかも1日中家にいたのに、家事もロクにできてないなんて……正直ゆかりは怠けてるようにしか見えない。疲れて帰ってきた俺の身にもなってくれ」
「ちょっと、洋司さ――」
一方的に言いたいことを言った洋司は、ゆかりの反応を待たずにリビングを後にした。勢いよく閉められた扉がゆかりの声を遮った。
洋司は風呂に入り、ベットで横になったが、なかなか寝付くことはできなかった。
きっと空腹のせいだろう。そう思うと、背中越しに気配を感じるゆかりに対して、ますますいら立ちを感じるのだった。
●洋司が妻の痛みを分かろうとする日は来るのだろうか……? 後編【「女性の痛み」を理解できず妻に愛想をつかされ…ワンオペを押しつけていた夫を反省させた「最も大切なこと」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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