「息子より稼ぎがいいからって…」バリキャリ嫁とモンスター義母の距離を縮めた“意外な”モノ
Finasee / 2024年7月3日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
真希は(34歳)は、30歳を過ぎてから婚活パーティーで知り合った敦志(35歳)と結婚した。プライベートも仕事も順風満帆な日々を送っていたが、敦志の母・吉江(62歳)が要介護になったことをきっかけに、頻繁に義実家へ足を運び介護をすることになった。しかし真希は、何かと棘のある物言いをしてくる吉江が苦手だった。
近所の人たちとは円満な吉江だったが、真希への小言は相変わらず。気乗りはしないが、女手一つで敦志を育てた吉江が自分の亡き母と重なる部分もあり、夫とともに義実家へ足を運んでいた。
ある日、義実家の近所の住民が、真希がキャバクラで働いているとうわさをしている現場に居合わせてしまう。困惑しながらも問いただすと、吉江が言っていたのだと知らされる。
●前編:「私がキャバ嬢⁉」嫁の“根も葉もない噂”をご近所に流す義母…理不尽な意地悪を続ける“まさか過ぎる”理由
信じられない義母の言葉「どういうつもりですか? 私はお菓子メーカーで働いてるって話しましたよね?」
義実家の扉を勢いよく開けた真希はリビングに吉江の姿を見つけるや、鋭い声を吉江へと向けた。吉江はいきなりのことに面を食らったようで、目を丸くしたまま真希を見上げていたが、ようやく理解が追いついたらしく口を開いた。
「な、何を言ってんのよ。わけが分からないわ……」
「さっき、近所の人に私がキャバクラで働いてるって言われました。問い詰めたら、お義母(かあ)さんから聞いたっておっしゃってましたよ。どういうことですか? 説明してください」
吉江は目線を左右に動かしながら、言い訳をする。
「そんなこと言ってないよ。その人が何か勘違いをしただろうさ」
「どういう勘違いですか? 溝口さんははっきり、お義母(かあ)さんから聞いたって言ってましたよ。しかもあの様子だと最近聞いたって感じじゃないです。ずっと前から知ってたみたいな口ぶりでしたけど」
「だから、知らないって言ってるだろ! だいたいね、旦那よりも稼ぎがいいことを自慢するような態度とって、派手な格好しているほうが悪いと思うけどね。勘違いされたって仕方ないだろうよ」
真希は冷静さを心掛け、いら立ちを抑えながら問いただしたが、吉江はとにかく事実を認めようとしなかった。それどころかこの言い草だ。真希は思わず頭を抱えた。
「いつの時代の人なんだか……女がお金を稼ぐことがそんなにいけませんか? そんな古臭い考え方してるの、お義母(かあ)さんだけですよ」
「今度は年寄りをばかにすんのかい! 信じられないね、まったく。息子よりも少し稼ぎがいいからって偉そうにするんじゃないよ!」
「……なっ、私がいつ偉そうにしたって言うんですか!」
「いつだってしてるだろう。妻っていうのはね、旦那を立てるもんなんだ!」
もう何を言っても無駄だと思った。真希と吉江では生きてきた時代も、見えている景色も何もかも違った。
謝罪の「理由」けっきょくその日はそのまま帰ることにしたが、帰宅したところで真希のいら立ちや悔しさが収まることはなかった。夜遅くに疲れて帰ってきた敦志に申し訳ないとは思いつつ、愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「何だよそれ……」
真希が今日一日にあったことを話し終えると、さすがに想像の範囲外だったらしい敦志はソファに腰かけた隣りで頭を抱えた。
「私が敦志よりも給料が高いのが気に食わないみたい。だから水商売で稼いでるんだってうそを近所に言いふらしてたみたいなの」
「確かに2人の関係は良くなかったと思うけど、そんな子供じみた嫌がらせをするなんて……」
「私も、できるだけ我慢しようと思ってたんだけどね。女手ひとつで子供を育てる大変さを私も何となくは知ってるから。でもさ、こんな卑劣なやり方されちゃうと、さすがにもう関わりたくないなって」
申し訳ないついでに、真希は正直な気持ちを敦志へと伝えた。仮にも敦志にとっては大切な母親だから、嫌な顔をすると思った。しかし敦志はうなずき、真希の肩に手を置いた。
「それでいいと思う。母さんの世話は当分、俺1人で行くよ。行ける頻度は減っちゃうけど、それは母さんの自業自得だし」
立ち上がった敦志はスマホで吉江に電話をかけながら、リビングを出て行った。聞き耳を立てるつもりはなかったが、敦志の厳しい声が扉の向こうから漏れていた。
このままもう吉江と顔を合わすことはなくなるのだろう。もちろん不在につけこまれてまた根も葉もないうわさを流されるかもしれないが、もう真希には関係がないことなのだからどうでもいい。
そう思うと気分は多少楽になったはずなのに、似合わない服を無理やり着させられているような居心地の悪さを拭うことができなかった。
間もなく電話を終えた敦志が部屋に戻ってくる。表情は複雑で、泣いているようにも怒っているようにも見えた。
「お義母(かあ)さん、何だって?」
「謝りたいって」
「えっ⁉」
てっきりそんなこと言っていないの一点張りでくるだろうと思っていた真希は、意外過ぎる展開に思わず声を出して驚いた。
「いやぁ、なんかそんなこと知らない、私じゃないってしらを切るからさ、俺もなんかイラっとしちゃって。ついもう仕送りを止めるからなって言っちゃって、そうしたらあっさり認めて謝りに行かせてくれって言ってきた」
「……ああ」
事情を察し、真希はあきれた。
「お金のためってことね」
「本当にお恥ずかしい。……どうする? 断ってもいいけど」
「ううん、いいよ。謝罪は聞く。でも、お義母(かあ)さんうちまで来れるの?」
「いや、どうだろう。そうしたら来週の休み、俺が車で迎えに行くよ」
真希は部屋を見渡した。お義母(かあ)さんが来るなら、掃除しておかなきゃなと考えて、でもどうして謝罪を受けるはずの自分たちがもてなす側(がわ)になっているのだろうと、釈然としない気持ちになる。とはいえ、真希たちが吉江の謝罪を受けるために向こうの家に行くというのもおかしい気がするから、こうするしかないのだろうと思った。
真希の仕事悪い膝を抱えて謝罪にやってきた吉江は、ダイニングテーブルの向かいに座り、一応出したお茶に手を付ける間もなく頭を下げた。
「真希さん、ごめんなさい。あなたにとても失礼なことをしてしまったわ」
書いてある文章を読み上げるような、平たんで形式ばかりの謝罪だった。吉江は本当に仕送りしてもらうためだけに謝罪をしにやってきたのだろう。吉江の言葉から謝罪の気持ちはみじんも感じられなかったが、その魂胆だけは手に取るようにはっきりと分かった。
真希はため息をついた。もう会うこともないだろう。そう思った矢先だった。
敦志がうちに大量にストックされているシャインクッキーを皿の上に出し、吉江の前に置いた。
「母さん、これ覚えてる?」
「もちろん。シャインクッキーね。敦志が小さいころ好きだったやつじゃないか。お店がつぶれてなくなるとき、あんた、駄々こねて泣いてたんだよ」
突然の質問に答えながらも、吉江は敦志の意図が理解できないまま目を瞬かせる。
「このクッキー、復活させたの真希なんだぜ」
そう言って、敦志はクッキーを1枚口のなかに放り込んだ。
「えっ⁉」
吉江は固まっていた。真希はうなずいた。
「元々はニヤマというメーカーが作っていたんですが、倒産してしまっていて。発売から35周年を機に、うちの会社がニヤマからレシピを引き継いで復刻できるよう、企画したんです」
「どうしてだか分かるか? 付き合い始めたころ、俺がシャインクッキーの思い出を真希に話したんだ。それを聞いて、真希は復活させようと動いてくれたんだぞ」
「実は私にとってもシャインクッキーは大切な商品なんですよ。私が大学生のときに亡くなった母の好きなお菓子がシャインクッキーで、2人でよく食べてたんです」
「……真希さん、あなた、スゴいのね」
「私は別にすごくはありません。シャインクッキーのことだって、企画したのは私でも実現できたのは会社のおかげなので。でも、私は今の仕事が大好きで、誇りを持ってやってるんです。だから、お義母(かあ)さんが流したうそのうわさは、本当に傷つきました」
黙り込んでうつむく吉江に、真希はクッキーを1枚差し出した。視線を上げた吉江に、真希はうなずき、敦志は食べてみろよと促した。パッケージを開け、吉江はクッキーをかじる。何ら特別な材料は使っていないクッキーだ。子供のころは高価で特別なものに思えていても、いざ自分が大人になってみれば、そうではなかったのだと気づいてしまうような、クッキーだ。
それでもそこには紛れもなく、真希と敦志と、そして吉江の、温かくて優しいそれぞれの思い出が込められている。
「ごめんなさい、私、何も知らずに……本当に、ごめんなさい」
吉江は肩を震わせ、声を絞りだした。真希は何も答えなかった。
許すつもりはなかった。誇りをもってやってきた仕事を軽んじられたことは、たとえ世代や時代が違うことを加味しても、真希にとってはどうしても許しがたいことだった。しかし生きた時代や見ている景色が違っても、人はほんのささいなきっかけさえあれば、人は歩み寄れるのかもしれない。
そう思ったから、真希は許す代わりの言葉をつむぐ。
「今日、夕飯に煮物を作ろうと思ってるんです。お義母(かあ)さんの味付け、よかったら教えてくださいよ」
キッチンへ向かう真希に向けて、吉江はゆっくりとうなずいた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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