「なぜか解約できない…」行動経済学の専門家がサブスクを継続してしまう巧妙な仕掛けを明かす
Finasee / 2024年7月9日 13時0分
Finasee(フィナシー)
今、行動経済学がブームです。
行動経済学は「心理学」と「経済学」が融合した比較的新しい分野の学問です。ビジネスから生活まであらゆる場面で生かせ、行動経済学者のノーベル経済学賞受賞も続いています。最も注目を浴びている学問と言ってもいいでしょう。
長年、ビジネスの最前線で行動経済学を活用してきた橋本之克さんは、「行動経済学を知れば、自分自身の不合理さに気づくことができる」と言います。夫婦喧嘩から保険投資まで、どうして人は合理的な判断ができないのかを橋本さんに解き明かしてもらいます。(全4回の2回目)
●第1回: コンビニと美容院…店舗数が多いのはどちら? “コンビニのほうが多そう”と思った人に起きている「思考プロセス」
※本稿は『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』から一部抜粋・再編集したものです。
変化を嫌う心を使う商売サブスクリプションは、利用者がモノを買い取るのではなく、借りて利用した期間に応じて料金を支払うビジネスモデルです。『日経MJ』の2018年ヒット商品番付の「西の大関」にも選ばれるなど注目を集めています。様々な業態、商品やサービスなどで活用される機会が増え、「サブスク」と短い愛称でも呼ばれるようになりました。
サブスクは元々は新聞などの定期購読を指す言葉でした。一般に広く知られ、使われるようになったのは、動画や音楽の視聴し放題からでしょうか。月500円~2000円程度で動画を見放題、音楽を聴き放題、雑誌などを読み放題など、定額でコンテンツを楽しめるサービスが人気を得ました。またパソコン向けのソフトなど「箱入りソフトウェア」を、単品売り切り型からサブスクに切り替える企業も増えました。クラウド活用やダウンロードなどを通じて、ソフトを顧客に提供しています。
音楽や動画、パソコンソフトなどデジタル配信できる商品は、モノをやりとりする物流が必要ないため、特にサブスクとの相性が良いのです。これらを総称して「デジタル型サブスク」と言います。
一方で、「モノ型サブスク」も増えました。洋服はサブスク初期の頃からありました。月6000円~1万円程度で好きな洋服を借りる形です。ライフスタイルやシーンに合わせたバリエーションが用意され、中にはスタイリストがコーディネートしてくれるサービスもあります。その後バリエーションが増えて、高級時計、高級バッグ、アクセサリーなどのほか、家電や自動車などもサブスクで提供されています。
その後、「コト型サブスク」と言うべきサービスも増えています。飲食、美容、住まいなどに関する定額で利用し放題のサービスです。月1万円で毎日ラーメンが食べられる店、月3000円で毎日クラフトビールが飲めるサービスも登場しました。この他、定額でカットし放題の美容院、定期的に季節の花を届けてくれる花屋、好きな家具を一定期間使える、コーヒーマシン付きで好みのコーヒーを配送してくれるなど、様々なサービスがあります。
サブスクが増えている背景これらサブスクが増えている背景には、人々がモノを持たなくなるというライフスタイルの変化があります。シンプルに暮らすトレンドは、このところ長く続いています。特に、不要な物を減らして生活に調和をもたらす「断捨離」、最低限度の物だけを持って生活する「ミニマリスト」などは注目を集めました。
モノを持つことが豊かさの表れだった時代は、だいぶ過去になりました。持っているモノを自慢してプライドを満足させるタイプの人は、バブルとともに絶滅したようです。モノを使い捨てる消費スタイルは地球環境に優しくないため、厳しく否定されるようになりました。ただし「物欲」は人間の基本的な欲求ですから、なくなってしまったわけではありません。買うものを慎重に選別する傾向です。この風潮にサブスクは合っています。
一方、最近では企業が、必ずしもモノを販売することにこだわらなくなってきました。
マーケティングのテーマは、「商品の提供」から「価値の提供」にシフトしています。例えば、「(穴をあける)ドリル」の販売は「商品の提供」です。しかし、実は顧客が求めるのは「ドリル」ではなく「穴をあける」ことです。これが顧客にとっての価値ならば、その提供方法はドリルをレンタルする、穴をあける技術者をドリル持参で派遣するなど多様です。
顧客が望む価値は、例えばCDが欲しいのではなく音楽を楽しみたい、服が欲しいのではなく様々なファッションを身につけたい、車が欲しいのではなく移動手段が欲しいなどです。サブスクは、こういった価値を提供するのに適しているのです。
さらに国内市場が拡大しない状況の中で、企業はビジネスを「フローからストックへ」とシフトさせています。人口も増加し景気も上向きであれば、企業は新たな顧客を次々と拡大すれば販売し続けられます。かつては、こういった「焼き畑農業」のようなフロービジネスが主流でした。ところが経済が縮小する現代は、顧客を囲い込んで持続的にサービスを提供し、長期的に収入を上げていくストックビジネスが重要になります。顧客に対して継続的に商品やサービスを提供するサブスクは、まさにストックビジネスです。
以上のように、ライフスタイル、マーケティング、ビジネススタイルの変化に対応する取り引き手段としてサブスクが注目され、活用されているのです。ただ一般の利用者は必ずしもサブスクがブームだから利用しているわけではありません。心理に訴える要素があるはずです。
サブスク継続は「現状維持バイアス」行動経済学の視点で見れば、「現状維持バイアス」が影響していると考えられます。これは、変化を避けて現状のままでいようとする心理です。この現状維持バイアスが、サブスクの利用者心理に影響します。何かのきっかけでサブスクを始め、定額支払いによって利用し放題になれば、利用が日常化し習慣となります。その状態がなくなるような変化は損失と感じられて、やめられなくなるのです。そして、サブスクのサービスを利用し続けることになります。
さて、この現状維持バイアスは、ボストン大学のウィリアム・サミュエルソンとハーバード大学のリチャード・ゼックハウザーが1988年に論文の中で提唱したものです。
行動経済学者ジャック・クネッチも、これを証明する実験を行っています。まず二つのクラスの学生にアンケートの回答を記述してもらいます。その間に謝礼の品を各自の前に置きます。片方のクラスの謝礼は高価なペン、もう一方のクラスはスイス・チョコレートです。実験終了時に、それぞれの学生に渡さなかったほうの品物を出し、希望者はこちらと交換できることを告げます。
この結果、交換を希望した学生は10%程度にすぎませんでした。ペンもスイス・チョコレートも、もらった学生は手放したがらなかったのです。
これは「ペンを手にした状況、チョコを手にした状態」を維持しようとする行動です。「それぞれのモノを失うことを避けた」とも考えられます。ペンとチョコのどちらが本当に欲しいのかよく考えることもなく、無意識に判断したのです。
クレジットカードを使うと浪費してしまう理由現実世界にも、こうした心理を前提とした現象があります。企業による販売促進キャンペーンで、初回の利用が無料であるケースや、安価なお試しセットを販売するケースです。今は商品を利用していない顧客を掘り起こすのです。安さはそのための、最初のきっかけです。このキャンペーンによって、該当商品を使わずにすませている日常や、競合消費を使い続けている状況など、「維持されている現状」をリセットするのです。この利用体験が良ければ使い続けてもらえる可能性があります。
行動経済学の視点で見る、サブスクを続けるもう一つの理由は、代金の支払い方です。通常の買い物とサブスクはお金の支払い方が異なります。何かを購入する場合はその都度、何らかの形で代金を支払います。そこでは例えば、現金を手渡す、クレジットカードを読み込んでもらい暗証番号を打ち込む、スマホで電子マネー画面を表示させて決済するなど、何らかのアクションが必要です。ところが毎月定額を支払うサブスクの場合は、クレジットカード払いや銀行引き落としなどに関する初回手続きの後は、何のアクションもせずに自動的に支払い続けます。
ここでは「メンタル・アカウンティング(心の会計)」が働く可能性があります。これは、お金に関して意思決定をする際に、総合的・合理的に判断せずに、狭いフレームの中で判断してしまう心理的バイアスです。この影響を受けると同じお金でも、入手の仕方や使途、お金の名目などによって、お金の価値の感じ方や使い方が変わります。
典型的な例は、ギャンブルで儲けたお金と一生懸命働いて手にしたお金の使い方の違いです。
労働で得たお金と違い、不労所得や幸運で得た利益は粗末に扱う傾向があるのです。行動経済学ではこれを「ハウスマネー効果」とも呼びます。ハウスはカジノのことであり、ハウスマネーはそこでだけ使われるギャンブルのためのお金です。
リチャード・セイラーらは「ハウスマネー効果」を実験により確かめました。方法としてまず、対象者の半分にQ1の質問をします。
Q1:あなたにとって好ましいのは、どちらですか?
A.30ドルを手に入れる
B.50%の確率で39ドルを手に入れ、50%の確率で21ドルを手に入れる
この結果、Aを選ぶ人は57%、Bは43%でした。
賭けをせずに単純に30ドルを手に入れるAが若干多いという結果です。
対象者の残りの半分にはQ2の質問をします。
Q2:あなたは今、30ドルを手に入れているとします。好ましいのはどちらですか
A.このままの状態
B.50%の確率で9ドルを手に入れ、50%の確率で9ドルを失う
この結果、賭けをせず現状維持をするAを選んだ人は18%でした。逆に、賭けをする人は82%と大半を占めました。
実はこの質問では、Q1とQ2でAを選んだ場合と、またはQ1とQ2でBを選んだ場合で、それぞれ選択後に手に入れる金額は同じなのです。しかしながら、Q1でAを選んだ人が57%もいたのに、Q2では18%に激減しました。
即ちQ2の状況で賭けをする人が増えたのです。初めから労せず30ドルを手に入れていたQ2の状況に置かれると、人は進んでギャンブルしようとするのです。これはハウスマネー効果による選択です。支払う痛みが少なければ、リスクの高いお金の使い方をするのです。
また、お金の使い方や心理は、現金で支払うか、クレジットカードなどで支払うかによっても変わります。マサチューセッツ工科大学のダンカン・シメスターとドラーゼン・プレレックの両教授は、このことを実験で確認しました。実験対象者は、バスケットボールのプラチナチケットを競り落とすオークションに参加します。対象者の半分は現金で支払い、残る半分はクレジットカードで支払います。
この結果、クレジットカードのグループが提示した入札価格の平均は、現金のグループの約2倍に達していました。クレジットカードを使うと、現金で払うよりも多額のお金を使ってしまうのです。原因は、リアルに現金を支払う行動が伴わず、お金が出ていく痛みも少ないためだと考えられます。
サブスクの支払いにおいては、前述したような「メンタル・アカウンティング」の影響を受けると考えられます。これはクレジットカードの自動決済や自動引き落としなど、お金を失う痛みが少ない決済方法です。しかも利用ごとではなく、毎月など定期的に自動支払いをするので、お金を払っている意識すらなくなります。そうなると、まるで公共料金納付や住宅ローン返済のように、何の疑問も持たずにサブスクのお金を払い続けることになるのです。
●第3回は【多すぎる選択肢の中から選ぶのは、後悔と不満のもと!? デジタル化以前のほうが「買い物の満足度」は高かったかもしれない“理由”】です。(7月10日公開予定です)。
世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100著者 橋本之克
出版社 総合法令出版
定価 1,650円(税込)
橋本 之克/マーケティング&ブランディング ディレクター/著述家
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995 年日本総合研究所入社。1998年よりアサツーディ・ケイにて多様な業界の企業に向け、行動経済学による調査分析や顧客獲得業務を実施。昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短大および文教大学で非常勤講師を兼任。主な著書は『今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)、『9割の買い物は不要である』(秀和システム)など。
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