「ベビーシッター代浮くし」義母をこき使うモンスター嫁の“鈍感力”が招いた「起こるべくして起こった事故」
Finasee / 2024年7月16日 17時0分
Finasee(フィナシー)
早月は、息子夫婦の家のリビングで孫の祥太と遊んでいる。
「ほら、祥ちゃん。ボールがそっちに行きましたよ」
ベビー用のボールをゆっくり転がしてやると、祥太の小さな手が器用にそれを捕まえた。つかむと音が鳴る仕様になっているボールのオモチャは、最近の祥太のお気に入りだった。
生まれてからあっという間に10カ月がたち、すくすくと成長した祥太は、すでにハイハイやつかまり立ちを覚え、いつも家の中を活発に動き回っている。目に入るもの全てに興味を持っていると言っていいほど好奇心旺盛で、指先を上手に使えるようになったことで遊びの幅もぐっと広がった。
祥太のできることが日に日に増えていくのはうれしい限りだが、その分どうしてもひやりとさせられることも多くなってしまう。この前は、ソファによじ登ろうとして後ろにひっくり返った祥太を早月が間一髪で受け止めるという出来事もあった。子供は身体に対して頭が重いので、簡単にバランスを崩してしまうのだ。そのうち歩けるようになったら、早月はもっと気をもむことになるのだろう。
そんなことを考えながら注意深く祥太の相手をしていると、早月の背後から声がかかった。
「いやぁ、お義母(かあ)さんが来てくれて助かりましたよ」
振り返ると、息子・武治の嫁である梨奈が化粧と着替えを終えてリビングの入り口に立っていた。
「いいのよ。帰りは何時ごろ?」
「うーん、たぶん18時過ぎくらいになると思います」
梨奈は今日、友人たちとランチに行く約束をしているらしい。きっと今日も約束の時間通りには帰ってこないだろうと思うと、小さくため息くらい吐きたくなる。祥太はかわいいが、こうして都合のいいベビーシッター扱いされるのは正直納得がいっていなかった。
もちろんたまの息抜きならば、早月だってこんなことは思わないだろう。ところが梨奈が祥太を早月に預けて出掛けるのは、今週に入ってからもう3度目のことだった。ちなみに前回は、「ネイルサロンに行くから祥太を預かってほしい」との要望で、育休を取っているのをいいことに梨奈は美容サロンやランチに出歩きまくっている。
ベビーシッター代浮くし、めっちゃ助かります早月は梨奈から祥太の世話をお願いされるたびに、車で20分かかる息子夫婦の家を訪れて孫の相手をする。祥太が寝ている間は、使った食器やガーゼを洗ったり、オモチャの消毒や片付けをしたりといった育児に伴う家事を済ませるのが定番だ。
一方、遊びに出掛けた梨奈は、大抵約束していた時間よりも遅く帰ってくるし、部屋が片付いていることにも気付かない。それどころかこんなことを言ってくることさえあるのだ。
『あー、洗濯するんだったら、これも一緒に洗ってくれればよかったのに』
本来は息子夫婦がやるべき家事・育児を手伝っているのに、感謝されるどころか文句まで言われるのだから、ため息くらいは吐きたくなる。
早月は今まで自分なりに嫁の梨奈のことを気遣ってきたつもりだ。息子の武治は、仕事柄出張が多く不規則な生活を送っている。梨奈がワンオペ育児を強いられるであろうことは、出産前から分かり切っていた。だからこそ早月は、梨奈から祥太を預かってほしいと頼まれるたびに、快く受け入れるようにしてきた。
しかし、梨奈は想定をはるかに超える頻度で祥太の面倒を依頼するようになり、今ではほとんど毎日、早月は祥太の世話をするために息子夫婦の家を訪れている。ここまで梨奈が育児を丸投げするようになったのは、早月が元保育士だということも大きな理由の1つだろう。新米ママの梨奈が経験豊富な早月に育児を任せたくなる気持ちも分かる。それに早月自身も何十年も前の話とはいえ、前職の経験が生かされていると思うとうれしかったし、純粋に孫の祥太と触れ合えることに喜びも感じていた。
ただ、最近の梨奈の態度は目に余るものがある。
「あ、そうだ。明日も祥太のことお願いできますか? 美容院に行きたいんですよね。ほら、毛先とか痛んでてやばくないですか? 出産で体質とか髪質とかガラっと変わったっていうか」
梨奈は人さし指で毛先をいじっていたが、どこがどう痛んでいるのかは分からない。とはいえせっかく頼ってきてくれている嫁をむげにするわけにもいかず、早月は首を縦に振る。
「やったぁ。ありがとうございます! いやぁ~お義母(かあ)さんが元保育士で超ラッキーでしたよ。ベビーシッター代浮くし、めっちゃ助かります」
早月は苦笑いを浮かべるが、梨奈がそれに気づくはずもない。息子に紹介されたときは、明るくて人当たりがいい子だと思っていた。だがそれは勘違いだったのかもしれないと今では思う。梨奈は人の気持ちにどこまでも鈍感だった。
「お義母(かあ)さん。それじゃあ私、行ってきますね。留守の間、祥太のことお願いしますね」
早月は祥太を抱きかかえながら、家を出て行く着飾った梨奈を見送った。開いた扉から外の光が差し込んで、すぐに閉ざされて暗くなる。扉は、かちゃり、と早月をあざ笑うような静かな音を立てた。
だうあぁ、と祥太が手を上げて、2本だけ生えた前歯を見せて笑っている。最初は梨奈が出掛けるたびにぐずってしまって大変だったが、今では祥太もすっかり慣れてしまった。
百歩譲って、ベビーシッターなら早月がいくらでも代わることはできるだろう。しかし祥太の母親は梨奈だけだ。それには絶対に代わりがいない。梨奈はそのことをちゃんと分かっているのだろうか。
美容やランチと自分への投資ばかりに精を出す梨奈を見ていると、早月はどうしても不安な気持ちになってしまうのだ。
ベビーベッドから転落した孫遊び疲れた祥太が昼寝を始め、一通りの掃除や洗濯を終えた早月はいつの間にかソファの上で眠ってしまっていたらしく、世界が砕け散るような悲鳴にたたき起こされた。
飛び起きた早月が悲鳴の出元であるベビーベッドへと急ぐと、フローリングの上に祥太が落ちていた。
早月は青ざめた。ベットの柵は上げておいたはずだったが、つかまり立ちをして乗り越えてしまったらしかった。
「祥太……!」
早月は泣いている祥太に駆け寄って、優しく抱き上げた。
目立った外傷は見当たらなかったが、状況からして頭から床に落ちた可能性が高かった。万が一、祥太の命に関わるような事態になったら、自分はどうすれば良いのだろう。命に別状がなかったとしても、何かしらの後遺症が残ってしまったらどう責任を取ればいいのだろう。
そんな不安を無理やり頭から追い払いながら、早月は震える手で救急車を呼んだ。
●ついに起こってしまった事故、祥太は大丈夫なのだろうか……? 後編【「身内からお金とる気⁉」あり得ない頻度で孫の世話を押し付けてくるモンスター嫁を“撃退”した方法】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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