台湾「TSMC」誘致と国産「ラピダス」始動。日の丸半導体の復活はあるのか? 最前線を第一人者が解説
Finasee / 2024年7月16日 16時0分
Finasee(フィナシー)
ここ数年、投資界隈は半導体銘柄が大きな話題となっています。
2024年6月、半導体大手エヌビディアはアップル、マイクロソフトを抜いて、時価総額世界トップに躍り出ました。生成AI「チャットGPT」が公開されたのは2022年。この短期間に、AIに使われる先端半導体を開発するエヌビディアの株価は約8倍になりました。
日本の半導体関連銘柄であるレーザーテック、東京エレクトロンも日本株をけん引する存在として、話題を振りまいています。次々と国内で新たな半導体工場の建設が進むなか、日本経済の復活のカギを握るのは半導体と言っても過言ではないでしょう。
そこで、かつて世界を席巻した「日の丸半導体」を率い、また没落していく姿を最前線で見てきた元NECのトップ技術者である菊地正典氏に、技術者でなくても知っておきたい半導体を巡る最新事情を解説してもらいます。(全4回の1回目)
※本稿は、菊地正典著『教養としての「半導体」』(日本実業出版社)の一部を抜粋・再編集したものです。
失われた30年我が国は戦後の1950年代から1970年代にかけ、重化学工業などの産業を中心として急速な高度成長を達成しました。1979年にアメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが著した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』はその一つの象徴だったともいえるでしょう。この本には、日本礼賛的な面と同時に、アメリカへの教訓・警鐘が含まれていたと思います。
いずれにせよ日本国内には全体として、戦後の復興に対する自信や達成感と同時に、油断や慢心、心の隙があったことは否めないでしょう。そんな状況の中、1970年代後半から日本製半導体の対米輸出が増加し、アメリカ国内には日本脅威論が強まっていました。
その間にも日本半導体メーカーの世界シェアは増え続け、1987年のピーク時には50%超、DRAMに至っては75%を占めるに至りました。
思わぬ僥倖2021年10月14日、「世界最大の半導体生産会社である台湾のTSMCが日本に新工場建設を発表」というニュースが日本列島を駆け巡りました。それは多くの人々に、驚きと意外感をもって受け取られたのではないでしょうか。
実はこの発表に先立って水面下での大きな動きがあったのですが、一般の人々がそれを知る由もありませんでした。2020年6月には、日本政府(経済産業省)は「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめ公表していました。その中の一つ「半導体戦略(概略)」では、有識者との意見交換を踏まえ、半導体を取り巻く基本認識から、今後の対応策としての国内産業基盤の強靭化と経済安全保障上の国際戦略を述べています。
その中で今後の具体的取組の骨子となるのは次の2点です。
⒜ 先端ロジック半導体量産工場の国内立地
⒝ 最先端半導体技術センターの設置
TSMCが熊本県菊陽町に建設する日本新工場(JASM:Japan Advanced Semiconductor Manufacturing:ジャスム)は上記⒜の一環であり、2022年4月に着工し、2024年12月までには生産を開始する計画で進んでいます。
熊本県菊陽町に建設するのは28ナノ/22ナノおよび16ナノ/12ナノのノードのいわゆるミドルレンジの半導体(IC)で、月産4万~5万枚生産できる工場です。
総建設費は約1兆円、そのうち日本政府が4000億円を支援し、ソニーが470億円、デンソーが400億円を出資し、残りをTSMCが負担するという内容です。
また最近のニュースでは同地にJASMの第2工場の建設が発表され、新たにトヨタ自動車も参加し、2024年着工、2026年生産開始の計画で、6/7ナノのノード対応で総建設費約2兆円のうち、最大7300億円の日本政府支援を検討しているとのことです。
⒜のもう一つの柱は、次世代半導体の国内量産新会社としてのラピダス(「速い」の意味)で、2023年9月に北海道千歳市で起工式が行なわれました。この計画(第1工場IIM-1)では、政府から3300億円の支援を受け、国内8社(キオクシア、ソニー、ソフトバンク、デンソー、トヨタ、NEC、NTT、三菱UFJ銀行)が出資し、2ナノ(あるいは2ナノ超?)先端ロジックICの短期間試作ラインを2025年に、ファウンドリービジネスの事業化を2027年に開始する予定になっています。ラピダスは国に2兆円の支援要請をしています。
このスキームは、基本的にアメリカIBMの開発技術をベースとして、ヨーロッパの半導体研究開発機関IMECも協力するとされています。政府の支援は今後最終的に5兆円を超えるものとなる見込みで、さらに第2工場(IIM-2)の計画も聞こえてきます。
上記⒝の計画は、LSTC(最先端半導体技術センター)の名称の技術研究組合を設立し、2ナノのノード以降のICの設計・製造に必要な研究テーマを設定し、ラピダスと連携しながら研究開発を進め、新たな半導体アプリケーションを創出することを目指しています。
LSTCは先端ICの設計、先端製造装置の開発、先端半導体材料の開発をオープンな環境で行なう研究開発拠点となる予定で、政府は今後5年間で450億円を支援します。
この他にも、国の半導体戦略に沿って、シリコンウエハー・メーカーのSUMCO(サムコ)に750億円の補助、フォトレジストメーカーJSRに対して官民ファンドの産業革新投資機構がTOB(株式公開買い付け)による9000億円超での買収、米マイクロンの広島工場へのEUV露光を使った1ガンマ・ノードのDRAM開発に対し最大1920億円(研究開発250億円+量産化1670億円)、キオクシアと米WD(合併の動きあり)のNANDフラッシュ量産に対し上限を1500億円とする支援等々、税金が湯水のごとく投入されつつあります。
この30年間以上、衰退の一途にあった我が国の半導体産業を復活させるための大規模な構想が国を中心に打ち出され、具体的な対策が実行され始めたことは、半導体業界に50 年以上身を置き、日本半導体産業の栄枯盛衰を目の当たりにしてきた筆者としては、「やっと……」という思いとともに、これが実を結び我が国の半導体産業のみならず関連産業の発展に繋がることを望んで止みません。
●第2回は【半導体新技術「日本は先行している」は愚かな妄想。次はお家芸の装置・材料が狙われる?】です(7月17日に配信予定)。
教養としての「半導体」著書 菊地正典
出版社 日本実業出版社
定価 2,200円(税込)
菊地 正典
1944年、樺太生まれ。1968年、東京大学工学部物理工学科卒業。日本電気に入社して以来、一貫して半導体デバイス・プロセスに従事。同社半導体事業グループの統括部長、主席技師長を歴任。日本半導体製造装置協会専務理事を経て、2007年8月から半導体エネルギー研究所顧問。著書に『〈入門ビジュアルテクノロジー〉最新 半導体のすべて』『図解でわかる 半導体製造装置』(日本実業出版社)、『IoTを支える技術』(SBクリエイティブ)、『半導体工場のすべて』(ダイヤモンド社)など多数。
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