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半導体新技術「日本は先行している」は愚かな妄想。次はお家芸の装置・材料が狙われる?

Finasee / 2024年7月17日 16時0分

半導体新技術「日本は先行している」は愚かな妄想。次はお家芸の装置・材料が狙われる?

Finasee(フィナシー)

ここ数年、投資界隈は半導体銘柄が大きな話題となっています。

2024年6月、半導体大手エヌビディアはアップル、マイクロソフトを抜いて、時価総額世界トップに躍り出ました。生成AI「チャットGPT」が公開されたのは2022年。この短期間に、AIに使われる先端半導体を開発するエヌビディアの株価は約8倍になりました。

日本の半導体関連銘柄であるレーザーテック、東京エレクトロンも日本株をけん引する存在として、話題を振りまいています。次々と国内で新たな半導体工場の建設が進むなか、日本経済の復活のカギを握るのは半導体と言っても過言ではないでしょう。

そこで、かつて世界を席巻した「日の丸半導体」を率い、また没落していく姿を最前線で見てきた元NECのトップ技術者である菊地正典氏に、技術者でなくても知っておきたい半導体を巡る最新事情を解説してもらいます。(全4回の2回目)

●第1回:台湾「TSMC」誘致と国産「ラピダス」始動。日の丸半導体の復活はあるのか? 最前線を第一人者が解説

※本稿は、菊地正典著『教養としての「半導体」』(日本実業出版社)の一部を抜粋・再編集したものです。

「3次元化技術で日本は先行している」という愚かな妄想

一部のマスコミや識者から、「実は、複数のチップを積み上げるICの3次元化分野では日本が世界に先行している」といった、誤った情報が流されることもあり、注意が必要です。

これはあくまで、3次元化技術そのものが進んでいるのではなく、3次元化技術に必要な素材・材料で日本が先行しリードしている、ということにすぎません。いわば日本は半導体製造装置や材料の分野で健闘しているのに、半導体製造そのものでは世界に大きく後れを取っているのと似ているかもしれません。

この3次元化のIC技術で先端を走っているのは、やはりTSMCであり、インテルです。

TSMCはCoWoS(Chip on Wafer on Substrate:コワース) やInFO(Integrated Fan-Out:インフォ)などのシステムレベルのパッケージング技術を量産化していて、今後は「TSMC-SoIC」と呼ばれる3次元集積パッケージの開発に取り組んでいます。

TSMCが2022年6月に筑波(茨城県)に設置した3D-IC開発センターは、日本の材料メーカーとタイアップして3次元パッケージング技術を開発するための研究所です。

いっぽうインテルは、次世代の3次元の異種チップの集積化(ヘテロジニアスインテグレーション)に向けたアーキテクチャを発表しています。この技術では、貫通ビア(TSV)と絶縁膜貫通ビア(TDV)を集積するチップ構成に応じて使い分け配線容量を減らし、電源供給や信号の完全さ(インテグリティー)を向上させようとしています。

「我が国は、3次元化で先行している」などという妄想は今すぐに捨てて、優れた国内材料メーカーと緊密に連携しながらチップレットを含む3D技術開発に邁進しなければならないと考えます。

前工程・後工程の区別が曖昧化

日本が半導体の復権を目指す上で、製造の「前工程」については上記のようなさまざまな施策が講じられていますが、半導体を製造する上で必須なもう一つの「後工程」についてはどうなっているでしょうか。

具体的な計画や戦略を耳にすることはあまりありませんが、現在、後工程の受託生産を行なうOSATメーカーとしては、ASE(台湾)、Amkor (アメリカ+韓国)、JCET(中国)などがあります。

しかし、台湾有事を含む半導体サプライチェーンの確保という観点から見ると、筆者には何か、議論に欠けがある感じがしています。

半導体の3次元化を含む先端パッケージング技術の進展と、チップレット技術の普及・向上という面で見ると、OSATの業務内容の変化やOSATを巡る業界の再編などが起きる可能性を否定できません。

また、生成AI用に使われているGPUの需要増に対処するため、TSMCが複数の先進パッケージ技術(3D Fabric:TSMCの呼称)の一環としてのCoWoS(コワース)生産を台湾のASEに一部委託したというニュースも報じられています。

このように半導体生産において従来の前工程と後工程の区別が徐々に曖昧になり、融合化されつつある状況を勘案し、半導体システムとしてどうすべきか、という視点から今後の計画・戦略を立てることが強く求められていくことでしょう。

最近、アオイ電子(高松市)が国内に今後350億円を投じて純国産OSAT工場を設置するとのニュースもあり、政府としても「国内投資促進パッケージ」に沿ってこの計画を支援するとのことです。また横浜市のサムスン半導体研究拠点に総事業費400億円のうち半分を経産省が支援して「3D化の次世代技術開発」が行なわれるとのニュースもあります。

次は装置業界、材料業界が狙われている

日本の半導体デバイス業界の凋落に比べ、日本の製造装置業界の世界シェアは40%強、材料業界は60%強と、非常に健闘しているといえるでしょう。

しかし今後を考えると、決して安穏としていられる状況ではありません。例えば装置業界を例に取ると、この10年で売上高は3倍に増加しているのに対し、世界シェアは一時期に比べて7%も低下しています。

これは、日本の半導体装置業界が売上は伸ばしてきたものの、世界全体の伸びに比べれば劣っていることを示しています。このデータから考えると、装置業界についても将来に向けて不安を感じさせられます。

台湾、韓国、中国などは半導体ビジネスに参入するに際し、最終製品に直結し市場規模も大きく、より戦略的・系統的に攻めやすいデバイスビジネスから着手し、成功を収めました。

したがって彼らは「次は装置業界と材料業界」をターゲットに据えているのは誰の目にも明らかであり、いくつかの装置分野ではすでにその兆候が表われ始めています。

半導体やディスプレイ(液晶、有機EL)の二の舞になることなく、現状のポジションを維持し向上させていくためには、半導体技術の今後の流れ(デバイス、プロセス、材料、システム化など)を見極め、新規技術の開発と実用化に多くのリソースを投入していくことこそ肝要です。

アメリカの良きパートナーか、アメリカ戦略の歯車か?

日本半導体の復権に向けて起きている最近の慌ただしい動きを見ていると、さまざまな思いが頭をよぎります。この動きのトリガーとなったのが、心ある人々の熱意と願望の結晶なのか、神風なのか、歴史の綾なのか、米中覇権競争の中でのアメリカ(自由主義圏を含む)の安全保障戦略の波及効果なのかについては、いろいろな考えがあるでしょう。

特に最後の点に関し、アメリカはチップス法(Chips and Science Act)に代表される新たな戦略に基づいて、半導体の国内生産回帰と自由主義圏内で可能な限り完結できるサプライチェーンの確保に動いています。

例えば、アメリカ国内の新工場としては、インテルがアリゾナとオハイオにハイエンド前工程の生産工場を、ニューメキシコには後工程の生産工場を、そして海外に目を向けるとアイルランドとドイツにハイエンド前工程の生産工場を、ポーランドに後工程の生産工場を、そしてタイに先進パッケージ開発施設をつくるなどの動きがあります。

またグローバルファウンドリーズはニューヨークにミドルレンジの前工程の生産工場を、TIはテキサスに同じくミドルレンジの前工程の生産工場を、マイクロンはアイダホとニューヨーク、さらには広島にも最先端のDRAMの生産工場をつくる計画です。

またTSMCはアリゾナにハイエンド前工程の生産工場を、日本にはミドルレンジの前工程の生産工場を、ドイツにはボッシュ、インフィニオン、NXPセミコンダクタと共同でミドルレンジの前工程の生産工場を、サムスンはテキサスにハイエンド前工程の生産工場をそれぞれ計画あるいは着手しています。

アメリカ国内に建設される生産工場ついては、アメリカ企業か海外企業かの別なく(条件は異なる可能性あり)アメリカ政府の資金援助を受けられます。

このほか、TSMCやサムスンなどは国内に最先端前工程の生産工場を建設しています。フランスの市場調査会社Yoleによれば、今後5年間で100兆円を超える資金が半導体チップ製造に投資される予測もあります。

我が国の半導体産業が失われた30年の眠りから目覚め、アメリカの戦略に盲目的に組み込まれることなく、日米安全保障に基づいた「良きパートナー」として、世界に存在感を示しながら隆盛し、最終的に「半導体が人々の幸福に資する」ことを望んでやみません。

●第3回は【元NECトップ技術者がサムスン電子・TSMC・エヌビディアの強さの秘密を語る】です。(7月18日に配信予定)。

教養としての「半導体」
 

著書 菊地正典

出版社 日本実業出版社

定価 2,200円(税込)

菊地 正典

1944年、樺太生まれ。1968年、東京大学工学部物理工学科卒業。日本電気に入社して以来、一貫して半導体デバイス・プロセスに従事。同社半導体事業グループの統括部長、主席技師長を歴任。日本半導体製造装置協会専務理事を経て、2007年8月から半導体エネルギー研究所顧問。著書に『〈入門ビジュアルテクノロジー〉最新 半導体のすべて』『図解でわかる 半導体製造装置』(日本実業出版社)、『IoTを支える技術』(SBクリエイティブ)、『半導体工場のすべて』(ダイヤモンド社)など多数。

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