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「エアコンを消せない…」子育てを終え、保護犬を迎えた熟年夫婦が陥った「想定外の落とし穴」

Finasee / 2024年7月22日 17時0分

「エアコンを消せない…」子育てを終え、保護犬を迎えた熟年夫婦が陥った「想定外の落とし穴」

Finasee(フィナシー)

「ほら、ムギ、大好きな骨だよ~」

春子は骨のようなゴムのオモチャをムギに差し出す。コーギー犬のムギはすぐにゴムにかみつき、春子の手から引っ張り取ろうとする。春子は抵抗をし、綱引き状態になった。

日に日に力強くなっていくムギに成長を感じながら、春子はムギがこの家にいてくれることの幸せを感じていた。

本当にムギを迎え入れて良かった。思えば始まりは、息子の俊介が独り立ちしたところからだった。3カ月前の胸にぽっかりと穴が空いた気持ちは今もしっかりと記憶の中に残っている。

就職のために他県へと引っ越す俊介を駅に送り届けたあと、帰宅した春子は玄関を見て寂しさを感じていた。いるときはうっとうしいなんて思っていたが、いざいなくなってみると、息子がいなくなった家はなんだか広く思えた。

もちろん夫の利也も気持ちは同じだろう。愛する俊介が家を出ていくのに、何も感じないはずがない。そんな喪失感を抱えながらの夫婦生活がこの後続いていくはずだった。

ムギとの出会い

事態が変わったのは、俊介がいなくなってから3日後のことだった。2人でテレビを見ていると、保健所に保護された犬や猫が特集で取り上げられていた。

年間5万匹以上の犬や猫が保健所に引き取られ、1万匹以上が殺処分されているのだという。気になって調べてみると、春子の住んでいる街にも保健所があることが分かった。

息子の俊介が小さいころにぜんそく持ちだったこともあって、犬や猫を飼う機会はなかったが、春子は若いころ、トリマ―になろうかと考えたことがあるくらい犬が好きだった。

春子は利也に相談し、すぐに保健所に赴いた。そこで出会ったのがムギだった。きれいな小麦色の毛並み、短い足、ぱっちりとした目、精悍(せいかん)な顔つきをしたミックスのコーギー。

「ちょっと、俊介に似ているな……」

ぼそりとつぶやいた利也の言葉が決め手となって、春子たちはその子を引き取ることにした。

こうして始まったムギとの生活は慣れないことだらけで大変でもあったが、それ以上の充実感といとおしさを、春子は日々感じていた。

光熱費がとんでもないことに

「なあ、春子、ちょっといい?」

ある日、春子がリビングでムギと一緒に骨のオモチャで遊んでいると、休日で家にいた利也が抑えた声で話しかけてきた。春子は身構えた。こういうときは大抵良くない話であることが多かった。

春子はムギをひとなでして離れ、リビングテーブルに腰掛ける。

「どうかしたの?」

「これ見てくれよ。先月の電気代」

利也から渡された電気料金の明細を春子は確認する。この手の公共料金などは全て利也が管理している。利也の人さし指の先にある金額に、春子は目を丸くした。

「えっ⁉ 何これ⁉」

「先月、4万を超えてるんだぜ。これってかなりの額だよ。なんでこんなに高くなったか、理由考えてみたんだけどさ」

「……ムギだよね?」

利也はばつが悪そうにうなずいた。

「やっぱりリビングのエアコンをずっとつけっぱなしなのが原因だよな。使わない時期は問題ないと思うけど、さすがにこの金額はな……」

「いや、確かにそれは分かるけど……」

「さすがにつけっぱなしは止めよう。払うのがバカみたいだよ」

しかし春子にも言い分はある。

「でもさ、ムギはずっとこの部屋にいるのよ。8月になったら、35度を平気で超えるんだから。蒸し風呂みたいになっちゃうわよ。インスタの愛犬家さんアカウントでも、夏場はつけっぱなしだって言ってるし」

「いや、そうは言ってもちゃんと体温調節できるようになってるって」

春子は首を横に振る。

「ダメよ。かわいそうでしょ?」

「いや、かわいそうだとは思うけどさ……」

「とにかく、エアコンは消さない。ムギになんかあってからじゃ遅いもの」

話はこれで終わり、と春子は思ったが、利也は盛大にため息をついた。

「あのさ、こんなこと言いたくないけど、うちは別に裕福ってわけじゃないんだ。電気代にこんな4万も払えるわけないだろ?」

「じゃあ、この間買った釣り具は何? あんな棒に3万もかけてた人が家計のことを気にしてるって信じられな~い」

「棒じゃない! 竿(さお)だって言ってるだろ! 釣りは俺の唯一の趣味なんだから、好きに使って良いだろ⁉」

利也が大声を出すと、ムギが心配そうに鼻を鳴らしてこちらを見ていた。春子はすぐにムギに駆け寄る。

「ゴメンね、ムギは何も気にしなくていいからね」

「おい、まだ話は終わってないぞ」

「終わってるわよ。エアコンは消さない」

利也はいらついたように頭をかく。

「だからそれだと……!」

そこで春子は近くにあったエアコンのリモコンをつかむ。

「あーそんなに怒ったら、暑くなるでしょ。温度下げるわよ?」

「バカ、ふざけんな! 1度下げると、電気代が高くなるんだぞ!」

「ウルサいわね! それじゃあ、グチグチ細かいこと言ってこないで! ただでさえイライラしてるんだから!」

「お前はいっつもそうやって俺の意見を無視して好きなことをしてるよな! 俺がどれだけお前のワガママに我慢してるか少しは考えてくれよ!」

利也の発言は聞き捨てならなかった。

「私がいつワガママなんて言ったのよ! 何をするにもちゃんとあなたにお伺いを立ててたじゃない!」

「聞いてるだけだ! 俺の意見が通ったことは一度もない! その犬だって、どうせ反対したところで聞きゃあしないって分かってたから受け入れただけだ!」

そう言って、利也はリビングを出て行く。

「どこ行くのよ⁉」

「釣りだよ! こんなところいられるか!」

春子は廊下に向かって叫ぶ。

「お金、お金言ってるんだったらたくさん釣ってきて、ご飯の足しにしてよね⁉」

「俺はバス釣りしかやんないんだよ!」

「こんな夕方から釣りなんてして釣れるもんだって釣れないわよ!」

売り言葉に買い言葉。春子は利也の背中に向けて声を荒らげる、利也は最後まで利くことなく家を出て行った。

●「ムギのため、エアコンは絶対に消すわけにいかない」夫に理解させたきっかけは……? 後編ペットが原因で家庭内別居に…熟年夫婦を襲った“予期しなかった光熱費”の誤算】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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