熱中症で救急搬送された祖父…心が折れた高校球児の孫を奮い立たせた「苦手を克服できるコツ」
Finasee / 2024年7月26日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
毅(68歳)の楽しみは、かわいがっている孫・俊太郎(18歳)の高校野球だ。自身も球児として甲子園を目指していた毅は、俊太郎が小さいときから野球を教え、俊太郎もそれに答えるように上達していった。
そして毅の母校に入学した俊太郎は、最後の夏に挑む。しかし夏の地区大会前の紅白戦で、俊太郎は突き指をしてしまう。レギュラー当確だっただけに俊太郎は気落ちしていたが、そんな俊太郎に毅は祖父としてOBとして激励の言葉をかける。
地区大会のベンチ入りは果たしたものの、俊太郎の出番はない。それでも毅は連日球場へ足を運び、今年こそはと悲願に向けて勝ち進む後輩たちを応援していた。しかし準々決勝に勝利した日の帰り道、毅は熱中症で倒れて病院に搬送されてしまう。
●前編:グラウンドに響く鈍い激突音…高校球児を襲った“想定外のアクシデント”と祖父の「異変」
応援に行かれなくなってしまった毅が気付くと病院のベッドで寝ていた。
「良かったわ。急にベンチに座って倒れ込むから驚いちゃって」
「ここは病院か?」
「ええ、救急車を呼んでね。ちょっと重たい熱中症だったみたい。だから2,3日は入院をしておかないとダメですって」
入院という言葉を聞き、毅は衝撃を受ける。しかし体を動かせるような状態ではなかった。
「……じゃあ、試合は見られないな」
明日、俊太郎たちの準決勝がある。対戦相手は昨年の優勝校。間違いなく大一番だ。
「しょうがないわよ。個室を借りたから、そこのテレビで応援しましょう」
「ああ、そうだな」
毅はそう言って目を閉じた。家族そろって何て不運なんだ。
俊太郎が生まれて、毅が野球を教えた。みるみる上達をしていく孫を本当に誇らしく思っていた。そんな俊太郎が自分の母校の野球部に入ったことは、これ以上ない喜びだった。だからこそ、俊太郎がチームのユニホームを着て、甲子園で校歌を歌ってくれることを心から願っていた。そのためなら、どれだけでも応援する気持ちだった。
だが、地区大会の寸前で俊太郎はけがをした。そして大事な一戦を前に自分は熱中症で入院してしまった……。もし神がいるのなら、どうしてこんな仕打ちをするのか問いただしたい気持ちだった。
力がなくてもボールは飛ぶ毅が目を覚ましたのは朝の5時。いつも早起きだが、気がはやっているせいか、今日は特別に早かった。
試合の開始時刻は午後1時。散歩にでも行けたらなと思うが、外出許可はおりず、毅は昨日のうちに佳枝に持ってきてもらった文庫本を読みながら暇をつぶしていた。
目頭をもんで伸びをしていると、ノックされた扉が開いた。朝食の時間かと思ったが、入り口に立っていたのは看護師や医者ではなく、ユニホーム姿の俊太郎だった。
「じいちゃん、大丈夫?」
驚く毅の横に俊太郎は腰を下ろす。
「元気そうで良かったよ」
俊太郎は毅に笑いかける。だが、毅は俊太郎の訪問を喜ぶ気持ちにはなれなかった。
「な、何をやってるんだ?」
「何ってお見舞いじゃん」
「今日が何の日か分かっているのか?」
毅の問いに俊太郎は目をそらした。
「……別に俺がいても意味ないし」
「違うだろ。チームで戦ってるんだ。ベンチに入っている人間は、アルプスにいるみんなの思いを背負ってるんだ」
俊太郎は首を横に振る。
「そうかもしれないけどさ、けがして試合に出れないんじゃただの荷物じゃないか。俺のバッティングになんて期待されてないんだよ」
「バカなことを言うな!」
毅は思わず怒鳴ってしまった。俊太郎は目を見開く。
「皆、お前が勝利に必要だからベンチに入れてるんだよ。そのお前がそんな気持ちでいてどうする? チームを助けるのが俊太郎の仕事だろ?」
しかし俊太郎の表情は浮かない。
「でも、俺、この2週間、ろくにバット振ってないし。右肩だってこんなだし」
「違う。俊太郎、思い出せ。どれだけたくさんバットを振り込んできた? たかが2週間くらいでさびつきやしない。それに昔、バッティングのトレーニングをしに、打ちっぱなしに行ったのを覚えてるか?」
俊太郎がうなずく。
「バッティングセンターじゃなく、ゴルフをさせたはずだ。あそこで俊太郎はゴルフ未経験にもかかわらず、球を遠くに飛ばしてたじゃないか」
「それは覚えてるよ……」
「いいか、球を飛ばすのは腕じゃない。足腰だ。そして球にどれだけ回転を加えられるかが、大事だって話をしたろ?」
俊太郎はハッとした表情になる。
「うん。きちんとした回転を与えないと、どれだけきちんと当てても球が前に飛ばないって言ってたよね」
「そうだ。俺もな、バッティングは苦手中の苦手だったんだよ。それは高校で野球を引退するまで払拭することはできなかったよ。でも、働くようになって付き合いでゴルフをするようになって、回転の大事さを知った。きちんとバックスピンをかければ、ボールは力がなくてもしっかりと飛んでくれるんだ。そのことを俺はお前に教えたはずだ。人さし指は支えるだけで良いんだ。大事なのは足腰なんだよ」
そこで俊太郎の顔つきが変わったことに気付く。もう何も言う必要はないと分かった。
「ありがとう、おじいちゃん。それじゃ、俺、今から行ってくるよ」
「ああ、球場で応援できなくて悪いな」
「大丈夫だよ。明日には退院できるんでしょ?」
毅はしっかりとうなずく。それを見て、俊太郎は白い歯を見せて笑った。
「じゃあ、決勝には間に合うじゃん」
それだけ言い残して俊太郎は病室を出て行った。
ピンチヒッター・俊太郎俊太郎が帰った5時間後、ついに準決勝の試合がスタートした。
毅は病室のテレビで佳枝と一緒に観戦をする。相手チームは投手力が高く、なかなか得点を奪えずにいた。そして7回の裏、ツーアウトながらランナー2、3塁のチャンスに代打が送られる。
左バッターボックスに立ったのは代打で打席に送られた俊太郎。現在、チームは1点差で負けている。しかし一打逆転の場面だった。
「ああ、しゅん君、大丈夫かしら……。頑張って」
佳枝は手に持ったハンカチを握り込んで祈っている。サイドスローの相手投手が投げた初球は空振り。俊太郎の表情に気負いはなく、スイングにも迷いはない。
「大丈夫だ」
けがから明けて2週間ぶりに立った実戦の舞台。その初球から力強いスイングができているならば問題ないと、毅は思った。
2球目は緩い変化球が外れてボール。3球目は外角のストレートを逆らわずに左方向へ打ち返すが、打球は切れてファウル。ツーストライクと追い込まれた。
「大丈夫だ。必ず打てる」
相手ピッチャーが4球目を投じた。俊太郎はバットを鋭く振り抜いた。力みの取れた素晴らしいスイングで打ち返された球は、浅い放物線を描いて左中間を真っ二つに割って転がっていく。ランナーが2人が返り、チームは逆転。セコンドベース上で俊太郎は高々と手を突き上げた。その光景を見て、毅は目頭が熱くなった。
8回からは俊太郎がショートの守備につき、3度守備機会があったがどれも全てそつなく裁き、チームは決勝進出を決めた。
じいちゃんのおかげ試合が終わった日の夜、俊太郎から電話がかかってくる。
『ありがとう、じいちゃんのおかげだよ』
顔が見えずとも、充実した表情をしていることが手に取るように分かる。
「いいや、お前が毎日練習をし続けた成果だ。俺は何もしてないよ」
『決勝さ、俺、スタメンで出られそうなんだ』
「必ず応援に行く。お前の勇姿を見に行くからな」
毅は力強くうなずいた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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