「こんな事なら当たらない方がよかった」宝くじでまさかの1000万円、お金の使い道でもめた夫婦の「たどり着いた結論」
Finasee / 2024年7月31日 17時0分
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Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
麻里子(54歳)は夫の信之(56歳)と、2人がまだ貧しく若い頃から、宝くじを夢を込めて習慣的に買っていた。
ある日、信之が1000万円の当選を果たし、2人は大喜びをするが、当選を義母に伝えた事により、親戚たちから金を無心する電話が来るようになってしまう。
それがきっかけで険悪なムードになり、当選金の使い道でも意見が分かれた。堅実に家のローンの早期返済やリフォームに使いたい麻里子と、車を新しく買い換えたり、海外旅行をしたい信之。麻里子は浮かれる信之に苛立ち、ついに夫婦げんかへと発展してしまう。
●前編:“金目当ての義家族たち”に追い回され…宝くじ高額当せん夫婦が陥った「まさかの事態」
当たらないほうが良かったんじゃない?結局、話し合いは進んでいなかった。いや、話し合ったところでお互いの考えは平行線のままなのだから、話し合う意味なんてなかった。当然、いくら言葉を尽くして説得されようとも、麻里子の考えは変わらない。だから麻里子は老後を見越してのリフォームの準備を始めた。
2階の押し入れを開けて、そこから捨てるものと残すものを仕分けする。ほとんどが使わなくなった家電や開けなかった引き出物などだったから、大半は捨ててしまうことができそうだった。
「何やってるの?」
振り返ると、一美がこちらを見ていた。大学の最終年で、就職も決まっている一美は、友達と学生最後の年を楽しむため、しょっちゅう外出をしているので、昼間にこうして家にいることが珍しかった。
「要らない物をね、捨ててるのよ。ほら、宝くじのお金でリフォームするって言ったでしょ?」
「父さんは海外旅行に行くぞって雑誌を買い込んでたけど? 私もどこに行きたいか聞かれたよ」
「ああ、それはないから」
麻里子はまた一美に背中を向けて作業を続ける。
「それさ、お父さん、ちゃんとOKしてんの? かなり海外旅行、楽しみにしてたよ」
「いいのよ。そんな無駄なことに使ってられないもの」
麻里子はそれだけ言って、淡々と手を動かした。
「……あのさ、なんで宝くじ当たって、仲悪くなってるの? 意味分かんないんだけど」
「そんなの私に言わないでよ。そもそもあの人がお義母(かあ)さんに話したのが悪いんだから」
「でもさ、宝くじを当てたのはお父さんでしょ? お父さんの手柄は認めてあげたら?」
麻里子は手を止めて、後ろの一美を振り返る。
「認めてるけどさ、そんな海外旅行とか車とかそんなのにお金使うのもったいないでしょ? この先、何があるか分かんないんだから」
「何にお金を使うかは何でもいいのよ。けんかしてんのが意味分かんないって言ってるの。昔は宝くじの当選番号を楽しそうに見てたのにね。こんなんなら、当たんないほうが良かったんじゃない?」
一美はそれだけ言うと背を向けて、廊下を歩いて行く。
「ど、どこ行くの?」
「友達と遊びに行く。どうでもいいけど、離婚なんてしないでよね。周りの友達に離婚原因聞かれたときに、宝くじの当選金の使い道でもめたからなんて恥ずかしくて言えないから」
一美の言葉には親へのあきれが見て取れた。それでも自分は間違ってないと言い聞かせながら、ものをどんどん廃棄用の段ボールに入れていく。やがて押し入れの奥に行けば行くほど、懐かしいものが出てくるようになる。一冊のアルバムもそのなかの1つだ。
1枚の写真ページを開くとそれは結婚して間もない頃の写真だった。まだ一美も生まれる前。2人で小さなアパートに住んでいたときのものだった。
信之は大卒で就職をしたばかりで、給料がそこまで良いわけではなかった。麻里子も一美を妊娠するまでは働いてたが、当時の生活は決して裕福とは言えず、やりくりが大変だったことを思い出す。
麻里子がなでるようにページをめくっていると、1枚の写真が目に留まった。
若い信之が宝くじをこちらに見せて笑っている。そこでどうして宝くじを買うようになったのかを思い出した。
お金がなかったので、デートと言えば、近くのデパートを歩いて見て回ったり公園をぶらつくのがほとんどだった。そんなとき、信之は宝くじを10枚買ってきた。麻里子は無駄遣いだよといさめたが、信之はこれが当たれば、でっかい家を買って、高級車を乗り回せるようになるんだと話していた。
結果、5等の1万円が当たり、信之があまりにうれしそうにしているので、麻里子がその様子を写真に撮ったのだ。その1万円でおいしいイタリアンを食べたのを思い出した。大当たりとも言えない額なのに麻里子たちは手を取り合って喜んでいた。
「なのに、どうして……」
麻里子は自分に問いかけた。1000万が当たったのに、なんで自分たちは仲たがいをしている。昔といったい何が変わってしまったというのだろう。麻里子はアルバムを持って1階に下りた。そして書斎で本を読んでいた信之にアルバムを見せた。
宝くじの使い道は…「ねえ、これ、ちょっと見て」
突然のことに驚いていたが、アルバムのカバーを見て、信之はすぐにそれが何なのか気付いた。
「懐かしいな」
信之はゆっくりとアルバムを眺めている。
「昔はお金なんてなかった。でも私たちはとても幸せだった。宝くじが1万円当たっただけで、大騒ぎして記念写真まで撮ってさ」
信之は目を細めて笑った。
「全くだ。今の一美のほうがよっぽど大人だな」
「覚えてる? あなた、宝くじが当たったら、家と車を買うんだって言ってた」
「ああ、そんなことばっかり言ってたな」
「でも、あなたは自力で家も車も買ってくれた。おかげで私たちはこうして生活ができているのよね。当たり前すぎて、私、忘れちゃってた」
麻里子はゆっくり頭を下げる。
「この宝くじ、あなたの好きに使って良いわ。たまにぜいたくするくらい、悪くないかもって思うわ。それに、そもそもあなたが当てたんだし」
麻里子がそう言って顔を上げると、信之は目を見開いていた。そして困ったように目線を落とす。
「不思議なもんだな。同じ写真を見ているのに、思い出す記憶が違うなんて……」
「どういうこと?」
「俺は昔から金遣いが荒かったからさ。出世して給料が上がると、調子に乗って飲み歩いて後輩におごったり、ゴルフにはまったらクラブをいつも買い替えたりしてな。周りの目を気にしてそんなことばかりしていた」
「……確かにそんな時期もあったわね」
当時は信之の金銭感覚が本当に信じられず、言い争うこともしばしばだったが、今ではもう笑い話だ。
「でもそのたびに麻里子が俺をしかってくれたよ。家を買うため、車を買うため、しっかりと貯金してくれた。無理やり定期預金に入れられたりしてな。だから麻里子がいてくれなかったら、家も車も買えなかった。今の生活はなかった。だから、この家も車も家族で手に入れたものだ。そんな言い方はしないでくれ」
柔和に目尻を落とす信之を見て、麻里子は温かい気持ちになった。
「さっき一美にも怒られたんだ。子供じみた反抗で旅行雑誌なんか買ってきてばかばかしいって。1000万も当たったから浮き足立って、大事なことを忘れてたよ」
「うん……私も。ごめんなさい」
「俺もごめん。それでさ、考えたんだけど宝くじの使い道だけどさ、まあ、今は保留ってことにしておかないか? 1年以内なら、いつでも交換はできるみたいだから」
麻里子はうなずいた。大切なのはお金ではなかったし、まして当たった宝くじの使い道なんかではない。一美の言っていた通り、こんなことでけんかするなんて意味が分からない、だ。いつかきっとこのけんかも、長い時間がたつことで笑い話になっていくのだろう。
「そうね。もっとたくさん話しあえば、きっと良い着地点を見つけられるはずだしね」
「ああ、俺たちはずっとそうしてきたからな」
話が決まったところで、信之は大きく伸びをする。
「一美はどうしてる?」
「あの子、遊びに行っちゃったわ。多分、帰ってくるのはまた夜になるわね」
「そうか、それじゃあ、久しぶりに外にでも食べに行こうか」
信之の提案に麻里子は気持ちを弾ませる。
「いいわね、前から気になってる店があったの」
そう言って準備をするため、クローゼットへ向かう。信之と2人きりで出掛けるなんて何年ぶりだろう。麻里子は思い返したが、どうでもいいとすぐに頭を切り替えた。とにかく楽しみだという気持ちがあれば十分だろう。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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