引きこもりの息子が原因で夫婦ゲンカ絶えず…良かれと思った“不動産”に振り回された一家の「解決策」は!?
Finasee / 2024年7月30日 13時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
岸本美穂(38歳)は、祖父が遺した不動産の管理に四苦八苦していた。管理が十分にされていない不動産は、トラブル続きで物件を保有するメリットより苦労が多いと感じていた。
ところが、不動産を共に相続する兄は財産を手放したくないと言って譲らない。
兄妹の意見が対立する中、大きな水漏れ事故のため、莫大な損害賠償を支払うことになり……。
●前編:「自分たちで管理して経費を浮かせよう」。「ケチ」な兄の提案が裏目に! 資産家一家が陥った“不動産経営”のワナ
遺産相続を当てにして引きこもる甥…親子で甘えの連鎖美穂の兄・翔太(40歳)の一人息子である翼(16歳)は、高校に行かず、仕事をすることもなく家に引きこもっていた。誰とも付き合わず、一日中、自分の部屋でゲームばかりをしているような暮らしだった。翔太は、翼を大学まで卒業させてやるつもりだったが、中学3年生の夏ごろから、「学校に行く意味が分からない」と言い出して家にこもるようになった。なだめすかして中学校は卒業させたものの、高校は受験すらしなかった。
美穂の目から見ると、翼が学校に行かなくなったのは祖父が遺した不動産のせいだった。翔太が練馬に家を新築し、家族で移り住んだ頃から、翼は自分の部屋にこもるようになってきた。「将来は、不動産管理会社の社長になって何不自由なく暮らしていける」というようなことを翔太が翼に言っているのを美穂は聞いたことがあった。翔太としては、「だから、しっかり勉強して社長にふさわしい人格を育てなさい」と言いたかったようだが、翼にとっては「将来は会社の社長になって何不自由のない生活ができる」ということのほうが強く響いたようだった。
「もう限界」。妹の決断に、兄は…練馬の実家を訪ねていくと、翔太夫婦や翔太と翼が常に何かのことで言い争いをしていた。父の光一は翔太たちの新居に部屋をもらっていたが、そのギスギスした雰囲気が嫌で、もっぱら元から住んでいる古い母屋で暮らすようになっていた。このため、母屋を取り壊すという話も宙に浮いたままになっている。何もかもが不動産の所有がもたらした負の結果だった。
まして、今回の大規模な水漏れ事故で、大きな支払いの義務を負うと、不動産管理会社の積立金のほとんどを取り崩すことになってしまいかねないのだ。これでもし、商業ビルのテナントの1社でも退去したら、あるいは、賃貸マンションの空き部屋が今の3部屋以上に拡大していくようになれば、不動産管理業務の収支が赤字になってしまう恐れすらあった。美穂は、日々の管理業務に追われながら、このままではいずれ立ち行かなくなると感じていた。
翔太が翼に語った未来は、文字通り「絵に描いた餅」であって、築年数の古い不動産をいかに有効に活用していくのかということに関しては、高度な経営判断の能力が求められた。そのような才覚は美穂にはなかったし、翔太にも、まして、翼にあるはずもなかった。だから美穂は、翔太が何を考えていようが、手間がかかるばかりで実入りが少ない不動産管理業から撤退した方が良いという意見だった。
その日、保険関係の調査結果を兄に伝え、修繕工事にかかる費用やスーパーへの補償の問題など今回の事故に関する費用の概算を示して、積立金の取り崩し額を提示した。そして、今期の不動産管理会社の決算の見通しまで資料を見せた。弁護士や会計士の意見も添付された資料に対し、翔太は一言もなかった。もはや積立金の残高もなくなってしまうことになる。現在の不動産賃貸の状況について美穂から説明を受けながら、美穂の危機感が翔太にも伝わったようだった。そして、資産としての価値があるうちに、物件を売却した方がいいという話にも「考えておく」という答えが返ってきた。
現実を受け入れて見えてきた不動産投資の新しいカタチ美穂は、肩の荷が下りたような気持ちで帰宅した。早速、夫の達也(38歳)にも、兄が不動産の売却を前向きに考えてくれるようになったことを話した。物件を売却すると、このビルで暮らし続けるわけにもいかなくなるので、新しい住まいのことも考えなければならなくなる。もちろん、兄は「考えてみる」と言ったばかりだから、すぐに売却に向けた話が進むとも思えなかった。ただ、次のステップに向けた準備が必要になったということだ。
美穂は、「おじいちゃんから財産三分法という考え方を聞いて、財産は『不動産・現金・株式』の3つに分けて持つことが大事と教えられた。不動産は昔から有力な財産だといわれていたじゃない。なぜ、うちはうまくいかなかったのだろう?」という疑問を口にした。
達也は、「不動産は、それを管理するという仕事はやはり重要なんじゃないかな。美穂が引き継いだ時に、過去の書類がないと大騒ぎしたり、積立金の積み立て不足が大きかったり、かなり過去の管理に問題があると言っていたでしょ。どんな財産でも手入れして育てる手間を惜しんじゃいけないんだよ」と言った。美穂は、達也を見直すように感じた。そして、達也は「不動産の安定収益が得たいのなら、J-REITに投資するという手段があるよ。会社の確定拠出年金の勉強会で聞いたことの受け売りなんだけど、都内の一等地にある有名なビルとかをいくつも持って、その賃貸収入を分配してくれるのがREITの良さなんだって。もちろん、管理は一流の不動産会社がやってくれるから安心だ。利回りが年5%を超えるものもあるらしい。NISAでも買えるって」と言った。
美穂は、NISAで始めた投資には、様々な可能性がありそうだと思った。そして、練馬の実家を後にするときに兄がぽつんと言った「翼のこと、どうすりゃいんだ」というつぶやきのことを思い出していた。「それは、ま、自業自得ということかな」と思うと、兄に対して募っていたうっぷんが少し晴れたように感じた。そして、「兄さんは、いろんなことを逃げ回ってばかりだから、いろんな問題に追いかけられる。翼君のことは、今真剣に向き合わないと、将来もっと大きな問題になりそう。いい機会だから兄さんのお尻を蹴っ飛ばしてでも翼君と話し合うように言ってみよう。これから高校に入り直しても、翼君はいくらでもやり直せるのだから」と美穂は思っていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
風間 浩/ライター/記者
かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。
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