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月給18万“暇すぎる仕事”の落とし穴…勤務中に内職をしていた50歳男性に社長がかけた「驚きの言葉」

Finasee / 2024年8月2日 17時0分

月給18万“暇すぎる仕事”の落とし穴…勤務中に内職をしていた50歳男性に社長がかけた「驚きの言葉」

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

隆(50歳)は35歳の時に、勤めていた印刷会社が経営不振に陥り、居酒屋チェーンに転職をした。それから15年の月日がたち、今では店長になっていた。

そんな折、新型コロナウイルスの影響で会社が事業を縮小することになり、隆はリストラされてしまう。50歳でオフィスワークのスキルがない隆の転職活動は難航し、フードデリバリーサービスで配達員をしながら、あきらめずに転職活動を続けていた。

途方に暮れていたとき、居酒屋時代の常連だった不動産会社の社長と偶然再会する。「うちで仕事をしないか?」と、突然の誘いを受ける隆だった。

●前編:「こんな惨めな思いをするなんて…」コロナで失職、どん底の50歳・元飲食業の男性に声をかけた「思いがけない人物」

「月給18万」の誘い

翌日、権堂から詳しい話を聞くために、隆は権堂の会社近くの喫茶店を訪れていた。

「突然で申し訳ないね。今日はありがとう」

「いえ、こちらこそ、お話しいただけて助かります」

「まあ、そうかしこまらず楽にしてくれよ」

権堂は2人分のコーヒーを注文し、まもなく運ばれてきたコーヒーが2人の前に並べられる。

「それで、頼みたい仕事についてなんだが、マンションの管理人なんだ。具体的には1日2回の巡回と設備点検。それと清掃だね」

「……それだけ、ですか?」

権堂はうなずき、コーヒーを口に含む。

「それが主な業務だ。あとはまあ、住人から何か直接苦情を言われたら速やかに管理会社へ連絡をする。そうすれば、そっちが対応してくれることになってる。ほぼないと思うがね。住人は困ったことがあったら管理会社に連絡をするようにって入居の段階で話をしているから。一応、これが条件なんだが、年齢もあるし、給料は相談してくれ」

権堂にスマホの画面を見せられる。それは求人サイトに掲載されているページで、〈月給18万〉〈各種社会保険完備〉〈交通費全額支給〉などと書かれている。もちろん正社員としての登用だった。

給料だけで言えば、店長時代よりも低い。しかし正社員で福利厚生もちゃんとしているし、何より18万ももらえるにしては、仕事内容があまりにも少なすぎる。

そんな隆の内心を見抜いたのか、権堂はおかしそうに目尻を下げる。

「なんでその程度の仕事でこんなにもらえるのかって顔をしているな?」

「あ、はい、ちょっと、条件が……」

「仕事内容はこれだけ。うちとしては管理人を置いておく必要があるんだよ。マンションとしては管理人がいるかどうかで入居率が変わってくるからね。独身女性からしたら、それだけで安心感があるんだろう」

その言葉を聞き、隆は少しだけ納得した。

「それに前の管理人が突然辞めてしまったからな。急いで探しているというのもあるし、やっぱり信頼できる人間に頼みたいという気持ちもあるから。渡りに船だったよ。清水さんが仕事に真面目なのはよく知ってるからね」

権堂は隆を見て、ほほ笑んだ。

隆はやってみようという気持ちになった。数々の採用試験で落ち続けていたので、自分が必要とされていることが素直にうれしかったのだ。

隆はその場で権堂の申し出を快諾し、書類にサインをした。その日の夜にクリーニング店のパートから帰ってきた冴子に報告すると、自分のことのように喜んでくれた。

もうフードデリバリーの配達員をすることもないだろう。

隆は翌日、最寄りのサポートセンターに足を運び、3年間、生活を支えてくれた配達用のバッグを返却した。

空は薄く曇っていたが、気持ちは晴れやかだった。

俺はこのままでいいのだろうか

丁寧なマニュアルがあったので、管理人の仕事にはすぐに慣れた。もちろん以前のように深夜に帰ることもなくなった。身体の調子も悪くはないし、冴子と一緒に食卓を囲むこともできる。

何ひとつ不自由はない。

だが、どうしようもなく暇だった。

住人とは巡回のときに時折あいさつをする程度で、1日のほとんどを誰ともしゃべることなく過ごす。巡回や清掃がつつがなく終わってしまえば、残りの仕事は日誌にその日の出来事を記載しておくくらいのものだが、そもそも何も起きないので書くことがなかった。

何時間も管理人室でぼーっと過ごし、時折舟をこぎそうになりながら1日をやり過ごしていると、隆は給料泥棒をしているようで申し訳ない気持ちになった。

(俺はこのままでいいのだろうか)

暇な時間は、不安を膨らませる。考えなくてもいいことを考えさせる。

この年で正社員として雇われただけでありがたかったはずなのに、欲深くなっている自分がいる。

悶々(もんもん)とした気持ちを抱えていた隆に、「資格でも取ったらいいじゃない」と言ったのはもちろん冴子で、それは隆にとって天啓のような名案だった。

「権堂さんって方に恩はあるだろうけど、一生そこで働かなくちゃいけないわけじゃないでしょう? もちろん仕事は仕事できちんとやって、ぼーっとしてる時間は勉強に充てたらいいじゃない」

「だけど、それはサボりだろう」

「何言ってんの。今だってぼーっとしてるんだから一緒でしょ。むしろ時間は有効活用しないと」

そういえば、居酒屋をリストラされてからの再就職が難航したのは、自分が何の資格やスキルも持っていないことが原因だった。何か資格があればと思ったことは1度や2度ではなかった。

隆は一念発起し、資格の勉強を始める。いくつか下調べをして選んだのは介護資格だった。

介護は少子高齢化社会において、需要の高い仕事だ。今の管理人とは違って、人とのコミュニケーションもある。何より、自分や冴子が今よりさらに年を取ったとき、学んだ知識を役立てることができるかもしれないというのが大きなモチベーションでもあった。

管理人の仕事は相変わらず時間に余裕があり、勉強ははかどった。8時間の勤務のうち、6時間近くみっちりテキストを読み込めるような日さえあった。

小さな花束

その日もいつものようにテキストを読んでいると、管理人室のガラスが2度ノックされた。隆はのっそりと顔を上げる。住人であればこの程度のことでいちいち文句を言ってきたりはしないから、油断していた。

ガラスの向こうに立っていたのは権堂だった。

「ご、権堂さん……⁉」

「やあ、清水くん。久しぶり」

顔から血の気が引いていく。反射的に閉じたテキストは脇に置いてあったリュックサックのなかに押し込んだ。

「ちょっと近くに寄ったから、どんな様子かと思ってね。はい、これ差し入れ」

管理人室に招き入れると、権堂は手に提げている紙袋を手渡した。なかには高そうな包みに入ったクッキーが入っている。隆は権堂の気遣いに、罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。

「それで、何してたんだ?」

当然、仕事をサボっていたことは見られている。素直に話すしかないと思った。クビになることも覚悟の上で、隆は頭を下げた。

「すいません。か、介護資格を取得しようと思いまして、その勉強を、してました……」

「ほお、なるほど。介護資格か」

権堂は興味深そうに教材に目を落とす。

「……あの、本当に申し訳ありませんでした」

頭を下げ続ける隆の肩に、権堂の手が置かれた。

「いやいや、謝ることなんて何もないだろう。長い時間こんな部屋に閉じ込められてるんだ。何かしたくなる気持ちはよく分かる」

「……え?」

「いいじゃないか。資格の勉強。業務がおろそかにならない程度にやったらいい。清水くん、評判いいんだよ。マンションのまわりがきれいになったって、住人から管理会社に報告があったそうだ」

隆は顔を上げた。権堂はいつものようにほほ笑んでいた。

「それに、その年でいまだに挑戦をするなんてすごいことだ。私も見習わなくちゃな」

「あ、あの、これからも勉強をしていいんですか?」

「当たり前だろ。好きにやってくれ。まあ、君が資格を無事に取って、辞めることになったら、それは実に惜しいが、私は応援するよ」

権堂の言葉は、隆にとって大きな力になった。その後、隆は無事に資格試験に合格し、悩んだ末に介護の仕事をすることに決めた。

管理人として最後の勤務日。仕事を終えて後片付けをしていると、権堂が小さな花束を持ってあいさつに来てくれた。

「お疲れさん、これからも大変なことが多いと思うけど、頑張るんだよ」

隆はこみ上げてくる感情を抑え、花束を受け取る。

「ありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」

「大げさだよ。私も清水さんを雇って良かった」

隆は権堂の笑顔に見送られながら、管理人室を後にする。

多くの人に支えられて自分がある。そう思うと、前へ進む足がとても軽くなる気がした。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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