「1000万円で開業」したカフェに閑古鳥が…オーナー主婦が赤字経営とバイトへのパワハラを改めた「大切なきっかけ」
Finasee / 2024年8月21日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
美織(45歳)は、パワハラ上司にターゲットにされ、ストレスで不調をきたしたことをきっかけに、新卒からずっと勤めていた広告会社を退職した。
その後、転職活動を考えていたが、夫に「生活のために諦めてきたカフェ経営の夢」の後押しをされ、開業することを決意した。
夫や娘たちが手伝ってはくれるが、予算の制約と店の設備、メニューの試行錯誤など、美織は忙殺されていく。そして美織のカフェはオープンを迎えた。
●前編:「パワハラ上司のターゲットにされて…」ストレスで退職に追い込まれたワーママに起業を決意させた「充実感の正体」
客足は遠のき閑古鳥が鳴くようやく実現した長年の夢。美織は細部にまでこだわった内装や店のコンセプト、提供するメニューなど、時間をかけて準備したすべてに自信を持っていた。夫や娘にも協力してもらいながら、数え切れないほどの試行錯誤を繰り返して完成させた、美織にとって理想のカフェだった。
ところが、オープン記念で一時的に人が集まって以降、客足は遠のき、閑古鳥が鳴く日々が続いた。もちろん売り上げは予算を大きく下回った。美織は、毎日のように数字とにらめっこし、増えていくマイナスに胸を痛めていた。
コスト削減やメニュー名の見直し、サービスの質の向上、SNSを利用した宣伝など、さまざまな施策を試みたが、状況は好転しなかった。カフェの赤字が続く中、オーナーである美織は徐々に思いつめ始め、その緊張感は次第に店全体へと広がっていった。
自分がパワハラ上司に「何度言えば分かるの!? うちはファミレスじゃないのよ! みっともない言葉は使わないで!」
「すいません……」
店の裏のダストボックス横にまで連れてきたアルバイトスタッフの男の子を、美織は容赦なく怒鳴りつけていた。まだ20代そこそこ、娘とそう年の変わらないスタッフはすぐに謝ったが、美織の気は収まらなかった。
「1人でも正しく敬語が使えない店員がいたら、店全体の評価が下がるでしょ。あなたが頑張ってるみんなの足を引っ張ってるの。分かる? ほんっと、どういう育ちしてるんだか。うちはそういうチャラチャラした店とは違うのよ」
腰に手を当てて説教する美織の前で、彼はうつむいている。反省しているのか、指導を理解しているのか、美織には全く見えてこなかった。美織は大きくため息をついて、彼に持ち場へ戻るよう指示をした。
美織は会社員生活が長かったせいか、いい加減な言葉遣いが許せない。特に“ファミレス敬語”“バイト敬語”と呼ばれている間違った敬語は、どうしても見過ごせない。アルバイトスタッフの彼は、会計時に「よろしかったでしょうか」などの“ファミレス敬語”を使ってしまったため、美織にしかられていたというわけだ。
どうしてちゃんとできないのだ。舌打ちを店の裏に吐き捨てて、美織も店に戻った。
自分がかつてのパワハラ上司のようになっていた閉店後、家に帰った美織は会計ソフトで帳簿をつけていた。増えるマイナスを確認してため息を吐くところまでがいつものセットだ。
「大丈夫? 最近、かなりピリピリしてるみたいだけど」
健治が入れてくれたホットココアを差し出す。美織は作業の手を止めて、もう一度ため息を吐く。
「そりゃピリピリもするわよ。先月の売り上げ分かってる? 予算の60%。経費だけで売り上げなんてなくなっちゃうわよ」
「まぁ、大変だよな」
健治はつぶやいて、自分の分のココアをひと口飲んだ。
「最近の美織の様子を見ていると心配だよ。今日、お昼すぎにお店にふらっと立ち寄ったんだ。スタッフのみんなに対する接し方が、少し厳しすぎる気がするよ」
「でも、このまま赤字が続けば、夢だったカフェが……」
美織は、そこで言葉を詰まらせた。
自分でも心当たりはあったが、それ以上に夫や娘に負担をかけてまで実現させたカフェの経営が失敗するかもしれないという不安が大きかった。下を向いた美織に向かって、健治は穏やかに話を続けた。
「大切なのは、目の前の数字だけじゃない。スタッフとの信頼関係、人とのつながりもカフェを成功させる大きな要素の1つだよ。君を苦しめたあのパワハラ上司のように、人を傷つけてしまっては、本末転倒だろう?」
健治の言葉を聞いて、美織はいきなり頰を張られたような衝撃を感じた。にわかによみがえる上司からの心無い言葉の数々。人前でしかられることがどれだけ恥ずかしかったか。パワハラを受けるつらさを知っていながら、自分はかつての上司と同じような振る舞いをしてしまっていた。その事実に気付いた美織は、思わず頭を抱えた。
「あぁ……!」
美織はあまりの恥ずかしさと申し訳なさで自分の膝に突っ伏して顔を上げることができなかった。そんな美織の背中を健治は黙ってさすってくれた。
しばらくして気持ちが落ち着いた美織は、顔を上げて健治に向かって言った。
「あなたの言う通りだね。私、何をしているんだろう……。明日スタッフたちに、ちゃんと謝らなくちゃ」
「うん、そうだね。美織なら、きっとみんなを引っ張っていける。大丈夫だよ」
健治の暖かいまなざしを受けて美織は大きくうなずいた。
チーム全体のコミュニケーション翌日、美織はカフェのスタッフ一人一人に今までの自分の行いを謝罪した。そして、今後はチームとしてスタッフたちと協力していくことを約束したのだ。
「今日までの私の言動は、とても褒められたものではなかったと思います。これからはみんなの上司として恥ずかしくない人間になれるよう、精いっぱい努力していきます。そのためにもみんなの意見が聞かせてもらえたらと思うんだけど……」
最初は顔を見合わせて戸惑っていたスタッフたちも、美織が必死で頭を下げて頼む姿を見て、徐々に発言をし始めた。
「私は落ち込みやすい性格なので、注意するのは休憩中か閉店後にしてもらいたいです」
「俺は、その場でスパッと言ってもらった方が気が楽ですね」
美織はスタッフたちの声を聞き漏らさないように真剣に聞いて、その都度メモをとった。
スタッフたちの意見は、どれも勉強になることばかりだった。同じように接しているつもりでも、人によって受け取り方が大きく違うこと。美織がミスと決めつけた行動にも、スタッフなりの考えがあったこと。頭ごなしにしかられたことで、少なからず傷ついていたこと。このミーティングは、スタッフ一人一人が自分の意見や感じていた不安を率直に話す場となり、チーム全体のコミュニケーション不足の改善にもつながった。
「店長……あの、うちもテイクアウトできるメニューを始めませんか? 最近、お客さんによく聞かれるんですよ。家族に買って帰りたいんだけど、持ち帰りできるかって」
美織に向かって遠慮がちに発言したのは、やや内向的なホールスタッフだ。彼女は最初のミーティング以来、少しずつ自分の意見を聞かせてくれるようになった。美織は笑顔でスタッフの意見を肯定した。
「テイクアウトかぁ。いいかもね。そうしたら、ちょっとテイクアウトに必要な容器の費用とか調べてみてくれる?」
「あっ、じゃあ、パンの温め直し方とかアレンジレシピとか書いたパンフレットを渡すのはどうですかね? やっぱ家でもおいしく食べてほしいじゃないですか」
続けて発言したのは、キッチンスタッフ。もともと明るい性格で、現在は店全体のムードメーカーとしての役割も果たしてくれている。
店の雰囲気をよくする目的のミーティングだったが、スタッフたちのおかげで、新メニューのアイデアやサービス改善のための取り組みなど、カフェ経営の根源に関わるような提案も積極的に話題にのぼった。
美織は広告会社での経験を生かしながら若いスタッフと協力して、20代の女性客をターゲットにしたSNSの宣伝を地道に続け、ホールスタッフの提案でかたくなに変更を拒んでいた看板メニューにアレンジを加えた。
美織の努力と変化は徐々に実を結び、カフェは少しずつお客さんで賑(にぎ)わうようになっていった。
現在では、美織は家族やスタッフ、そして常連客に支えられ、カフェでの毎日を楽しく過ごすことができている。
「クリームパスタ、すごくおいしかったです」
「SNSで見て、ずっと来たかったんですよ」
楽しそうに話してくれる女性客にレシートを渡す。
「ありがとうございます。また遊びにきてくださいね」
客を見送る美織の顔には、今日も生き生きとした笑顔が浮かんでいる。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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