あおり運転、渋滞、子供のトイレ…波乱万丈な“ワンオペ帰省”の受難を救った“幼い娘の機転”とは?
Finasee / 2024年8月23日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
明里(35歳)は、毎年お盆には家族で義実家へ帰省していた。今年は前日になって夫に急な仕事が入り一緒にいけなくなってしまった。
いとこに会えるのを楽しみにしていた子供たちのため、明里は仕方なく慣れない車を運転して、義実家へ向かったが、慣れない明里の運転に娘が酔ってしまったり、車線を間違えて違うインターチェンジで高速を下りてしまったり、あおり運転に絡まれたりと前途多難……。
果たして到着予定時刻に明里たちは義実家へたどり着けるのだろうか……?
●前編:「子供たちのため…」慣れない運転でワンオペ帰省、ペーパードライバー女性に次々と襲いかかる「想定外の落とし穴」
間一髪からの渋滞車内に響いた美理の声に、明里は反応できなかった。気が付いたときには急発進した後ろの車が横に並んでいて、サイドミラーをかすめるぎりぎりで内側から明里たちを追い抜いていく。
明里は急ブレーキを踏む。シートベルトが肩に食い込む。後ろの車は明里たちを気にするそぶりもなく、排ガスを容赦なく吐きかけて走り去っていった。
「……大丈夫?」
ハンドルに突っ伏したまま後部座席に声をかける。
「うん、怖かったけど……」
「全く、こっちの都合も考えてよね」
明里はため息と一緒にいら立ちを吐き出し、もう一度車を発進させる。安全運転を心掛けながら、なんとか高速道路に戻ることができた。
しかし苦難はそれで終わらない。さっきまですいていたはずの道路には、車がひしめき合っていた。追い打ちをかけるように、カーナビの音声が渋滞情報を伝えてくる。30キロの渋滞が待ち受けているらしい。
30キロの渋滞ということはこれを抜けるまで3時間は掛かるだろう。暗くなるまでに義実家に着くことは絶望的だった。
明里は義両親に遅くなりそうですと連絡を入れておく。義母からの返信はすぐに返ってきて、焦らず安全運転でねと気遣ってくれる。
明里は大きく息を吐き出して、気持ちを落ち着かせた時間は気にせず、とにかく到着することに集中しよう。渋滞に捕まったことで、逆に吹っ切れたような気持ちになった。
幼い姉のしりとり「ねえ、ママ、トイレ行きたい」
「え……?」
振り返ってみると、後部座席の拓斗は両手で股間を押さえている。
「……うそでしょ? ママ、サービスエリアでトイレは? って聞いたでしょ」
「でも、したくなったのはさっきだから……」
言い訳がましい拓斗の言い方に怒りを覚えた。
「だから、こうなる前に早めに行っておきなさいって意味で言ってたんだけど!」
明里が怒鳴ると、拓斗は怯えたような顔になる。気まずそうに美理もうつむいている。
子供たちの様子を見て、明里は罪悪感を覚えた。
サービスエリアに寄ったのは、もう2時間以上も前のことだ。それからはトイレ休憩の時間など、1つも設けずにただ車を運転していた。道を間違えてコンビニに止めたとき、あそこでトイレをさせれば良かった。しかし余裕を失っていた明里は、全く思いつかなかった。
「……ごめんね。すぐにサービスエリアに寄るから、それまで我慢できる?」
「……うん」
明里は謝罪の言葉を口にするが、拓斗の表情は暗いままだった。
ナビの情報では5キロ先にサービスエリアがあるらしい。渋滞でなければすぐに行ける距離だったが、車は相変わらず徐行を続けている。時間だけがたっていき、拓斗の尿意は限界に近づいている。車内の空気は緊張感で重くよどんでいた。
「拓斗、しりとりしようよ。最初はしりとりのり、からね。『リンゴ』。ほら、次は拓斗」
口を開いたのは美理だった。拓斗は苦悶(くもん)の表情を浮かべていたが、絞りだすように美理に応じる。
「……『ゴリラ』」
「んー、じゃあ『ラクダ』」
「ダ、ダ……『ダイコン』、じゃなくて、『ダイヤモンド』!」
進まない車内でしりとりが続く。しりとりにどれほどの効果があるのかは分からなかったが、気が紛れたらしい拓斗の表情が少しだけ緩むのがバックミラー越しに見えた。
約半日の長時間運転「ありがとね。助かった」
無事にパーキングエリアへとたどり着いた明里は拓斗をトイレに連れて行き、外で飲み物を飲みながら待っている美理に声をかけた。
「ううん。ママ、大変そうだったから、私も何かしなくちゃと思って」
美理の言葉に明里は温かい気持ちになった。困っているときこそ力になろうと思ってくれる家族の力の心強さに、明里は思わず頰が緩んだ。
とはいえ、渋滞が解決したわけでなく、車の進みは遅かった。しかし車内ではしりとり大会が開かれ、子供たちは渋滞の間も楽しく過ごしてくれていた。
結局、義実家に着いたのは9時過ぎだった。
玄関前に車を止めると、どっと疲れが出てくる。到着に気づいた義母が眉をハの字にして玄関から駆け寄ってきた。
「みんな、暑かったでしょう。よく来たね。大丈夫だった?」
義母の言葉に子供たちが弾んだ声で応える。
「うん、いろいろあったけど、楽しかったよ!」
「私も! 2人でしりとりしてたんだ」
「そうなの。いいわねぇ。早く中に入りなさい。みんな、待ってるから」
義母に促され、子供たちは車を降りると駆け足で義実家に入っていく。
「明里さんも、お疲れさま」
運転席に回り込んだ義母に声をかけられた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいのよ。何度か電話しようと思ったんだけど、余計に邪魔しちゃうと思ってね……」
「お気遣いありがとうございます」
明里は車のなかで深々と頭を下げた。
「車はね、ここに止めてていいから。明日、明るくなってから駐車するところ教えるわね。とにかく今は、中に入って」
明里は車から降りて、久しぶりに地面を踏みしめる。
「本当に疲れたでしょう。ご飯、用意してるからたくさん食べて休んでちょうだいね」
義母の言葉に反応するように、おなかが鳴る。今日1日、自分がほとんど食事をしてないことすらも気付いてなかった。
「ありがとうございます。もうおなか、ペコペコです」
優しく頰を緩めた義母に促されて玄関へ入ると、奥の居間から明かりとともに楽し気な子供たちの声が漏れてくる。来て――いや、無事に来ることができて良かった。
明里は脱いだ靴をそろえて、居間に向かった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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