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「もう畳むか」ゲリラ豪雨で浸水被害…廃業寸前の定食屋を救った「起死回生の一声」とは?

Finasee / 2024年8月28日 18時0分

「もう畳むか」ゲリラ豪雨で浸水被害…廃業寸前の定食屋を救った「起死回生の一声」とは?

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

実花(39歳)は、夫・良平(43歳)の実家で家族経営の定食屋を営んでいる。

地元の人や、近くで働く人たちの憩いの場で、昼時などは目の回るような忙しさでにぎわっていたが、突然のゲリラ豪雨により浸水被害に遭ってしまう。店内には泥水が入り込み、冷蔵庫やエアコン、調理器具までもが故障した。

ひと晩が明けると被害は甚大で、復旧できるのかどうかも分からない事態となってしまった……。

●前編:「近くの川が氾濫するかも」地域の定食屋を突然襲った“ゲリラ豪雨の信じがたい被害”

再開は絶望的

その日は店内に入り込んだ泥を取り除いただけで業務を終えた。時刻は23時を回っていた。

夜も更け、義両親が寝静まったあと、実花は良平と居間で膝をつき合わせて今後について話し合いをしていた。

「取りあえず、機材とか全部を買い替えないといけないのよね?」

「ああ。全部が古くなってたから、買い換えの時期ではあったんだけどな、こんないっぺんにってなると、ちょっと、費用がとんでもないな……」

「ど、どれくらい掛かるの?」

「シンクが5万、冷蔵庫が30万、エアコンも30万くらいか。それとは別に工事費もかかるし、店を開くには消毒も必要になって、その費用が30万。だから、今分かってるだけでも100万は必要だし、多分、もっと増えると思う……」

100万という額に実花は言葉を失った。

柏谷食堂はこの辺りでは個人経営の店として、かなり頑張っている部類に入る。平日の昼間は満席になり、店の前に行列ができることも少なくはない。だが、経営が黒字かと言えば、全くもってそんなことはない。薄利多売の商売な上に、ここ最近は利益の部分がどんどん少なくなっていて、どれだけ売れてもトントンに持ち込めるかどうかという状況になっていた。

このような状況で、調理器具や空調設備を一新するというのは難しい話だった。

「知り合いの人が調理器具とかは安く譲ってくれるとかないの?」

「ないことはないと思うけど、難しいと思う。俺の知り合いなんてこの辺りで店を開いている人たちしかいないから。みんなウチと同じ状況だよ」

実花はため息をつく。

「……そうよね。他力本願は良くないよね」

「とにかくこれから、安く冷蔵庫とか空調設備を譲ってくれるところがないか俺は探すから、実花はいつでも開店できるように、店をきれいにしておいてくれ」

良平の言葉に実花はうなずく。

実花はとにかく目の前のやるべきことに集中しようと気持ちを改めた。先のことを考えると、不安で胸が押しつぶされそうになるから、そう思うしかなかった。

意見の食い違う夫婦

翌日も翌々日も、実花は義両親と一緒に店内の清掃を続けていく。少しでも経費を浮かせるため、最後の仕上げに業者を入れて消毒するまでの掃除は自分たちの手でなんとかしようと決めたのだ。

店はきれいになっていくが、肝心の機材の調達が全くうまく行っておらず、どんどん実花たちは精神的に追い詰められていった。

一向に進展を見せない状況に実花はしびれを切らし、良平にある提案をする。

「ねえ、このまま店を閉めた状態だとまずいよ。さすがに貯金もなくなっちゃうって」

「だったら、どうするんだよ?」

「家のキッチンは空いてるんだからさ、そこでまずは作れるものを出そうよ。とにかく店を開けないとさ……」

しかし良平は実花の提案を一蹴する。

「そんなのやっても意味がないよ。業務用のキッチンと一般家庭のキッチンは全然違うんだ。家庭料理を知り合いに振る舞うのとはワケが違うんだ。そんなので、金を取れるわけないだろ? 店の信用を落として、余計に状況を悪くするだけだって」

良平の言葉には棘があった。まるで、素人は黙ってろと言われているような気分だった。彼もまた、焦りやいら立ちをどこにぶつけたらいいか分からなくなっているのだと思った。

しかしそれでも、店の経理を管理しているのは実花だ。このまま黙って店がつぶれるなんてこと、絶対に嫌だった。

「だとしても、このまま機材がそろうのを待ってたらいつになるか分からないよ。例えば、お弁当を作って売るとか、そういうところからでも始めないとさ」

「そんなのは俺だって分かってるよ。俺もそのために、何とかできないかって色んなところに頭を下げてるんだよ。でも、資金が少ないんだから、そんな簡単にいかないんだって……!」

結局、この話し合いではお互いの関係に溝を生んだだけで、何も決まることはなかった。

それからも早く店を始動させたい実花と準備をしっかりとしたい良平との気持ちをズレは埋まることなく、夫婦仲もどんどんギスギスしていった。

かつての客たちの心遣い

「店、まだやれないの?」

床を磨いていた実花が振り返ると、作業服姿の田中が立っていた。実花はぺこりと頭を下げた。

「はい、まだ、もう少し掛かると思います……」

「そうかぁ。いつ頃とか決まってるの?」

実花はゆっくりと首を横に振った。

「それがまだ……。店の空調設備や冷蔵庫とか、全部を買い替えないといけなくて、そのための費用がなかなか準備できてなくて」

実花がそう説明すると、田中は残念そうに眉尻を落とす。

「それは残念だなぁ」

そう言って、田中は実花の前から去って行った。こうしていつか、お客は誰一人いなくなるのかもしれない。実花はそんな不幸な未来を想像してしまった。

夕方になり、機材調達のつてをあたっていた良平が店に戻ってきたが、その表情は暗かった。

「やっぱり、無理だ。俺たちの資金じゃ、まともな機材は準備できそうにない……」

落ち込んでいる良平に実花は声をかける。

「ま、まだ諦めないでよ。あなたがそんなんじゃ、この店は再開できないじゃない」

しかし実花の声かけも良平には届いていないようだ。

良平はがっくりと肩を落とし、空虚なまなざしで床を見下ろしていた。

「……もう畳むか」

「えっ⁉ な、何を言ってるの⁉」

「だって、これ以上、あがいても無駄だろ。この店とか土地を売って、別の場所に引っ越して、そこで暮らした方がマシだよ……」

「そんな……」

実花は何とか言い返そうとしたが、言葉が出ない。現状では店を畳むという決断が間違ってないとどこかで思ってしまっていた。

すると、唐突に店のドアが開いた。実花がドアに目を向けると、そこには田中を始めとした工務店の従業員たちが立っていた。

「あのさ、俺たちでできることがあれば、何でも言ってよ。力になるからさ」

「え……?」

田中の言葉に実花は驚く。田中は周りの従業員たちに目を向ける。

「ほら、俺たち、この店がなくなると、困るんだよ。柏谷食堂の飯はどれもうまいからさ」

田中の言葉に実花は目頭が熱くなる。

「ありがとう、ございます。で、でも、なかなか、難しいのが現状でして……」

「冷蔵庫のことだったら、俺たちに任せてよ。業務用の冷蔵庫を扱っている業者に知り合いがいるからさ、そこに頼んで少しでも安いやつを見繕ってもらうから」

田中の提案に良平は立ち上がる。

「え? そ、そんなことできるんですか?」

「ああ、そこらへんのツテは任せてよ。他にも町内会の人に掛け合って、店の再開に必要なものを集めてもらうようにするから。必要なら募金集めだってするぜ」

田中に笑いかけられて、良平は強く拳を握りしめた。

「ありがとうございます。必ず、店を再開させます……!」

「当たり前じゃない」景色

それから、田中たちはあっという間に冷蔵庫を格安で手に入れることに成功する。良平も費用が浮いたことで空調設備を購入することができ、たちまち店は再開に向けて進み出した。

さらに田中たちは復旧だけでなく、浸水対策の外構工事までやってくれて、店は以前よりもより良い状態になることができた。もちろん店内の消毒も、知り合いの専門業者を連れてきてくれた。

そして工事も終了し、浸水被害から1カ月半後、ついに柏谷食堂は再開の日を迎えることができた。

準備を整え、のれんを出しに店の前に出ると、田中を含めた多くの近隣住民たちが開店を待っていてくれた。

実花は涙を堪え、彼らに頭を下げる。

店は少しずつ、かつてのにぎわいを取り戻していく。おいしそうにご飯を食べる皆の表情を見て、実花はもう2度と、この景色を失わないようにしようと固く誓った。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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