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「近くの川が氾濫するかも」地域の定食屋を突然襲った“ゲリラ豪雨の信じがたい被害”

Finasee / 2024年8月28日 18時0分

「近くの川が氾濫するかも」地域の定食屋を突然襲った“ゲリラ豪雨の信じがたい被害”

Finasee(フィナシー)

柏谷食堂の店内を、実花はお盆を持って動き回っていた。

柏谷食堂は創業50年を超える定食屋で、地元では長年愛され続けている。実花がこの家に嫁いできたときは義両親が切り盛りをしていたが、年齢的な理由もあって、3年前からは夫の良平が2代目として引き継いでいた。

調理場には良平と義父の博、接客は実花と義母の由美でやっている。4人だけで切り盛りをしていることもあって、一番混雑するお昼時は本当に目の回るような忙しさだ。

ピークが過ぎ去り、店を義両親に任せて、実花たちは軽い昼食を取る。テレビでは沖縄の近くで台風が発生しているというニュースを伝えていた。

「台風、こっちには来ないでほしいわ」

実花は誰にいうでもなく、ぽつりとつぶやく。するとそれまで黙ってみそ汁を飲んでいた良平が難しい顔をする。

「台風はもちろんだけど、雨が降ると、お客さんの数が減っちゃうんだよなぁ。これさぁ、どうにかならないかな?」

「雨の日対策をしておけば、うちはもっと売り上げがよくなると思うんだけどね」

良平は本気で柏谷食堂をもっと広めたいと思っている。その思いは付き合っているときから聞かされていた。

良平は昔からこの食堂で育ち、いつか柏谷食堂の跡継ぎになると考えて、料理の腕を磨いていた。実際に良平は常に新メニューを考えていて、その内の幾つかは定番として定着しつつもある。

それでも、売り上げがすごく上がったわけはない。味も値段も創業以来変えずにやってきた柏谷食堂の経営はいつもぎりぎりだ。最近では、マーケティングの勉強やSNSに注力をしようとしていて、実花も一緒に柏谷食堂の名前を広げようと頑張っている最中だった。

「何かさ、雨の日限定のメニューを作るとかどうかな?」

良平の提案に実花は首をかしげる。

「でもさ、朝、天気予報を見てから料理のメニューを変えるのは大変じゃない? しかも新メニューでお客さんを呼ぶのって大変じゃん」

「……まあな。それじゃあ、やっぱり、割引とかにするしかないのかな」

良平は腕を組んで考え込む。割引という手段を使うのは簡単だし、効果もあると思う。しかし、柏谷食堂のような小さな店にとっては、商品の値段を下げるのはとても痛い。

ただでさえ、コロナや世界情勢の影響で物価が上がり続けている。例えば、豚肉は昨年なら、1キロ、650円で仕入れていたが、今は800円になっているのだ。他の食材も軒並み揚がり続けていて、今の値段で提供するのにも四苦八苦している。

「それは、まだ早いわよ。他にきっと何か手があるはずだから」

実花はそう言って、割引案をやんわりと否定した。

短い昼食休憩の間には雨の日対策の答えは出なかった。

近所の川が氾濫?

その日もいつものように仕事を終えて、4人そろってリビングで晩ご飯を食べる。定食屋の2階が居住スペースとなっていて、テレビをつけながら、世間話をしていた。

「あら、雨が降ってきたみたいね」

雨が窓をたたく音で、由美が気付く。

「ちょっと雨脚が強いですね」

実花が答えると、由美がこちらに目を向けた。

「洗濯物はもう入れた?」

「ええ、それは大丈夫ですよ」

由美の質問に実花が答えて、雨に関しての話は終わる。そこからはまたテレビを見ながらたあいのない会話を続ける。雨のことなんてすぐに忘れるはずだった。しかし、雨脚はどんどん強くなっていき、由美が心配そうに窓に目を向ける。

「今日って、雨予報なんてあったかしら?」

「いや、なかったと思うよ」

良平が携帯で調べながら返事をする。

「最近、ゲリラ豪雨も多いし、きっとそれでしょう」

実花の説明を聞き、由美は納得したようにうなずいていた。

ゲリラ豪雨は突然、激しい雨が降ることを指す。大抵はすぐにやんで終わりのはずだが、今回は違った。滝のようなごう音が窓の外から長い間聞こえていた。全員がその激しさと長さに不安を覚える。そこで良平の携帯が鳴った。

「誰?」

実花の質問に、電話を終えた良平は「田中さん」と答えた。どうやら、近くの工務店で働いている田中が心配で連絡をくれたらしい。田中はウチの店の常連客でもあった。

「この雨で、近くの川が氾濫するかもしれないんだと」

「えっ⁉ そうなの⁉」

「ああ、避難注意報が出るみたいだけど……」

良平は両親に目を向ける。

「この雨じゃ、避難なんてできるわけないよな……」

由美はあり得ないといった顔でうなずく。

「そうよ。むしろ外に出たら、危ないんじゃない」

由美の意見に実花も賛同する。

「そうよ。ここは2階だし、家にいたほうが安全だって」

博は何も言葉は発さないが、実花たちの意見に納得しているようにうなずく。実花たちの意思を受けて、良平はうなずく。

「分かった。とにかくここでじっとしておこう」

泥水が店の中にまで…

その夜、市内では観測史上最大の降水量を記録した。

街は浸水被害が出て、当然、柏谷食堂も同様の被害を受けた。気が付いたときにはもう店のなかに泥水が入り込んでいて、水が引き、1階に下りられたのは翌日の16時を過ぎたときだった。調理場に向かった良平に実花は声をかける。

「どう?」

良平は首を横に振った。

「厨房(ちゅうぼう)の器具がもう全部ダメだ。冷蔵庫もエアコンも全部、使い物にならなくなってる」

「……食材は?」

「ダメ。どれも廃棄しないといけないな」

実花は頭が重くなるような気分がした。仕入れた食材を料理に使えず、廃棄するということはそのまま赤字ということだ。さらに調理器具、エアコン、全てを買い替えないといけない。被害の額は相当なものだった。

良平は台の上に両手をついて打ちひしがれていた。

「……しばらくは営業もできそうにないな」

丸まった良平の背中に実花は言葉をかけることができなかった。店を再開できる見通しさえついていない。そもそも機材を買い替えることができるのかさえ定かではない。

これからの店と、自分たちの将来がどうなるのか分からず、実花も暗たんとした気持ちになった。

●実花たちの定食屋はどうなってしまうのか……。後編<!--td {border: 1px solid #cccccc;}br {mso-data-placement:same-cell;}-->「もう畳むか」ゲリラ豪雨で浸水被害…廃業寸前の定食屋を救った「起死回生の一声」とは?】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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