相続人不在の財産は年800億円。一大マーケットとなった “遺贈ビジネス”の功罪
Finasee / 2024年9月6日 17時0分
Finasee(フィナシー)
現在、亡くなった人の15人に1人が身寄りがなく、行政機関に火葬されるといわれています。
核家族化やライフスタイルの多様化の影響もあり、家族で支え合うのが難しい時代です。たとえ、結婚し、子どもがいたとしても、一方と死別したり、子どもと疎遠であれば、いつ誰にも頼れない状況に置かれるかはわかりません。ひとりで老後を迎えると、住居の確保、介護や入院の手続き、お墓、そして遺産はどうなるのでしょうか?
「ひとり老後」を巡る課題やトラブルは日に日に関心が高まっています。そんななか、長年、この問題を研究してきた日本総合研究所シニアスペシャリストの沢村香苗氏の新刊『老後ひとり難民』が話題となっています。今回は特別に本書より、ひとり老後に陥ってしまうリスク、病院や自治体などの現場が直面する課題などをお届けします。(全4回の3回目)
●第2回:“身寄りのない人”の火葬や合祀は「自治体によって異なる」実態…遺体が3年超保管されたケースも
※本稿は、沢村香苗著『老後ひとり難民』(幻冬舎)の一部を抜粋・再編集したものです。
年間800億円近い遺産が国庫に帰属している身寄りのない高齢者が財産を残して亡くなった場合、その遺産はどうなるのでしょうか。
その行方は、法律に基づいて決められます。まず、相続人の存在が明確でない場合、利害関係人(何らかの理由で、亡くなった方の財産の分与を求めたい人)、あるいは検察官の申し立てを受けて、家庭裁判所が「相続財産清算人」を任命します。
相続財産清算人は、本来なら相続人が行うべき「被相続人(財産を残して亡くなった人)」の財産管理を代行する役割を担います。相続人が不在であったり、相続放棄をした場合、財産を管理する人がいなければ、債務返済が滞ったり、不動産の管理不全などの問題が生じるおそれがあるので、相続財産清算人が適切に財産を管理して清算することになっているのです。
相続財産清算人は、預金や不動産などの相続財産を調査し、債務の支払いや財産の管理を行います。また、相続人が不明な場合は、官報を通じて相続人を捜索します。
これらの手続き後に残った財産については、家庭裁判所の審判を経て、特別縁故者が相続する場合がありますが、最終的に残った財産については、国庫に引き渡されることになります。
2023年にNHKが最高裁判所に取材したところによれば、相続人がいないために国庫に納められた金額は、2022年度は768億9444万円となり、記録が残る2013年度以降で最も多くなったとのことです。
「自分の資産を国に持っていかれるのはイヤだ」という場合は、死後に財産が自分の意向に沿って管理されるよう、何らかの手を打っておく必要があります。
「老後ひとり難民」は、自分のお金を誰に残せばいいのか身寄りはなくともお金には困っていない「老後ひとり難民」の場合、自分が亡くなったあと、資産を誰にどのように残せばいいのかが悩みどころかもしれません。
高齢者向けに身元保証などのサービスを提供する事業者のなかには、利用者が亡くなったあと、「遺贈」を受ける契約を結ぶところもあります。遺贈とは、故人が残した遺言にしたがって、特定の誰かに財産をゆずることです。利用料だけでは事業が成り立たず、実質的に遺贈寄付で経営を継続している事業者もあるといわれています。
もちろん、自分を最後までお世話してくれた団体に感謝の気持ちを込め、遺産を寄付したいと考える高齢者もいるでしょう。
しかし一方で、遺贈にはさまざまな問題が潜んでいることにも目を向ける必要があります。遺贈の問題の一つは、高齢者が本当に自分の意思で寄付を決めたのかどうかを確認することが難しいという点です。
たとえば、ある民間事業者が提供する「身元保証等高齢者サポート事業」が高齢者の面倒を見ており、その高齢者の死亡後、生前の契約に基づいて事業者に遺産が寄付されたとします。
このような場合、生前の契約が本当にその高齢者の自由意志によるものなのか、それとも事業者からの働きかけによるものなのかを判断するのは容易ではありません。「認知症初期で後見人などがついていない高齢者が、言葉巧みに契約を結ばされているのではないか」そんな可能性を疑い出せば、きりがないでしょう。
また、高齢者の面倒を見る人が遺贈を受ける場合、利益相反の問題が生じる可能性もあります。その人は、高齢者に多くの財産を残してもらったほうが得だと考え、生前のお金の使用を控えさせようとするかもしれません。すると、高齢者の生活の質が損なわれてしまうおそれがあります。
高齢者の面倒を見る人と、遺贈を受ける人が同じだと、必ずこの可能性が生じますが、事業者の場合は特に厳しい目で見られています。
実際、身元保証サービスを提供していたNPO法人が、利用者である高齢者と「亡くなったら不動産を除く全財産を贈与する」という「死因贈与契約」を結び、高齢者の死後に、その契約に基づいて信用金庫から預金を払い戻そうとして拒否され、裁判を起こしたというケースがあります。
このNPO法人は、ある養護老人ホームの入所者の半数以上と身元保証サービスの契約を結び、さらに数人とは死因贈与契約も結んでいました。
一方、厚生労働省は、高齢者施設への入所について、身元保証を条件にしないよう求める通達を出しています。
裁判では、このような実態を踏まえたうえで、死因贈与契約は公序良俗に反しており、無効という判断がくだされました。
もちろん、この裁判の事例のみをもって、「身元保証等高齢者サポート事業者」が遺贈を受けることがすべてNGであるということにはなりません。
また、「この事業者に寄付したい」という高齢者の意思が本物であるならば、それが尊重されなくなってしまうのも問題でしょう。しかし、このような事例があることを踏まえれば、高齢者の意思を尊重しつつ、不正を防ぐための仕組みの整備なども考える必要があると思います。
ちなみに、遺贈についてはさまざまなケースがあります。
ひとり暮らしで相続人がいない高齢者が亡くなった際、遺産の一部の寄付を受ける人や、特別縁故者として相続を申し出たりする人が出てくるケースがありますが、なかには「なぜか繰り返し、複数の高齢者から相続を受ける人」も存在するといいます。
これはおそらく、寂しく暮らしている高齢者と仲よくし、日々のお世話をしたりすることで遺産を相続するという〝手口〞なのでしょう。
「資産家でひとり暮らしの高齢者の家に、家族ではない若い人が出入りしてお世話をしている」といった話を聞くこともあります。このようなケースをすべて「けしからん」といえるかどうかは、難しい問題です。
違法ではないというだけでなく、実際にその高齢者が満足したり感謝したりしているのであれば、外からとやかくいうべきではないかもしれないからです。
もちろん「とんでもないことだ」という人は多そうですが、高齢者当人からすれば「余計なお世話」かもしれません。高齢化が急速に進むなか、遺贈は一つの大きなマーケットになりつつあり、遺贈先をコーディネートする高齢者へのサービスも生まれています。
いずれにしても、「老後ひとり難民」の増加が見込まれるなか、このテーマは避けて通れなくなっていくはずです。
●第4回は【正解のない「老後ひとり難民」対策…リスクを減らすための準備を進めておきたい終活8項目とは?】です(9月9日に配信予定)。
老後ひとり難民著書 沢村香苗
出版社 幻冬舎
定価 990円(税込)
沢村 香苗/日本総合研究所 シニアスペシャリスト
東京大学文学部卒業。同大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程単位取得済み退学。研究機関勤務を経て、2014年に株式会社日本総合研究所に入社。研究・専門分野は高齢者心理学、消費者行動論で、「高齢者の身元保証人、身元保証等高齢者サポート事業に関する調査研究」など実績多数。著書に『自治体・地域で出来る!シニアのデジタル化が拓く豊かな未来』(学陽書房)。
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