突然倒れこんだ夫…白米を一切食べずダイエットにのめり込んだ「驚きの理由」
Finasee / 2024年9月3日 18時0分
Finasee(フィナシー)
「よっしゃー!」
優太の大声で水咲は目を開けた。時刻は深夜4時。テレビの大画面では柔道着を着た男が畳の上で拳を突きあげていた。
「すげー! 金メダルだ、すげーな!」
優太は興奮した表情でテレビに向かって叫んでいる。
テレビの中で行われていたのはオリンピックの男子柔道だ。パリと日本は7時間の時差があったが、優太の提案で一緒に日本代表を応援しようということになった。
深夜の4時を回り、うたた寝をしかけたところで決着がついたらしかった。
「スゴいね、良かったじゃない」
「ああ、やべーよ! 金メダルなんてさ!」
中継が終わったあと、優太は興奮冷めやらぬ様子でテレビで聞きかじったにわか知識を使って、水咲に柔道の解説をしてくる。水咲は適当な相づちを打ちながら、あくびをしていた。
夫の決意それからも優太は睡眠時間を削り、オリンピックの閉幕まで日本代表を応援し続けた。8月も半ばを過ぎて、これでようやく落ち着いた日々が戻って来るのかと思っていたが、オリンピックは優太にとある影響を与えていた。
「俺さ、運動をしようと思うんだよ」
オリンピックが終わった翌日の夕食時、真面目な表情で優太は言い出した。
「運動? 珍しいわね」
「ああ。やっぱり日本代表の選手たちってスゴい体をしてるんだよね。今回のオリンピックにさ、俺と同世代の代表の人もいて、メチャクチャ体も仕上がってるし、頑張っていたんだ」
水咲は自ら作ったハンバーグの味を確かめながら、相づちを打つ。
「へえ。そうなんだ」
「それに比べてさ、俺の体見てくれよ。明らかに太っただろ?」
水咲は優太の体つきを見る。確かに太っている。そのことに水咲は3年前から気付いていた。昔はもっとすらっとしていたし、頰もシャープだった。
「このままじゃ良くないと思うんだよね。俺、運動して痩せようと思う」
「良いんじゃない。でも、何やるの?」
「まあ、ランニングじゃないかな。一番手っ取り早くできるし。球技とかさ、人が集まらないといけないし、グラウンドとかでしないといけないから大変じゃん」
優太の説明に水咲もうなずく。
「うん、良い考えだと思う。じゃあさ、私も一緒にやるわ」
「水咲は、全然太ってねーじゃん」
シンプルな褒め言葉に水咲は軽く吹き出す。
「まあ、痩せる目的ってのがないわけじゃないよ。でも、ほら、私、高校までバスケやってたって言ってたじゃん」
「ああ、何か強い高校だったんだろ?」
「そうそう。もうバスケはやってないけど、体を動かすこと自体は好きだからさ、私も一緒にやりたいのよ」
水咲がそういうと、優太はうれしそうに顔のパーツを中心に寄せて笑った。
週2日のランニングから水咲たちは週2日、30分程度ののんびりしたランニングを始めた。最初は物足りなさそうにしていた優太だったが、
「ね、私の言うこと聞いておいてよかったでしょ?」
「いやぁ、ほんとに体力って落ちてるんだな」
優太は額の汗を拭う。ランニングを始める当初、優太は毎日1時間のランニングをしようと提案してきていたが、水咲は首を横に振った。
実は前回の、東京オリンピックのときも同じような一念発起があったのだが、そのときは翌日の筋肉痛がひどすぎて、けっきょく3日坊主になっていた。ダイエット目的の運動は続けることが何より大切だから、軽いメニューから始めるように水咲は提案した。優太はもっと本格的にやらないとと主張していたが、実際に30分走ってみると、自分の体力のなさをようやく自覚できたらしかった。
とはいえ、これまで何も運動していなかったからか、ランニングの効果はすぐに現れ始めた。
「ほら、水咲、これ見て?」
シャワーを浴びて夕食を取ったあと、優太は見慣れないジーンズ姿で水咲の前に立った。
「あれ、買ったの?」
「違うよ。2年前くらいに買ったお気に入りのやつなんだ。入らなくて諦めてたんだけど、着れるようになったんだよ!」
優太はうれしそうにジーンズを見せびらかしてくる。そんなうれしそうに笑う優太を水咲はほほ笑ましく見ていた。
しかしいいことばかりではなかった。ランニングをすることで、水咲自身の体重も落ちたのでうれしかったが、続けていくうちに新たに不安の種も生まれた。
優太ののめり込み方が異常なのだ。
突然地面に倒れこんだ夫9月に入ったばかりの頃、優太宛てに通販会社から小ぶりな段ボールが届いた。
「何か届いてたけど、何を買ったの?」
「ああ、サウナスーツだよ」
「さ、サウナスーツ?」
驚く水咲だが、優太は平然とした表情で説明をする。
「そうそう。ちょっと最近、体重の減りが鈍くなってるからさ、サウナスーツ着てもっと体脂肪を燃やそうと思って」
「でも、まだ、暑いよ?」
優太はとんでもないという顔で首を横に振る。
「夜はもう涼しくて、昔ほど汗が出なくなってるんだって。水咲、気付いてないの?」
気付いてない。というかそんなことはない。涼しいなと思う日もあるが、そんなのは週に1度あるかどうかだ。
「それとランニングもさ、もっと回数を増やそうよ。週4くらいにしてもいいよね?」
「う、うん。それはいいと思うけど」
「食事制限ももっと厳しくやろうよ。調べたんだけど、やっぱり炭水化物はダメだって。もっと減らしていかないとさ」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりやりすぎだって。十分、今だって痩せてきてるんだからさ……」
「いや、せっかく効果も出始めてるんだしさ。俺は、もっと痩せたいんだよ」
そう言って、優太は白米には一切手を付けず食事を終わらせた。
この日から優太は本当に白米を一切食べなくなり、さらにランニングも週4日に増やした。前のように音を上げて3日坊主になるようなことはなかったし、厳しいルールを2週間続けたかいあって確かに顔は出会ったころのシャープさを取り戻したと感じるようにもなった。
ただ、スッキリというよりはげっそりという表現が正しいような気もした。
「……し、行こうか」
いつものようにランニングを始めるが、優太の声には覇気がない。そんなにスピードのないランニングなのに、肩を大きく揺らしている。そして走りだして間もなく、優太は糸が切れたように地面に崩れ落ちた。
「え……?」
突然倒れた優太を見て水咲は固まった。
「優太……? ね、ねえ、どうしたのよ⁉」
今日の優太は明らかに様子がおかしかった。本来なら、水咲が止めなければならなかった。
水咲は必死に優太を起こそうとするが、優太はぴくりとも動かなかった。
●突然倒れた夫、原因は……? 後編【ストイックすぎた夫の末路…夜のランニングで熱中症、医師に指摘された「まさかの原因」とは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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