身の程知らずな条件に既婚友人もドン引き…非モテ41歳婚活男性を打ちのめした「お相手の意外な経歴」
Finasee / 2024年9月4日 18時0分
Finasee(フィナシー)
村尾は1時間以上、パソコンをにらんでいた。3カ月後に締め切りの文芸新人賞に送る原稿を書いているのだが、ぴたりと手が止まってしまった。
新卒で食品メーカーに就職をしてから諦めていた小説家の夢を、3年前、再び追いかけ始めたのだ。だが3年たった今も、まだ作品は完成していない。これという、天から降ってくるようなアイデアが思いつかないのだ。
村尾は気分を変えるためにデスクから立ち上がった。リビングのソファに寝転び、マッチングアプリで好みの女性をザッピングし始める。最初はおっかなびっくり使っていたアプリだが、今では当たり前のようにどんどん女性たちを吟味することができるようになった。
今年で41歳になった村尾は、これまでまったく結婚に興味を抱いてこなかった。仕事をして、家に帰って自分の好きなことをする。お金や時間を自由自在に使うことができる。それだけで十分だと思っていたのだ。
しかし、半年前に田舎に住んでいる母親が軽度ではあるが肺炎を患った。今は治療を終えて元気にしているが、母はもうすぐ70歳になることもあって楽観視はできないと思った。
「結婚でもしてくれたらねぇ」
ベッドで横になったまま、冗談めかしてぼやく母の言葉がよみがえる。マッチングアプリをダウンロードしたのは、母の見舞いを終えて、家に戻ってきてからだった。それからは毎日、好みの女性を見つけてはハートを送りまくっている。そうして、いつの日か母に結婚の報告ができればいいなと思っていた。
村尾自身、それなりの大手で働いていて収入も安定している。そういう自分はすぐに結婚相手なんて見つかると思っていた。しかし半年たった今、進行状況は芳しくない。メールや電話での連絡をできるようになるのは簡単で、直接会ってデートをすることも何回かあった。だが、どれも恋愛成就までは発展しない。途中で、連絡が取れなくなってしまうのだ。
また1人、デートの約束を取り付けようとしたところで返信がなくなった。村尾はため息をつき、相手をブロックした。
そんな結婚なら失敗だな「どう? 執筆は順調か?」
ジョッキを飲み干して、武知は聞いてきた。村尾が吐き出したため息は居酒屋の騒がしさのなかに溶けていく。武知とは大学の文芸サークルで知り合った仲で、かつては共に小説家を目指したりもしていた。武知だけには、自分が再び小説家を目指していることを話している。
「まあ、ぼちぼちだな。テーマは決まってるんだが、これっていう展開が思いつかないんだよ。もっとこう、今までにないような、大胆だけど繊細な、展開がさ」
枝豆を口にしながら、武知はうなずく。
「いいな、大学時代と変わらないな。それでこそ“大和緑の介”だよ。お前だけは卒業しても小説家を目指すと思ってたからな」
「止めろよ。ペンネームで呼ぶな」
武知は嫌そうな反応をする村尾を見て、いたずらっぽく笑った。
「この名前で出してんだろ?」
「ああ、適当につけた名前だけど、やっぱり愛着があるからさ」
「いいなぁ、俺もそんな風に何か目標とかあればなぁ」
伸びをする武知に村尾は冷たい目線を向ける。
「夢とか目標はいつでも追いかけられるだろ? 年齢を言い訳にするなよ」
「そんなんじゃないって。でもさ、やっぱり家族がいて、子供がいるとなると、自分のワガママを押し通すことができなくなるわけ。お前が小説を書いてる時間、俺とかは家族サービスをしないといけないんだよ」
情けないことを言う武知に村尾はいら立ちを覚えた。
「それはきちんと話し合えばいいだけだろ? やりたいことがあるから、子供のことは嫁にやってもらえばいい。最終的に目標をかなえたら、家族全体がその恩恵を享受できるんだから」
「それがうまく行くかどうか分からないから、理解を得るのが難しいんだって」
武知が何も知らないなと言ってるようでムカついた。
「そんな結婚なら失敗だな。俺は俺のやりたいことを理解してくる女性としか結婚しないから」
村尾の言葉に武知は目をパチクリさせる。
「……お前、結婚するの?」
いつまでたっても結婚できないぞ「その気はある。俺も41だし、そろそろ決めないとな」
「どうやって結婚相手は探してるんだ?」
村尾は携帯の画面を見せる。
「これ、マッチングアプリだよ。ここで結婚相手を見つけてるんだ」
武知は感心したような声をもらす。
「へえ、お前がこんな今どきのもんをねえ……」
「そんな最新のものでもねえって」
武知は身を乗り出して、興味を示す。
「どう、良い感じ?」
「んー、マッチングはできるんだけど、すぐに連絡が取れなくなるんだよ」
「お前、何か変なこと言ってるんじゃない?」
「そんなことないって。結婚の意思があるってこととか、結婚相手に求める条件とかを話してるだけだよ」
そこで武知はけげんな表情をする。
「会っていきなりそんな話ししたら、向こう、嫌なんじゃないの?」
「結婚のために会ってるんだし、そんなわけねえだろ。それにお互いの相性とか求めるものが合わないのに、連絡を取るなんて時間の無駄じゃん。だから、先にお互いの意思を確かめるんだよ」
「……ちなみにお前は相手に何を求めてるの?」
「まあ、文学に明るくて、家事も育児も全部やってくれる人かな。あと、年収も500万はほしい」
村尾がそう説明すると、武知は目を見開いた。
「それ、相手の人にも伝えたのか?」
「当たり前だろ?」
武知はそこで頭を押さえ、ため息をつく。
「それ、マジで言ってんの? 文学にも明るく家事も子育ても一手に引き受けてくれる人って……」
「ああ、だって、結婚ってそういうことだろ? けっきょく兼業で作家するってなったら、最大の懸念は執筆時間だと思うんだ。集中したいから、家事とかは全部やってもらわないと」
武知は口をあんぐりと開けたまま、首を横に振る。
「そんなわけないだろ。というか、そんなこと言うな。そんなこと言うヤツと誰が一緒になりたいと思うんだよ?」
村尾は首をかしげる。
「何言ってんだ? 俺はこう思ってるんだから、ちゃんと伝えないとダメに決まってるだろ? 誤解を持ったまま結婚しても、お互いが不幸になるだけだ」
「いや、それは分かるけどさ、お前、今どき、家事も育児も全部嫁さんにやらせようとするなんてどうかしてるぜ?」
武知は必死の顔で訴えてくるが、村尾は意味が分からなかった。
「間違ってなんてない。別にこれは悪いことじゃないし、家庭にもそれぞれの色があってしかるべきだ。俺は小説家を目指し、プロになったら兼業作家を続けるつもりだ。そのためには家事や育児をやってる場合じゃないんだよ」
「んなこと言ってたら、いつまでたっても結婚なんてできねえぞ……」
「何でだよ? 現に今、俺はマッチングしている女の人がいるんだ。話し合えば分かってもらえるさ」
村尾は武知を見ていて哀れな気持ちになる。結婚に失敗した武知は、自由な価値観で結婚を目指す自分をひがんでいるのだ。村尾はそれ以上、武知の話に耳を傾けず、今度のデートで使う店をSNSで探し始めた。
●自分が見えていない、自分の立ち位置がわかっていない村尾。マッチングはうまくいくのだろうか? 後編【「家事育児は全部女性に…」時代錯誤な条件でマッチング相手を怒らせた41歳婚活男の“悲惨な末路”】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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