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「家事育児は全部女性に…」時代錯誤な条件でマッチング相手を怒らせた41歳婚活男の“悲惨な末路”

Finasee / 2024年9月4日 18時0分

「家事育児は全部女性に…」時代錯誤な条件でマッチング相手を怒らせた41歳婚活男の“悲惨な末路”

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

村尾(41歳)は、田舎に住む母親が病気になったことがきっかけで、これまで興味がなかった結婚に向けてマッチングアプリを始めた。だが、やりとりをしている女性とはすぐに連絡がつかなくなり、いら立つ日々が続く。

大学時代からの旧友に相談するも、働きながら小説家を夢見ている村尾は、自分の作品執筆のため「年収500万以上、30代前半、文学に明るく家事も子育ても一手に引き受けてくれる女性」というむちゃくちゃな条件を相手に求めていたことが発覚した。

友人はドン引きし、そのままではダメだと諭すが、逆に「結婚生活が面白くないから、自由に結婚を目指せる自分をひがんでいるのだ」と上から目線で言うことをきかない村尾だった。

●前編:身の程知らずな条件に既婚友人もドン引き…非モテ41歳婚活男性を打ちのめした「お相手の意外な経歴」

本命になり得そうな相手と会うことに

武知との飲み会から2週間後、村尾はマッチングアプリで知り合った女性と会うことになった。相手の女性は由美子といい、メッセージのやり取りでは好きな小説の作品が一緒ということで盛り上がった。

そこから会うまでの約束は自然――いや、必然で、今日という日を迎えたのだ。夜ということもあって、スペインバルを予約し、そこで落ち合うことにした。今までは外食にはあまり興味のなかった村尾だが、マッチングアプリを始めてから、いくつかデートで使えそうな店をピックアップしていて、この店もその内の1つだった。

先に予約していた個室に入る。しばらく携帯を触っていると、ドアが開き、そこに現れたのが由美子だった。

「あ、どうも。村尾さん、ですよね?」

村尾は立ち上がり、うなずく。

「ええ、どうぞ。お座りください」

ちらりと顔を見るが、登録されている写真とあまり誤差はない。大きな加工などは施していなかったようだ。最近の加工アプリは進化していて、なかなか見抜くことが難しくなっている。加工詐欺と呼ばれるものらしいが、村尾も1度だけ出会ったたことがあった。しかし由美子は写真の通りの見た目をしていて、アプリの写真で必要以上に飾った自分を見せようとしていないところにも好感が持てた。

由美子もまた小説家を目指していた

二人でお酒を注文し、最初はぎこちない会話をしていたが、徐々に砕けた雰囲気になっていく。

「やっぱり『キミに行く』は不朽の名作だよね」

お酒も入り、上機嫌になった俺はメッセージでも何度もやり取りをした内容をぶり返す。

由美子も嫌な顔1つせず、付き合ってくれた。

「私も、あの本と出会ってなかったら、今とは全然違う人生を歩んでいたと思います。主人公、綾音の夢にひたむきな姿が、本当にすてきで……」

「俺も同じだよ。俺があの本と出会ったのは14歳のときだったけど、やっぱり夢に生きるっていうのが人生なんだってあの本を読んで思い知ったというかさ」

「私も一緒です。学生時代に出会えて良かったなって思います。働き出してから読んでたらまた違う感想を持ったかもしれないので」

由美子は現在、32歳とプロフィルに書いていた。となると9つも下になるのだが、名作というのはそんな年齢差も一気に埋めてくれる。

村尾は初めて、アプリで知り合った女性に確かな思いを抱くようになった。きっかけは母の病気だったこともあり、どこか義務感に突き動かされるように女性と連絡をしたり、会ったりしていた。しかし、由美子とは心からこれからも会って話をしたいと思っていた。

彼女になら見えを張らずに何でも話せた。きっと由美子も同じに違いなかった。酒もどんどん進み、心地よい酔いが全身をめぐった。

「いやぁ、俺も高橋薫子みたいな、ああいう小説を書きたいもんですよ。いや、俺は高橋薫子を超えたいんです」

村尾はため息を吐くように言った。高橋薫子とは、『キミに行く』の著者で、今も文学界の第一線で活躍をしている人だ。

「村尾さんも、ご自分でも書かれるんですか?」

「ええ、学生時代に文芸サークルで少しやっていて、ここ最近、少しずつまた始めたんですよ。とはいえ、仕事が忙しくて時間もなかなか取れないんですがね」

「働きながら書くのって大変ですよね。でも、高橋先生にお会いしたとき、『あなたは何があっても書き続ける人だから大丈夫』っておっしゃっていただけて、それが今もすごく励みになってるんですよ」

「え⁉ 高橋先生に会ったことがあるの?」

「ええ、新人賞の授賞式で」

「……は?」

村尾の酔いはあっという間に冷めていった。由美子は顔を傾けていた。

「どうか、しましたか?」

「新人賞?」

「はい、昨年度のモンタ社文芸新人賞の優秀賞を受賞したときに、ごあいさつさせてもらったんです。その賞の最終選考委員を高橋先生が務められてて」

村尾はもちろん、知っていた。村尾自身もその新人賞に応募しようとして、けっきょく作品の完成が間に合わず見送ったのだった。

「どうかされました?」

由美子は村尾をのぞき込む。目の前に、自分が獲るはずだった賞を取った新人作家がいる。その悔しさにも似た不愉快な感覚が頭を離れなかった。

「結婚するとなると、家事も育児もしなくちゃいけませんよね? そんななかでさらに兼業作家なんてできると思ってるんですか?」

「そうですね……大変かもしれません。でも家事も育児も2人で協力をすれば、問題ないですよ」

村尾は残念な気持ちでため息をついた。その態度があまりにあからさまだったからか、由美子は眉をひそめていた。

「まさかとは思いますけど、家事や育児は女性に、なんて思ってるわけじゃないですよね?」

由美子の声にはとがめるような色があった。村尾はいら立った。それが目の前の女に対する嫉妬心から沸き起こったものであることは自分でもうすうす感じていたが、そんな醜い後ろめたさは腹立たしさによって塗りつぶされていた。

「何か変ですか? そう思ってたら何なんですか? どうしてそんな非難がましい視線を向けるんですか?」

「非難するつもりはありませんよ。ただ、家事育児は全部女に、なんて考えは時代錯誤なんじゃないかなと思いまして」

 時代錯誤、という言葉が胸に刺さる。学生時代に発行していたサークルの文芸誌に村尾が書いた短編小説を読んだ先輩たちの感想と同じ言葉だった。

「あなたの協力して家事育児をするっていう考え方が尊重されるのと同じように、俺の価値観だって尊重されるべきはずだ。それを、一方的に時代錯誤なんて言葉で切り捨てるなんてどうかしてる!」

「言い方が悪かったですね。すいません。でも私、生活や人生ってそういうものじゃないと思うんです。村尾さんは人ごとみたいに自分の生活と人生をパートナーに押し付けようとしてますけど、それって無責任ですし、すごく愚かなことだと思います。人生を自分で引き受ける覚悟のない人に、いい小説は書けないと思います」

飲みすぎたわけではない。しかし村尾は視界が急に狭まるのを感じ、思考は浮かべた先からほどけていき、もはや何も考えることができなかった。もちろん、机に5000円札をおいて席を立った由美子を追いかけることも、彼女に何かを言い返すことも、できなかった。

人生を引き受ける覚悟

いつもの居酒屋に武知の笑い声が響く。村尾は面白くない。いら立ちに任せて、運ばれてきたばかりの中ジョッキをあっという間に空にする。

「やけに落ち込んでると思ったらそういうことか」

つい先週の由美子とのいきさつを聞いた武知は、合点がいったのか腕を組んでうなずいている。

「俺は、何か間違ってたのか?」

「別にさ、何が何でもって姿勢で自分の夢を追うのは間違ってないよ。でもな、時代を考えれば、その女の人が言ってることのほうが正しい」

「……俺にとって小説家っていうのは、そんな軽い夢じゃないんだよ」

武知は深く2度うなずく。

「もちろん分かってる。諦める必要もない。でも、お前の夢のために相手を犠牲にしていいわけじゃないだろ?」

「犠牲……」

武知に指摘され、確かにその表現が合ってるなと思った。

「それにその人の言っていた、自分の人生を引き受ける覚悟っていうのは、別に小説家じゃなくても必要なんだろうなって思ったよ。確かに俺は結婚するときも、子どもが生まれたときも、覚悟しなきゃって思ったんだ。こいつらを絶対に幸せにするぞって。月並みな言い方かもしれないけど、自分の幸せが家族の幸せと重なるんだ」

「そんな気持ち、なったことないな……」

村尾はうなだれた。

武知の言う通りであり、それはそのまま由美子の言う通りでもあった。確かに覚悟がなかったのだろう。だから3年も書き続けている小説はいつまでたっても完成せず、なんか違うと言い訳を見つけては賞への応募を先送りにし続けている。あるいは結婚も子育ても、人に押し付けてそのしがらみと苦労のすべてから自分だけが逃れようとしている。

41歳独身。仕事と多少の金はあるが、それだけ。村尾という人間自身は、自分が思っていたよりもずっと空っぽでハリボテのようだった。

ここからだ、と思った。3年も、あるいは41年も、ずっと遠回りしてしまったが、もう一度、ここから全てをやり直そうと思った。

「まぁ、今回のことで学んだんだし、しぶとくやってみろよ。諦めの悪さが“大和縁の介”の持ち味だろ?」

「止めろよ。ペンネームで呼ぶな」

村尾は眉をひそめ、泡が消えかけている武知の中ジョッキを取り上げ、一気に飲み干した。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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