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「川に入るの嫌」怖がる息子にしびれを切らし、川へ入った夫を襲った「あり得ない悲劇」

Finasee / 2024年9月9日 18時0分

「川に入るの嫌」怖がる息子にしびれを切らし、川へ入った夫を襲った「あり得ない悲劇」

Finasee(フィナシー)

まだまだ残暑が続いていた。太陽が容赦なく照りつける中、真理奈は友人家族と一緒に河原でバーベキューを楽しんでいた。

バーベキューグリルの上でじゅうじゅうと焼かれる肉の香ばしい匂い。直前まで雨が降っていたとは思えないほどの青空。時折、湿気をはらんだ風が川辺から吹いてくるのも心地よい。まさに絶好のアウトドア日和だった。

「真理奈ー! お肉焼けたよー! どんどん食べてね!」

「あっ、ありがとう」

友人の声にはっとして振り向くと、夫の佑介がクーラーボックスからまた新しい缶チューハイを取って戻ってくるのが見えた。

その様子を見ていた真理奈は、「ほどほどにしてね」と佑介に声をかけようとして、直前で思いとどまった。なぜなら佑介は、久しぶりのアウトドアということで、「外で酒が飲める」と子供のように心待ちにしていたのだ。

アルコール類が一切飲めない真理奈には酒の味も酔っぱらう気分も理解できないが、佑介があんなに楽しみにしていたバーベキューに水を差したくない。そう思った真理奈は、上機嫌で友人らと笑い合う佑介から目をそらし、にぎやかな川辺へと目を向けた。

川に入るのが怖い

「あっ! 見て見て! カニがいるよ!」

「わぁー! ほんとだ! 歩いてる歩いてる!」

早々に食事を終えた子供たちは、川の浅瀬で元気よく水遊びをしていた。

「ちょっとー! あんまり深い場所まで行かないでよー!」

「はーい!」

トングを片手に友人が声を張り上げると、子供たちの元気な返事が返ってきた。冷たい水を感じながら歓声を上げ、無邪気にはしゃぎ回る姿はとてもほほ笑ましく、その光景を見ているこっちの心までなごむ気がする。一方、大人たちは焼けた肉や野菜をつつきながら、話に花を咲かせている。川のせせらぎをBGMに、家族や友人たちの笑い声が絶えず響き、楽しいひとときが流れていく。まるで絵に描いたような理想の夏休みだ。

しかし、そんななか息子の大貴だけは川に入らずにぽつんと1人でたたずんでいる。

先ほどから大貴は、他の子供たちが楽しそうに水しぶきを上げている様子を遠巻きに見ているだけで、川に入ろうとはしなかった。

「大ちゃーん! 変な魚がいたよー! こっちおいでー!」

気が付いて声をかけてくれる子供もいたが、大貴は「だいじょうぶー」と答えるだけで、川に入ろうとはしなかった。

もともと慎重な性格の大貴は、どうも川に入るのが怖いらしい。この春5歳になった大貴は、早生まれということもあって、同学年の子供と並ぶと一回り小さい。

思えば寝返りもハイハイもオムツが取れたのも、いつも同学年の中で1番遅かった。これは仕方のないことだと自分に言い聞かせながらも、真理奈の育児には常に不安がつきまとった。

親としての心配やもどかしさから、ついつい大貴を手助けしてしまっていたせいか、大貴は同世代の男の子たちと比べると、やや消極的な性格をしている。母親の真理奈としては、小学校に入るまでにもう少し自発性や積極性を身に着けてほしいと思っているので、幼稚園に入ってからはなるべく手を貸さず、大貴が1人でどこまでできるのかを見守るようにしていた。

今回も、1人で川辺にいる大貴の姿に心が痛んだが、川に入ることを強要するのは良くないと思い、真理奈はその場を動かなかった。しかし真理奈の意図を露とも知らない佑介は、持っていた酒の缶を置いて大貴に近づいていった。おそらく大貴が怖くて水に入れずにいる様子に気が付いたのだろう。佑介は、どこか懐かしそうな笑みを浮かべながら、立ちすくむ大貴に向かって話しかけた。

「パパも子供の頃、よく川で遊んでたんだよ」

大貴は不安そうな顔で、隣に立った父親の顔を見上げながら尋ねた。

「パパは……怖くない?」

「全然怖くないよ。ほら、こんなに浅いんだぞ。大貴も入ってみろ。溺れやしないよ」

佑介は大貴に語りかけ、ビーチサンダルを履いたまま川の中へと足を進めた。ハーフパンツの裾がぬれそうな深さに立った佑介は、パシャパシャと音を立てて川の中で水を蹴り上げてみせながら、優しく大貴を呼んだ。

「大貴、おいで。大丈夫だよ」

「でもぉ……」

しかし、佑介が手招きをしても、大貴はその場を動こうとしなかった。父親と一緒に遊びたい気持ちはあるものの、どうしても1歩が踏み出せないらしい。真理奈は少し離れた場所から、じっと2人の様子を見守りながら、心の中では大貴にエールを送っていた。

以前から大貴は、真理奈といるときにはうまくできなかったことでも、佑介と一緒ならできるということが多々あった。もしかしたら男の子というものは、父親と過ごす時間の方がポテンシャルを発揮できるのかもしれない。何にせよ、真理奈の胸中には、もしかしたら今回も佑介が大貴を成長させてくれるのではという期待もあった。

だが、あえて手を貸さずに見守り続ける真理奈とは反対に、佑介の口調は徐々に強くなっていった。

突然荒々しい姿を見せた川

「ほら、どうした? 男らしく勇気を出してみろよ! ちょっと足がぬれるだけだろ。何がそんなに怖いんだよ!」

佑介の声にははっきりといら立ちがこもっていた。

いくら優しく呼びかけても応えない大貴のじれったさに、我慢ができなくなったのだろう。大貴は佑介の大きな声に身体を縮こまらせた後、助けを求めるような目で真理奈の方を見つめてきた。そろそろ潮時だと感じた真理奈は、大貴と佑介を呼び戻そうと2人の方へ近づいて行った。

「2人ともー! 少し休憩にしよーう!」

そう呼びかけた瞬間、川上から勢いよく移動してきた流木が佑介の足元に迫ってきた。

「あっ!」

真理奈は思わず叫んだが、一瞬遅かった。流木に足を取られた佑介は、バランスを崩して川の中に転倒してしまったのだ。佑介はばつが悪そうに起き上がろうとしたが、思っていたよりも深い場所まで進んでいたらしく、体勢を立て直すのに苦戦していた。

その様子を見た真理奈は胸騒ぎを覚えた。流木は、酒に酔っているとはいえ、成人男性の佑介が避けられない程の速度で流れてきた。

「ねえ、ちょっと水の流れが速くなってない?」

「そうだね。いったん水から上がった方がいいかも」

同じことを考えていた友人の言葉に、真理奈は大きくうなずいた。そうこうしている間にも、川は水位を増し、穏やかだったはずの流れがいつの間にか、荒々しく勢いを増していた。おそらく直前まで降っていた雨の影響だろう。

「みんなー! 急いで水から上がって!」

真理奈は大貴を抱きかかえ、友人たちと浅瀬で遊んでいた子供たちを呼び寄せた。

「なんだなんだ。みんなそんなに川の水にびびってんのかぁ?」

佑介はあきれたように、流れの速くなった川の水をけり上げる。

「佑介、あんたも早くこっちに――」

真理奈の声をかき消すように、上流のほうから地鳴りのような音が響いた。思わず向けた視線の先では、岩を削るような勢いで龍のようにうねる水流が押し寄せていた。

真理奈が叫ぶ間もなく、佑介は濁流に飲み込まれた。

●夫が息子の目の前で川にのみこまれてしまった……!  後編「パパ死んじゃうかと思った」楽しいBBQが一転、軽率さが生んだ水難事故で気づけた「大事なこと」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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