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「もしかしたら熊の仕業かもしれません」アラフィフ夫婦が危機に陥った「自己判断の恐怖」

Finasee / 2024年9月11日 17時0分

「もしかしたら熊の仕業かもしれません」アラフィフ夫婦が危機に陥った「自己判断の恐怖」

Finasee(フィナシー)

木々の間から差し込む柔らかな光が、湖面に揺れる金色の波紋を作り出していた。時折、夏の終わりを告げるように涼しい風が吹き抜け、美弥子の肌に心地よいひんやりとした感触を残していった。

半歩前を歩いていた夫の竜也がふいに立ち止まって、こちらを振り向きながら声をかけてきた。どうやら目指していたポイントに到着したらしい。

「随分と気持ちの良い場所だな」

「そうね。頑張って歩いてきたかいがあったわ」

大自然に心を奪われていた美弥子は、われに返ってから竜也にほほ笑んだ。子育てを終えた美弥子と竜也は夫婦水入らずで、20年余りの結婚生活で初めてのキャンプに訪れていた。

初心者キャンパーの美弥子たちが選んだのは、湖畔にある小さなキャンプ場。人里離れたこの場所は、自然の息吹がじかに感じられるほど静かで、耳を澄ませば、どこか遠くで川のせせらぎが聞こえてくるほどだ。

テントを設置する場所は、2人で話し合って慎重に選んだ。最終的にテントの設営を決めたのは、キャンプ場の中心から少し外れた場所で、他のキャンパーたちの騒がしさからは離れていた。キャリーワゴンでキャンプ道具一式を運ぶのは骨が折れたが、どうしても自然と寄り添う時間を満喫したかったのだ。

「ふう、こんなもんかな」

「お疲れさま。なかなか様になってるじゃない」

四苦八苦しながらテントを設置した美弥子と竜也は目を見合わせ、久しぶりに共有する静かな時間をかみしめているかのようにほほ笑んだ。今春から息子が大学へ進学し、久しぶりに2人だけの時間が持てるようになったことに、どこか新鮮さと心地よさを感じていたのだ。

テントを設置し終えた後、美弥子は竜也に誘われて軽装のままリュックサックだけ持って川へと向かった。竜也をまねて水に足を浸してみると、体内にこもった熱気が和らぎ、川の冷たさが心地よく感じられた。

「こんな風に、また2人で出掛けるなんてね」

美弥子は思わず笑みを浮かべながらつぶやいた。

「これからは、いつでも出掛けられるよ。そのうち海外旅行なんかもいいかもね」

足を川の流れに投げ出したまま、竜也が返した。美弥子たちは、死ぬまでに行きたい場所ややってみたいことについて、思いつくまま語り合った。

熊の仕業?

楽しい時間はすぐに途切れることになった。

キャンプサイトに戻ると、美弥子たちの荷物が荒らされていたのだ。テント周りの荷物が地面に散乱しているのを見て、2人は思わず言葉を失った。苦労して運んできたクーラーボックスが倒され、中に入っていた食料があさられているようだった。

「これは……何があったんだ?」

ぽつりと竜也が口にしたが、もちろん美弥子がその答えを知るわけがない。2人が仕方なく荒らされた荷物を片付け始めて間もなく、偶然通りかかった別のキャンパーが声をかけてきた。

「こんにちは。ご夫婦でキャンプですか?」

「えぇ、そうなんです。たまには夫婦水入らずもいいかと思って……」

そのキャンパーが美弥子たちと同世代と思われる感じの良い男性だったこともあって、しばらく3人で談笑した。しかし、美弥子が自分たちの荷物が荒らされていたことを告げると、キャンパーの男性は急に真顔になって言った。

「もしかしたら熊の仕業かもしれませんね。最近、このキャンプ場の近くで目撃情報があったそうですよ」

熊、という言葉が美弥子の頭の中に鮮明に響いた。美弥子は思わず息を飲んだが、竜也は冷静だった。

「このキャンプ場では、熊による食害は報告されてないはずだ。僕たちには熊よけの鈴もあるし、まず大丈夫だろう」

竜也は、美弥子と自分自身に言い聞かせるように言った。

今回、キャンプ初心者の美弥子たちは、万が一に備えて熊よけの鈴や遭難時の非常食などを常に携帯していた。さらには、地元の獣害情報や環境省の遭難時マニュアルもチェック済みだ。自分たちの事前準備に絶対的な自信を持っていた美弥子たちにとって、キャンパーの言葉は意外なものだった。

それからキャンパーはテントを人の多い場所へ移動させるように助言した後、自分のキャンプサイトに戻ると言って、その場を去っていった。美弥子たちは迷ったが、結局その場を移動することなく、夜を迎える決断をした。

せっかくなら人気のない静かな場所でキャンプを楽しみたいというのが、その場所にとどまった理由だったが、本音を言えば、いまさら来た道を戻ってテントを張り直すのがおっくうだという気持ちもあった。竜也も口には出さないだけで、美弥子と似たような気持ちでいるに違いなかった。

不気味な予感

夕暮れが近づくと、竜也が真新しいキャンプ用品を駆使して火をおこし、美弥子は夕食の支度にとりかかった。

なんとか食い荒らされずに済んだ食料とリュックサックに携帯していた非常食を使った簡単な食事だったが、それでも満腹感を感じられるくらいの食事を取ることができた。持ってきていたアルコール飲料が無事だったことも大きかった。あのキャンパーに言われたことを頭から払拭するように、美弥子たちは大いに初キャンプの夜を楽しんだ。

やがて夜も更け、美弥子は葉擦れの音を子守歌にして竜也の隣で眠りについた。しかし、時折訪れる深々とした静寂は美弥子の脳裏にキャンパーの言葉を思い起こさせた。

健やかに眠る竜也とは裏腹にうまく寝付くことのできなかった美弥子は、すぐ近くで大量の枝をへし折るような物音を聞いた。美弥子は早鐘を打つ心臓を抑えながら、すぐ隣で寝息を立てている竜也に向かって小声でささやいた。

「あなた、あなた……何か聞こえない?」

「……うぅん」

軽く揺すって声をかけても、竜也は低くうめき声を上げただけで起きる気配はなかった。

仕方なく美弥子が1人耳を澄ませていると、ガサゴソと近くで何かを転がしたり、ガリガリと固いもので引っかいたりしているような音が聞こえてきた。

だが、真っ暗なテントの中からでは外で何が起きているのか分からない。

ただ確実に、何かがそこにいる。

そんな不気味な予感が、美弥子の心に忍び寄っていた。

●不審な物音の正体は……? 美弥子の嫌な予感は的中してしまうのか。 後編「あの時引き返していれば」人間の食料を荒らしたばかりに命を奪われた動物…50代夫婦が「後悔の代わりに行うこと」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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