「立つ鳥が跡を濁さぬように」生前かたくなに墓を嫌がっていた母…遺品整理で発覚した「亡き母の不器用な愛情」
Finasee / 2024年9月13日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
有紀(61歳)の母・礼子(87歳)が突然「墓なんて必要ない、私の骨は海へまいてくれ」と言い出した。これまで母が海を好きだと聞いたことはなかった。
女手一つで自分を育ててくれた母を大切に思っている有紀は釈然としない。今現在の介護を含めて、ずっと母を大切にしていきたいと考えていた。
生前から亡くなったときの話をしなくてはいけないのが嫌だったものの、有紀は霊園の画像を見せたり、なんとか母に説得を試みる。しかし母は支離滅裂な理由をつけては断るばかりだった。そんな折、母が眠るように亡くなってしまった。
●前編:「私の骨は海にまいて」墓に入りたくないと言い続ける母…大げんかの末に60代の娘が「たどり着いた決断」
どちらを優先するべきか通夜と葬式が無事に終わったあと、有紀たちが納骨をどうするかという問題に直面した。葬儀を終え、骨つぼはわが家の仏壇の脇に置いてある。こんなところにいつまでも母の骨つぼを置いておいていいわけがない。しかしどう納骨をすればいいのか、あるいは納骨をしてもいいのかすらも、分からないままだった。
「お義母(かあ)さんの納骨、どうするか決めた?」
利喜に質問されたが、有紀は何も返事をできなかった。
「やっぱり、有紀としては、お墓に入れるっていうのが一番良いと思ってる?」
「……うん。私にとっては唯一の肉親だからさ、何かあったら定期的にお墓に行って、お参りをしたいの。そうすることで、お母さんの存在をより感じられると思うし」
利喜は深くうなずく。
「そうだね。でも、自分の気持ちを優先する気にはなれないんだ?」
有紀は複雑な気持ちになる。
「海への散骨がお母さんの希望だったからね。どうして散骨がいいのかは分からずじまいだったけど、やっぱり無視するわけにはいかないよ……」
有紀は自分の気持ちと礼子の希望、どちらを優先するべきかで悩んでいた。礼子はもういない。だったら、墓に入れても問題ないのではないかと思う一方で、あれだけ強情に墓を嫌がっていた礼子の気持ちが有紀のなかで引っ掛かってもいた。
「とても大事なことだから、時間をかけて、悩んでいいと思うよ。そして自分が納得する方法でやればいい。きっと、お義母(かあ)さんも、有紀が選んだということなら、理解してくれるよ」
「……だと良いんだけどね」
そうは言ったものの、結局、納骨の方法は決まらないし、決める方法も分からなかった。
「そうだ。お義母(かあ)さんが残した私物もどうにかしないとダメだよね?」
有紀はわざとらしく話題を変えた。これ以上話しても答えがすぐには出ないと分かっているから、利喜もそれ以上は深く追求してこなかった。
葬儀が終わっても、有紀にはまだやらないといけないことがある。母が残したものの中で、とっておくものと処分するものを分けなければいけない。
「さっそく明日にでも、実家に帰って仕分け作業を始めようかなって思ってるの」
「1人で大丈夫? ものが多くて大変じゃないか?」
利喜の過保護な発言に、有紀は苦笑する。
「大丈夫よ。最初はこまごましたものから始めるから。無理そうなときには業者に頼むわ」
「……家はどうする?」
「処分するわ。それはずっと前から決めていたことだから。まあ、だとしても、本当にそうなると思うと、寂しい気持ちになるけど」
「無理、しなくてもいいんだよ。家の維持費くらいなら、払えると思うし」
「ううん、そこまでしなくていいのよ。本当に、これは決めたことだから。それじゃ、早速明日、整理に向かうわね」
有紀は利喜に気を遣わせないように、笑顔を作った。
母が残した最後の詩翌日、有紀は実家へと帰った。リビングを見ると、いつものように母がお気に入りの座椅子に座ってテレビを見ているかのような錯覚に陥る。もちろん、そんなわけはなく、家の中はしんと静まり返っている。
家の至る所に礼子との思い出が染みついていて、目頭が熱くなる。しばらくしたら、この家ごとなくなってしまうと思うと、胸が締め付けられる。このままでは、まともに作業ができないと思い、座布団を敷き、居間の定位置に座る。礼子とのいろいろな思い出を反すうしながら、気持ちを落ち着ける。たとえ家やものがなくなったとしても、思い出はいつまでも頭の中に残り続ける。そう思うと、気持ちが少しだけ軽くなった。
何度か深呼吸してから立ち上がった有紀は、真っ先に礼子の寝室に向かった。寝室のドアを開けると、礼子が好きだったお香の匂いがまだ残っていた。押し入れを開けて、段ボールを取り出す。中にはアルバムや礼子の趣味だった詩集などがたくさん出てくる。
「これは骨が折れそうだな」
あえて口に出してみた言葉は、当然返事が返ってくるはずもなく、静寂に飲み込まれて消えていく。作業に取り掛かり始めた有紀は、残すものと処分するものを仕分けているなかで、一冊の古ぼけた手帳を見つけた。
有紀は、礼子が手帳によく何かを書き込んでいるのを覚えていた。中身が何かまでは聞いたことがなかったので、有紀は興味を持って中身を確認した。手帳に中身はほとんどが詩だった。詩を読むのが趣味なのは知っていたが、創作にも励んでいたらしい。ひと通り中身を確認し終えて、有紀はまだ礼子が入退院を繰り返すようになる前も礼子が手帳を持ち歩いていたことを思い出した。
「……最後につけていた手帳はどこにあるんだろ?」
有紀は遺品整理を脇に置いて、最後の手帳を探した。目当ての手帳は化粧台の引き出しの中に入っていた。
礼子が最後にどんな詩を残したのか気になった。手帳をパラパラとめくっていたとき、とあるページで有紀の手が止まる。
「え……?」
そのページには〈墓200万〉と書かれ、それを消すように大きなバツ印が記してある。さらにその下には、明らかに母の流麗な字で、1つの詩が残されていた。
〈立つ鳥が跡を濁さぬように、私もまた有紀の重荷とならないように飛び立ちたい〉
〈金も手間も、全て置いて飛び立ちたい〉
礼子は自分の死期をなんとなく悟り、墓についても調べたのだろう。そのときの思いが手帳には記されていた。
「……だから、散骨がいいなんて言ってたのね」
有紀は愛でるように礼子が書き残したメモをなでる。
「それなら、そうと言ってくれればいいのに……」
触れた文字から礼子の思いが流れ込んでくるようで、有紀はまた涙を流した。
突然、墓は要らないと言い出したときは困惑したし、自分たちの思いが伝わらないもどかしさがあった。しかしその裏には自分や利喜への思いやりがあったとようやく知ることができた。
母の願いを尊重した「……そうか。お義母(かあ)さん、そんなことを考えてたんだ」
「お義母(かあ)さん、言ってたもん。私のせいで、利喜さんにいろいろと迷惑をかけて申し訳ないって」
礼子の言葉を伝えると、利喜はそんなことないと首を横に振る。
「家族なんですから、当然ですよ」
利喜は天国で聞いてるであろう礼子に返事をする。
「それで、納骨はどうするの?」
「散骨にする。母さんが私たちを思って言ってくれたことだったし、尊重したいの」
有紀がそう話すと、利喜は満足そうにうなずいた。
お彼岸になったらこうして、有紀たちは礼子の遺骨を海にまくことに決めた。
専門の業者に依頼し、しっかりとした手続きを踏んだ上で、船に乗って、散骨が認められている岸から5キロほど離れた沖で、礼子の遺骨をまいた。
粉状の骨はすぐに海の中に消えていき、すぐに見えなくなった。
その様子を見守っていると、利喜が肩を回してきた。
「毎年、お彼岸になったら、この海に手を合わせに来ないとな」
利喜の提案に有紀はうなずく。いつまでも見守っていてくださいと願いを込めて、有紀は母が眠る海に向けて、静かに両手を合わせた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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