ゴミ袋を「出すだけ」で家事をしたと思っている夫…モヤモヤを抱える妻を打ちのめす「娘の異様な行動」
Finasee / 2024年9月17日 17時0分
Finasee(フィナシー)
理香子は登園バスが来るのをママ友の芦田と待っていた。雑談をしていると、黄色のかわいらしいバスが近づいてくる。バスが止まってドアが開くと、娘の小百合たちが美奈子先生と手をつないで降りてくる。
「どうだった? 今日も皆と仲良くできた?」
「うん! やま!」
「やま?」
小百合の元気な返事に幸せを感じつつ、首をかしげていると一緒にバスを降りてきていた芦田の息子の宏太が横から入ってくる。
「あのね、今日ね、僕ね、さゆちゃんと砂遊びしたんだよ! それでね、2人でね、大きな山を作ったら、先生がね、褒めてくれたんだ!」
「へえ、そうなんだ。小百合と仲良くしてくれてありがとね。小百合も楽しかった?」
小百合は笑ってうなずく。
「うん! おおきかった!」
楽しそうに話す子供たちを見て、芦田は頰を緩ませている。しかし、整然とその日の出来事を話す宏太を見ていると、理香子は心から笑うことができなかった。
明らかに発達が遅れてる感じ「ねえ、小百合のことなんだけどさ、何か言葉の発達が遅いような気がするんだよね……」
ビールを一口飲んで、夫の孝は眉をひそめる。
「何それ? そんなの感じたことないけど?」
「うそでしょ? だって小百合ってまだ単語をつなげてしゃべってるって感じじゃない。同じ年のほかの子なんて、もうしっかりと文章で自分の思ってることとか気持ちをしゃべってるんだよ」
理香子は真面目な気持ちで相談していたが、孝の反応は鈍い。
「そりゃ、そうなのかもしれないけどさ、他の人よりもちょっと言葉がたどたどしいってだけだろ。皆がつらつらしゃべれるわけじゃない。ウチの会社にだって、もう大人なのに、分かりづらい言い方をする人っているよ」
「そんな個人差とかのレベルじゃないんだって。明らかに発達が遅れてる感じなの。まだ周りの子たちとかママさんたちは分かってない感じだけど、もうすぐ小学校なのに、話し方でいじめられるかもしれないし……」
「大げさだって。そんなのあるわけないよ」
孝は笑い飛ばす。しまいには2本目の缶ビールを空け、スマホでYoutubeを見始めてしまう。これ以上話しても意味はないと悟り、理香子は深くため息を吐く。
理香子は小学3年生のとき、父の仕事の都合で大阪に転校をしたことがあった。標準語を話していた理香子は、そのことをひどくからかわれてつらい思いをした。たった2年の大阪生活だったが、東京に戻ってきてからもしばらくは関西弁を聞くだけで身体がこわばってしまった。孝には子どものそういう残酷さが想像できないのだ。何も分かっていなかった。
「ねえ、それ飲んだら、洗い物よろしくね」
「分かってるよ」
孝はめんどくさそうに答える。理香子は小百合の出産で仕事を辞めて以来、専業主婦をしている。それでも家事や育児はできる限り分担するというのが、夫婦2人で決めたルールだった。
「あ、そうだ。今日のゴミさ、袋の口がちゃんと縛られてなくて、ゴミ捨場でこぼれちゃって大変だったんだよ。生ごみじゃなくて助かったけど、次からしっかり頼むよ」
「ああ、ごめん」
キッチンに向かった孝に言われて、理香子は小さくため息を吐く。この家にはキッチン、リビング、洗面所、寝室にそれぞれゴミ箱が置いてある。出勤のときに捨てればいいからと孝が引き受けてくれたゴミ捨てだったが、彼がやるのはまとめられて玄関に用意されたゴミ袋をゴミ捨て場に出すだけで、家じゅうのゴミを集めてひとまとめにするのは理香子がやっている。
(やろうとはしてくれてるんだけど、ね……)
家事も不十分で、小百合のことには無関心。喉の奥あたりまでせりあがった不満を、理香子はビールで流し込んでなかったことにする。
泣き出したいのはこっちだ「ママー!」
小百合が大声で話しかけてきて、夕飯の支度をしていた理香子は思わずどきりとする。最近は長引く残暑や台風やらで大気が不安定なせいか、朝から頭が重かった。もう少し声を抑えてほしかったが、小百合に言ったところで分からないだろうと思った。
「……どうしたの?」
「おえかき!」
小百合は誇らしげに画用紙を渡してきた。小百合は絵を描くのが好きなようで、家でもよくクレヨンや色鉛筆を使って絵を描いていた。
「へえ、何の絵?」
「ぞうさんと、ねこさん!」
先日、幼稚園の遠足で動物園に行ったのだ。理香子も参加したので、そのことは覚えている。そのときの様子を絵にしたのだろう。しかし画用紙に書かれた絵を見て、理香子は言葉を失う。人らしきものと生き物らしきものがたくさん書かれているのは分かる。ただ、理香子にはその全てが異様に見えた。
まず理香子は、全面緑色の背景を指さした。
「これは何?」
「空」
次に理香子は茶色の鼻の長い生き物を指した。
「じゃあ、これは?」
「ゾウさん!」
最後に理香子は輪っかのようなものをはめた動物を指す。
「これは、ライオンさん?」
「ねこさん!」
猫ではなくライオンだが、広い意味では間違っていないと寛大な気持ちで大目に見る。しかしそれ以上に気になる部分があった。
「じゃあさ、この青いのは何?」
「おヒゲ」
理香子は大きく息を吐き出して、小百合を見つめる。
「ねえ、小百合、ちゃんと見た? ライオンのヒゲは青くなんてないよ」
しかし小百合は首を横に振る。
「ううん! あおかった!」
「そんなことないよ。ママも一緒にライオンさん見てたけど、青くなかったよ」
「あおかった! ママうそつき!」
理香子はスマホで検索したライオンの画像を小百合に見せる。
「ほら、これがライオンだよ。見て、おヒゲ青くないでしょ?」
しかし小百合は画像を見ようともせず、首を横に振る。
「ううん! あおなのっ!」
「青いのはお空でしょ? ゾウだって茶色じゃなかったよね? ねずみ色とかで書くのが普通なの。どうしてこんな変な色で描いたりしたの?」
理香子は必死に伝えようとした。しかし小百合は床をドンドンと踏んで、拒絶反応を見せる。
「ねえ、小百合、聞いて。お願いだから、もうちょっとだけ、ちゃんと絵を描いてほしいの。絵が好きなのはお母さんも知ってるから、だから、色使いとかを少し普通にしてくれるだけでいいからね?」
「あーっ! うーっ!」
小百合の叫ぶ声が、頭に響く。
「もう何なのよ! ママの言うことを聞かないで嫌な思いするのは小百合なんだからね!」
思わず理香子は怒鳴りつけてしまった。しまった、と思ったときにはもう取り返しがつかず、小百合はダムが決壊したみたいに大声で泣き出してしまう。
理香子は鈍く痛む頭を抱える。泣き出したいのはこっちだった。
●子育ての悩み、夫の無関心、理香子の心が晴れたきっかけはとは? 後編【「色使いが変でしょ?」発達の遅い娘の子育てに限界…キレる母親が驚いた“十五夜の日”の夫の思わぬ行動】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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