「色使いが変でしょ?」発達の遅い娘の子育てに限界、キレる母親が驚いた“十五夜の日”の夫の思わぬ行動
Finasee / 2024年9月17日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
理香子(38歳)の悩みは、来春で小学生になる娘・小百合の言葉の発達がまわりの子と比べて明らかに遅いことだった。
夫の孝に相談するも、興味がないのか危機感がないのか、大丈夫だろうの一点張りでまじめに取り合おうともしない。夫はゴミ袋をゴミ捨場に「出すだけ」で自分は家事をしていると思うような、家事にも育児にも不十分なところがあった。
ある日、小百合が保育園で描いた絵を見せてきた。保育園の行事で行った動物園の様子が描かれていたが、空は緑色、ライオンのひげは青色など、異様な色使いだった。理香子は間違えていると諭すが、強情な小百合は言うことを聞かない。いら立った理香子はとうとう大きな声で怒鳴りつけて小百合を泣かせてしまった。
●前編:ゴミ袋を「出すだけ」で家事をしたと思っている夫…モヤモヤを抱える妻を打ちのめす「娘の異様な行動」
色使いが変でしょ?「おっ、これは小百合が描いたのか?」
「……うん」
久しぶりに残業がなく、早めに帰ってきた孝が小百合の描いた絵を見つけて手に取る。理香子に怒鳴られたこともあって、小百合は声を落としてうなずく。
「へぇ、よく描けてるじゃないか。これは動物園の絵か。うんうん、想像力があって、いい絵だな」
無責任に褒める孝を理香子はにらむ。しかし孝は理香子の視線に気付かず、小百合を見て笑っている。小百合も褒められて気をよくしたのか、動物園での思い出を話し出した。
「そうか、小百合は動物が好きなんだな」
「うん」
「何が1番好きなんだ?」
「ん~、パンダ!」
元気に答える小百合を見て、孝は目尻を落とす
「おお、パンダな。確かにかわいいよな~」
「ほしい! 誕生日、パンダほしい!」
「え、パンダが?」
目を丸くした孝は笑いながらスマホを操作する。
「いやぁ、パンダはだめだなぁ。飼育費は1カ月で648万だって。餌代だけで30万とか掛かるって。お父さんのお給料吹っ飛んじゃうよ」
「えー」
唇をとがらせている小百合の頭をなでながら、孝は楽しそうにほほ笑んでいる。
「今度パンダのぬいぐるみを買ってやるからな。それで勘弁してくれ」
「うん、いいよ!」
のんきな2人の会話を聞きながら、理香子は深くため息を吐いた。
「ねえ、その絵のことなんだけど?」
割り込んだ理香子のけんのんな声色に、孝はけげんそうに顔を上げる。
「え? この絵が何? 俺、なんかマズいコトした?」
「これさ、色使いが変でしょ? それ分かってるよね?」
「……うーん、まあ、たしかに特徴的ではあるね」
理香子は分かりやすくため息をつく。
「こんな色のゾウもいないし、空だって普通は青じゃん。そういうのはちゃんと注意しないと、小百合はこれで間違ってないんだって思っちゃうでしょ?」
孝は手のひらを見せて理香子の意見を止める。
「普通はそうなのに、緑を使ったり、茶色を使ったりするのが個性だろ。小百合にはそう見えてるんだから、これはこれでいいんじゃないかな」
「でも、こんな変な絵を描いたら、学校でいじめられたりとか」
「考えすぎだよ。周りの子たちだって、いろいろな絵を描いたりしている。うまい子もいれば、特徴的な子だっている。そういう環境で育っていくんだから。俺たちは小百合たちが伸び伸びやってるのを見守ってればいいんだよ。もちろん、危険な事とか誰かを傷つけるようなことをしたら、しからないといけないよ。でも、この絵はそんなことしなくていい。好きなように描かせてあげたらいいと思うけど」
理香子はもう一度ため息を吐く。孝は相変わらず無責任だった。個性と言えば聞こえはいいが、それは単に周りになじめていない“変な子”でしかない。小百合が妙なレッテルを貼られてしまう前に、何とかしてやるのが親心というものなはずだ。
「孝は何にも分かってないのよ」
吐き捨てた言葉は、首をかしげている孝には絶対に届いていないと思った。
一番大事なことは9月17日、仕事から帰宅した孝は手にビニール袋を提げている。
「あら、珍しい。何買ってきたの?」
「今日は十五夜だろ、皆で団子食べないと」
「行事を大切にするような性格だったっけ?」
「何だよ、今知ったのか? しかも今日は雲もない快晴だし、ご飯終わったら、ベランダで月見しようぜ」
うきうきした様子の孝のテンションに引っ張られるように、夕食を食べたあと家族3人でベランダに出た。折りたたみの椅子を3つだし、3人で並んで夜空を見上げた。
「すごぉい! おっきい!」
小百合は月を見て手を振っている。
「小百合、お月さまにはね、ウサギがいるんだよ」
理香子がそう教えると、小百合はケタケタと笑う。
「えー、うさぎさん?」
「そう。ウサギがね、お餅をついてるの。小百合は見えるかな?」
「見えないよーっ」
ひとしきり月を眺めたあと、時間も遅かったので理香子と小百合は、いつの間にか缶ビールを空けていた孝を残して、リビングに戻ることにした。リビングに戻るや、小百合はスケッチブックとクレヨンを手に取って、お絵描きを始めてしまう。もう寝る時間だったが、ここで止めるとぐずって面倒なので、理香子は小百合の好きにさせておくことにした。
ただ、何を描いているのかが気になって、小百合の背後からスケッチブックをのぞき込んでみる。小百合は黄色い大きな丸の中にワニやライオンを描いている。理香子は肩を落とし、小百合の横に腰を下ろした。
「小百合、これは何?」
「ワニさんとライオンさん!」
理香子は首を横に振る。ついさっき、月にはウサギがいると言ったばかりなのに。理香子書き直すように注意をしようとした。しかし口に出す前に、孝に止められた。
「何よ?」
「理香子、ちょっと」
孝に呼ばれて理香子はベランダに出る。小百合は一心不乱に絵を描いている。
「小百合のことは黙って見守っておけよ」
孝は低く小さな声で理香子に言った。しかし、それはできない相談だった。
「だって、間違ってるんだから、ちゃんと正さないと。それが親の役目でしょ?」
そこで孝はため息をついてスマホの画面を理香子に見せる。
「ほら、これ見ろよ」
それは月に関する雑学のサイトだった。月の模様はウサギが餅をついてるように見えるのが一般的だが、海外では見方が違うと書いてある。
「国が違えば、あの模様がワニやライオンに見えることだってあるんだよ。俺たちが見ているものだったり、当たり前だと思っていることがいつだって正しいってわけじゃないんだ」
理香子はまじまじと携帯の画面を見つめた。
「小百合にはあの月の模様がワニとライオンが楽しそうにしているように見えたんだ。それに正解なんてあるわけないだろ? だったら、それを受け入れてやれよ。1番大事なのは、小百合が楽しんで絵を描いてることなんだから」
孝の語気には力がこもっていた。その様子から、単に無関心なのではないとふに落ちた。孝は孝なりに、小百合のことを真剣に考え、認めているのだ。理香子は小百合に目を向けた。ガラスの向こうで、小百合は楽しそうにクレヨンを走らせている。その無我夢中な横顔に、理香子は自分がしようとしていたことの傲慢(ごうまん)さに気づかされる。
小百合のためと言いながら、一番大事な小百合の気持ちを無視してしまっていた。部屋のなかに戻り、小百合の絵をのぞき込むと、青いライオンと紫色のワニだけではなく、赤いゾウも緑色のウサギもピンクのイヌも、みんな笑顔で、月で遊んでいる。これは目で見たというよりも、小百合の願望が込められているのだろう。
「できた!」
完成した絵を両手で持って掲げた小百合の頭を、理香子はめいいっぱいなでた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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