「私たちは冬を越えられない」コメ農家に嫁いで25年目の不作…理不尽に当たってくる義母を見て思いついた「逆境を乗り越える方法」
Finasee / 2024年9月20日 17時0分
Finasee(フィナシー)
テレビから流れるバラエティー番組の笑い声がしらじらしい。カラフルなセットで楽しそうに話しているテレビのなかのタレントたちとは打って変わって、昌子たちが囲む食卓には暗く重たい空気が漂っていた。
義母の初江は不機嫌そうな表情でみそ汁をすする。夫の禮司は眉間に皺(しわ)を寄せたまま、何かを確かめるみたいに白米をかんでいる。元々、口数の多い家族ではなかったが、それでも昌子が24歳のときに嫁いできてから25年、ここまで食卓が暗いことはなかった。
理由はもちろん、米の不作だ。荻原家は代々農家をやっている家で、昌子が嫁いできたときは義父が主導で米作りを行っていた。3年前に義父が亡くなってからは、禮司が家長となり、米作りを引き継いだ。もともと大きくもうかっているわけでもなく、家計はいつも火の車だったが、昨年から続く猛暑による米の不作は昌子たちを本格的に追いつめていた。
不作の原因は高温障害。高温障害とは、稲の吸水が蒸散に追いつかず、しおれて枯れてしまう障害のことで、日中は35度、夜間も30度を超える暑い日々が長く続いたことで、稲の多くが育たなかった。いつもなら田んぼ一面に黄金の稲穂が広がっている時期だったが、今年は全体的に枯れた茶色が目立っていた。このまま収穫しても、例年の半分くらいしか米を出荷することができないだろう。
「どうするんだい。このままじゃ、私たちは冬を越えられないよ」
いら立った初江がぶぜんとした表情のまま、疑問を投げかける。
「……別に蓄えはあるんだから、今年の冬くらい越えられるよ。大げさに言うなって」
禮司は煩わしそうに答えた。義父は家のなかで絶対的な存在だった。その義父が亡くなって禮司は家長を引き継いだわけだが、義父には一切口出ししなかった初江がああでもないこうでもない、お父さんはこうやっていたなどと、禮司のやり方に口を出すようになった。それからというもの、家のなかはずっと険悪だった。
昌子はバレないようにため息を吐く。険悪な2人のあいだに割って入る権利も勇気も、昌子にはない。吐いた息は行き場なく迷子になりながら、居間の隅に追いやられていった。
酷暑による不作家の掃除をして玄関の草をむしる。掃除を始める前に回しておいた洗濯機から洗った洋服を取り出して庭に干していく。午後は車を使って町まで買い物に出なければいけない。稲作の手伝いはもちろんだが、それ以外の家事をやることもまた、昌子の仕事だった。
「何やってるの?」
鋭い声がして、昌子は干したシーツの向こう側をのぞき込む。くたびれたもんぺをはき、土と汗に汚れた初江が厳しい顔つきで立っていた。
「え? あの、洗濯物を干しているんですけど……?」
初江はいら立った様子だったが、昌子には何が怒りを買ったのか分からなかった。
「今、米がどういう状況か分かってんのかい? ただでさえ米が育ってないんだ。 これ以上、米になにかあったら全滅する可能性もあるんだよ? それなのに、あんたはどうしてそうボサッとしてられるのかね」
「……お義母(かあ)さんは何をされるおつもりですか?」
「雑草取りに決まってるだろ⁉ ちょっとでも稲を守らないといけないって気持ちがあんたにはないのかい⁉」
声を荒らげた初江に対し、昌子は内心でため息を吐く。厳しく当たってくる初江は理不尽だ。今更雑草をむしったところで稲の高温障害は治らないし、収穫高が増えることもない。そもそも田んぼには事前に除草剤をまいているから、雑草はほとんど生えていないだろう。もちろん昌子が怒鳴りつけられるいわれだってどこにもない。
だが、初江の気持ちはこの25年、間近で見てきていたからよく分かる。雨の日も風の日も、初江は熱心に田んぼと稲のことを考えて生活してきた。主導権を握っていたのは義父だったが、縁の下で家を支えていたのは間違いなく初江だ。だからこそ、酷暑なんていう理不尽な理由で、努力が台無しにされることに我慢がならないのだろう。
「……すいません、でも今日お買い物に行かないと、卵とかトイレットペーパーが切れちゃうんです。買い物から戻り次第、私も雑草取りに参加しますから」
初江はそれ以上何も言ってこず、早足で田んぼへと向かっていった。そんな初江の背中を見て、昌子はため息をつく。きっと居ても立ってもいられないのだろう。
9月も終盤だというのに嫌がらせのようにじりじりと日光を放ち続ける太陽に、無性に腹が立った。
義母が作る自家製みそ買い物の後は約束通り、雑草取りに出掛けた。しかし除草剤の効果もありノビエの姿はなく、単に田んぼを見回るだけで終わった。
改めて眺めていると、いつもはびっしりと稲穂で埋まるはずの田んぼには隙間が目立っているのがよく分かる。このまま何もできずに収穫の日を迎えないといけないのだろうか。吹いた風に揺れる枯れた稲穂のざわめきは、昌子たちを笑っているように聞こえた。
家に戻ると、香ばしい香りがした。台所をのぞき込むと、初江が仕込んでいたみそを保存容器に詰め替えていた。
「できたんですね」
荻原家のみそは初江の自家製と決まっている。何でも市販のみそよりもこちらのほうが米に合うのだという。初江のいう通り、自家製のみそはなかなかにおいしい。
「味見してみなさい」
初江がみそをすくったスプーンを差し出してくる。昌子は受け取って、なめてみる。大豆の濃厚な風味と優しい塩気が抜群だった。これは米の甘みを豊かに引き立てるだろう。みそ汁にしてもいいし、ねぎみそおにぎりにして農作業の休憩に食べるのもいい。昌子の脳裏にはいくつものレシピが浮かんだ。
「いつもいつも、すごくおいしいです」
「今回は、ほんのちょっと甘くしてみたんだ」
「たしかに、言われてみればそんな気もします」
昌子はバケツのような容器のなかに入っているみそをのぞき込んだ。その瞬間、ある考えがどこからともなく降りてきた。
「……お義母(かあ)さん、私、思いつきました。不作を乗り切る方法」
●昌子が思いついた「不作を乗り切る方法」とは? 後編【「ご先祖さまに顔向けできない」米の不作でジリ貧に…コメ農家の嫁が意地悪な姑をうならせた「逆転の発想」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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