「お母さん、何があったの?」荒れ果てた実家で高齢母が極貧生活を送っていた「切なすぎる理由」
Finasee / 2024年9月25日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
真子(44歳)は、自分の母と同じくシングルマザーの道を選び、高校生の娘・りん(17歳)を育てていた。
りんは大学受験を控えていたが、元夫からの養育費は月4万円。真子は節約しながら働き、経済的にはとても裕福とは言えなかったが、母娘2人で幸せに暮らしていた。
ある日、真子は隣県で独り暮らしをしている母・善子(68歳)が道端で熱中症で倒れ、病院に緊急搬送されたとの知らせを受ける。病院へ駆けつけた真子を待っていたのは、やつれて変わり果てた母の姿だった。
●前編:「実年齢より何歳も年をとったよう」シングルマザーの老後、しばらく会わないうちに変わり果てた母に「起こっていたこと」
お母さん、どうしてこんな生活を…?幸い善子は大事には至らず、病院で点滴治療を受けた後、数日で退院することができた。退院日当日、会社を休んだ真子は善子を実家へと連れて帰った。りんも祖母を心配してついて来たがったが、真子に説得され泣く泣く学校へと出掛けて行った。
車のなかでハンドルを握る真子は信号を待ちながら、助手席の母の顔を横目で見やる。何か声をかけようとしたが、言葉が見つからない。間もなく実家に到着した真子は、母を車から降ろし、見慣れた玄関の扉を開けた。だが、1歩足を踏み入れた瞬間、またもがくぜんとする光景が広がっていた。
かつての居心地の良さは見る影もなく、どこか暗くよどんだ空気が漂っている。ほこりっぽい匂いが鼻をつき、まるでサウナのように暑い。入院中の数日間だけでなく、相当長い間掃除や換気がされていないことが想像できた。
意を決して靴を脱いで部屋に上がると、空気の汚れに思わずむせ返りそうになる。家具の表面には白いほこりがうっすらと積もり、まるで時が止まってしまったかのように感じられた。
すべては娘と孫のため「……お母さん、ずっと掃除してなかったの?」
真子は静かに母に問いかけたが、答えはすぐには返ってこなかった。しばらくして善子は少し困ったような表情を浮かべながら、小さな声で答えた。
「ええ……そうね。最近ちょっと疲れやすくなってしまって、なかなか手がつけられなかったのよ」
きれい好きだった母が部屋の掃除もできないほど弱りきっていたことに、なぜもっと早く気づかなかったのか。真子は後悔とともに、強い罪悪感にさいなまれた。
善子を居間の座椅子に座らせると、真子はキッチンへと歩みを進め、冷蔵庫の扉を開けた。家事のままならない善子のために、食事でも作っておこうと思ったのだ。だが、真子は冷蔵庫の中身を見て、再びショックを受けた。冷蔵庫はほとんど空っぽで、わずかに残っていたのは古くなった食材ばかり。まだ暑さはしぶとく続いているにも関わらず、麦茶さえ入っていなかった。これでは熱中症で倒れるのも当然だ。
「お母さん、どうしてこんな生活を……? 困ってるなら、どうして私に言ってくれなかったの?」
真子の声には、つい母を責めるような響きが含まれてしまった。善子は少しうつむき加減で、答えに困っているようだったが、やがて、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「あなたとりんに余計な負担をかけたくなかったの。だけど……少し無理をしてしまったかもしれないわね」
それからぽつりぽつりと語られた内容に、真子は胸が締め付けられる思いがした。
真子たちと離れて暮らす善子は、1人で極端な節約生活を送っていた。夏の炎天下でもエアコンをつけず、食費を抑えるためほとんど買い物にも行かない。辛うじて口にする食事も、一汁一菜の質素なものだったという。
善子の壮絶な生活を聞いた真子は、がくぜんとした。実家は持ち家だから家賃負担はないし、68歳の善子は亡くなった夫の遺族年金を受け取っているはずだ。自分の年金と合わせれば、普通に生活していくことはできるだろう。真子には、善子がそこまで生活水準を落とさなくてはならない理由が分からなかった。
「どうしてそこまで切り詰めてたの……? 2人分の年金と、お父さんの保険金もあるのに……」
「うーん、それはそうなんだけど……」
口ごもった善子を問い詰めると、真子の想像以上に厳しい現実が明らかになった。夫の死後、善子がもらっていた年金は自分の分と合わせても総額11万円程度。善子の生活は、生活費だけでいっぱいいっぱいだったのだ。
「相談してよ……」
頭を抱えてつぶやいた真子に、善子は首を横に振る。
「ダメよ、そんなの。それに、あたしのことなんかより、あなたたちの将来のために、少しでも財産を残しておきたかったのよ。1人で子供を育てる大変さは誰より分かってるつもりだから……」
「だから、お父さんの保険金にも手をつけなかったの……? 私たちのために……?」
善子は極限まで自分の生活を削って、娘と孫のために尽くしていたのだ。真子はその事実に打ちのめされると同時に、母の偉大さを改めて実感した。
「お母さん、私たちのためにそこまで無理しないでほしい。これからは、私たちが支える番だから。だから、もう1人で頑張らないで…….お願い」
真子は母を抱きしめた。頼りがいのあった背中はやせ細り骨ばっていた。
家族3人で助け合うこと朝、布団のなかで目を覚ました真子は、目覚まし時計の時間を見て青ざめる。7時15分。弁当も朝ごはんも、何一つ準備していない。飛び起きようとした瞬間、キッチンのほうからみそ汁のいい匂いとともに、張りのある声が聞こえてくる。
「2人ともー! 朝ごはんができたわよー!」
真子は安堵の息を吐く。キッチンへ顔を出せば、エプロン姿の善子がみそ汁とご飯をよそっていた。
あれから真子は実家を売り、善子とりんと3人で暮らすことにした。引っ越してきた善子は目に見えて心身の健康を取り戻していった。今では家計の足しになればと言いだして近所のスーパーで短時間のパートをしている。りんも献立のバリエーションが増えたと喜んでいた。
「おはよう、お母さん。ごめんね、作らせちゃって」
「いいのいいの。年寄りは早くに目が覚めちゃうんだから。ほら、遅刻するから早く食べちゃいなさい」
真子が席につくと、遅れてりんも起きてくる。3人はそれぞれに席に着き、両手を合わせて食事を始める。りんはご飯とみそ汁を交互に、あわただしく食べている。
「もう、りんちゃん。そんなに焦らなくてもいいのに」
今思えば、無理をしていたのは善子だけではなかったのだろうと思う。1人で抱え込まずに助け合う。そうやってもっと気楽に、肩の荷を下ろして生きればよかったのだ。
真子は懐かしい味をかみしめながら、壁にかかる時計で時間を確認した。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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