浮気した元夫を見返してやりたい…泣きじゃくる娘に教えられた「1番大事なこと」
Finasee / 2024年10月9日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
シングルマザーの康子(40歳)は、娘の李菜(5歳)の保育園の運動会に参加する。これまで仕事の都合でなかなか行くことができなかったので、康子は早起きして弁当を作って準備していた。
当日は康子の両親も一緒に運動会を観覧しながら、カメラを回して李菜を撮り続けた。午後の部では、康子は保護者参加の障害物リレーに参加する。周囲は父親だらけだったが、「女だからってなめられてたまるか」と気合を入れる康子だった。
しかし気合が入りすぎたせいか、ラストスパートで全力疾走をした康子は、最後のカーブの所で転倒してしまった……。
●前編:夫の浮気で離婚…“男には負けたくない”と気合を入れすぎたシンママの「痛すぎる運動会」
変色した足首もつれた足に引っ掛かったのだと、康子が理解したのは、地面に倒れた後だった。遠くで悲鳴のような声が聞こえてきて、転んだことに気がついた。
すぐに立ち上がろうとするが、足首に激痛が走る。競り合っていた若い父親はもうとっくに次の走者へバトンを渡しているし、立ち上がった康子の横を後続のランナーがあっという間に追い抜いていった。
痛みをこらえて歯を食いしばり、康子は何とかバトンを次の走者に渡したが、結果は最下位だった。
康子は邪魔にならない場所へ移動し、座り込む。かっこ悪いところを李菜に見せてしまった。リレーが終わったら、李菜に何て声をかけようか。李菜への言葉を考えていると、足首がジンジンと痛くなる。患部も見ようとゆっくり靴を脱いで、靴下を下ろした。
「え……」
足首がどす黒く変色していて、腫れ上がっていた。じっと痛みを堪えている康子の様子に、周りの保護者が気付いて声をかけてくる。すぐに保育士がやってきて、康子は救護室に連れていかれた。
李菜の運動会を邪魔したくない康子を連れてきた保育士がすぐに応急処置をしてくれた。そして、念のため病院へ行くように勧めた。
「痛みが治まるまではしばらくはこちらで休んだほうがいいです」
リレーが終わった後は、玉入れが行われる。当然、玉入れにも李菜は参加するので、早く運動場に戻りたかった。しかし、足首の痛みはまだ治まる様子はなかった。
保育士が康子に声をかける。
「今から、李菜ちゃん、連れてきますね」
しかし、康子は唇をかんで、首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。あの子はまだ参加する競技が残ってますし」
「でも……」
「全然気にしないでください。あの子、今日の運動会を楽しみにしていたので」
康子は無理やり笑顔を作った。もちろん、正直な気持ちだ。それに、情けない自分の姿を李菜に見せたくないという気持ちもあった。
「……痛みが治まるまでは無理しない方がいいですよね?」
康子が質問すると、保育士は困ったような笑顔を見せる。
「そうですね……。今日はお一人ですか?」
「いえ、両親も一緒です」
「でしたら、ご両親に撮影をしてもらうのがいいと思いますよ。もちろん、ここからでも見えますけど、距離がありますからね」
本当はそんな指示は無視して、運動場に行きたかった。ただ、無理をすると結局保育園側に迷惑をかけることになってしまうだろう。それに、明日の仕事にも影響が出る可能性もある。
「……はい、分かりました。ご迷惑をおかけします」
康子がそう言うと、保育士は安堵した顔で救護室を出て行った。
ママがいなくなっちゃった誰もいなくなったあと、康子はボーッと運動場を眺めていた。障害物リレーが終わり、その次は玉入れが始まるらしい。子供たちが設置されたかごの周りに並んでいる。あの中に李菜もいるのだろうが、やはり距離があってよく見えなかった。
李菜を探して首を伸ばしていると、救護室のドアが勢いよく開いた。振り返るとそこには両親と李菜の姿があった。
「ママぁぁぁぁ!」
康子の姿を見た途端に、李菜が抱きついてきた。患部をかばいながら、康子は李菜を抱きとめて頭をなでる。驚いた康子は両親を見上げる。
「どうして?」
母は困ったように頰に手を当てた。
「あなたが転んだあとからね、ママがいなくなっちゃったって泣き出したのよ。治療をしているだけだと言ったんだけどね、全然聞いてくれなくて」
「突然、お前が倒れてどこかに行ったから、不安になったんだろう」
父の言葉に康子はハッとする。
「私がいなくなると、1人になっちゃうから……?」
当然、李菜は何も返してこない。李菜だってどうしてそう思ったのか言語化はできてないと思う。ただ突然、いなくなった康子を見て、えも言われぬ不安を覚えたに違いない。
康子は毎日、仕事を頑張っていた。新しい職場で結果を残せば、高い給料がもらえる。出世をすれば良い暮らしができる。そうやって、他の女と浮気した元夫を見返そうとしていた。
リレーのときだって同じだった。李菜に見てもらいたいという気持ちだったはずなのに、いつの間にか男に負けてたまるかという気持ちになっていた。だから、無理をしてけがをしてしまったのだ。
「……ごめんね」
康子は李菜の気持ちを考えられていなかった。突然、父親と離れ離れになった。それだけでなく、康子は毎日のように残業で帰りが遅くなり、一緒に過ごせる時間が極端に減った。康子は両親に李菜を預けていたが、それで十分なはずがなかった。
康子は、李菜の気持ちに気付いてあげられなかった自分を反省する。李菜を幸せにするということを目標にしているつもりだった。だが、いつの間にか間違えていた。李菜を幸せにすることで、元夫を見返してやるという気持ちばかりが先行していた。
「先生に相談したら、もう、午後の競技はお休みしていいってことだから」
「分かった」
康子がうなずくと、気を遣ってくれた両親は救護室を出て行った。康子は李菜を抱きかかえ、太ももの上にのせる。李菜は少しだけ落ち着いたのか、スンスンと鼻をすすっている。康子は李菜の背中をなでてあげる。
「心配かけてゴメンね」
李菜は首を横に振った。
閉会式の時だけ、李菜は運動場に戻ったが、終わるとまたすぐに保育士に連れられて救護室に戻ってきた。帰るころには痛みも引いていて、多少は歩けるようになっていた。呼んでおいたタクシーに乗り込んで、李菜に目を向ける。
「ごめんね。せっかくの運動会だったのに、お母さん、台無しにしちゃった」
「ううん。お母さんが転んじゃったのはびっくりしたけど、とっても楽しかったよ!」
うれしそうに目尻を垂れる李菜の頭を康子はなでる。大切なのはこれだった、と康子は改めて思った。
李菜が笑って過ごせることが1番大事だった。そんなことも分からなくなってしまうくらい、自分は何も見えていなかったんだと思うと恥ずかしい気持ちになる。
かけがえのない時間康子はそれまでの働き方を変えることにした。もともと手際はいいほうだったから、仕事を抱え込みすぎさえしなければ、定時近くで上がることができた。もちろん上司にもその旨は相談し、職場の皆も快く協力してくれたことが大きかった。
今では毎日、李菜を迎えに行くことができるようになった。
「李菜、お待たせ」
教室に顔を出すと気付いた李菜が駆け寄ってくる。
「ママ、遅いよ~」
文句を言いながらも笑っているのがとてもかわいい。
手をつないで家までの道を歩く。道中では保育園で起こったことを李菜が話してくれる。楽しかったこと、面白かったこと、うれしかったこと。ついこの前までの康子なら、きっと気づくことができなかった李菜の成長を感じることができる時間だった。
仕事も育児も、誰かと比べたり、誰かに勝とうなんて思いが間違ってると分かった。李菜の幸せのためにやれることに全力を尽くす。それが、自分のやるべきことだとようやく気付いた。
「ねぇ、今日は商店街のお肉屋さんで唐揚げ買って帰ろうか」
「え、ほんと⁉ やったーっ!」
康子は李菜を抱き上げる。健やかに育つ、この世で最もいとしい重みを両腕に感じていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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