国も“デジタル小作人”? 日本の頭脳流出による「デジタル赤字」の正体に迫る
Finasee / 2024年9月27日 18時0分
Finasee(フィナシー)
中央銀行の金利政策が発表されると、SNSで瞬く間に情報が広がる時代。オールカントリーやS&P500のインデックスファンドも外貨建て資産のため保有している人の中には、FRBや日銀の一挙手一投足が気になる人もいるかもしれません。
そんななか、1冊の本が話題となっています。みずほ銀行チーフ マーケット・エコノミストの唐鎌 大輔氏の『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』です。
為替は金利だけでは決まりません。長期的な通貨の需給は、結局のところ様々な国際取引の積み重ねです。唐鎌氏は日本の国際収支を丹念に分析し、歴史的な円安の背景を解き明かそうとしています。(全4回の2回目)
●第1回:為替は金利差だけでは決まらない。虎の子「インバウンド黒字」を飲み込む「新時代の赤字」
※本稿は、唐鎌大輔著『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日本経済新聞出版)の一部を抜粋・再編集したものです。本稿の情報は、書籍発売(2024年7月時点)に基づいています。
デジタル赤字は10年で2倍、四半世紀で6倍にインバウンドの稼ぎを掻き消す赤字「その他サービス収支」とは何か。
その構成項目は多岐にわたる。図表1-6に示すように、まず「知的財産権等使用料」の黒字を除けば全て赤字項目である。
そして、各赤字項目の性質も多種多様だ。近年、新聞紙面で頻繁に報じられるようになっているのが「通信・コンピューター・情報サービス」で、2022年は▲1兆4993億円、2023年は▲1兆6149億円の赤字だった。2014年が▲8879億円だったので、10年で赤字額が約2倍に膨れ上がったことになる。
ちなみに遡及可能な1999年では▲2668億円だったので、そこから約四半世紀で約6倍に赤字が膨らんだことになる。「通信・コンピューター・情報サービス」はいわゆるGAFAMに象徴される米国の巨大IT企業が提供するプラットフォームサービスなどへの支払いを反映することで知られており、別名「デジタル赤字」というキャッチーな呼び名が2023年以降、メディアでは盛んに使われるようになっている。具体的にこれはどういった取引を含むのか。
例えば、日本では政府の共通クラウド基盤「ガバメントクラウド」においてもアマゾンのAWS(AmazonWebServices)、グーグルのGCP(GoogleCloudPlatform)、マイクロソフトのAzure、オラクルのOCI(OracleCloudInfrastructure)の4事業者が採用されており、2023年11月にさくらインターネット株式会社の「さくらのクラウド」が初めて国産クラウドとして採用されたことが話題になった。
海外企業のサービスを利用すれば当然、外貨の支払が必要になり、それは円売り圧力に直結する。こうした動きは企業や個人でも体感しているはずであり、例えばiPhoneのクラウドストレージに月額課金すれば、やはりドル買い・円売りに加担していることになる。
本書執筆時点であれば、50GBで130円、200GBで400円といった料金体系が「iCloud+」として用意されている。ほかにも、米OpenAI社の人工知能(AI)チャットボットであるChatGPTなどへの課金も「通信・コンピューター・情報サービス」に入ると見られる。例を挙げれば枚挙に暇がなく、その数は今後、年々増えていくと予想される。こうした項目に関するサービス取引について赤字が膨らんでると聞いて、日常生活の実体験から強く共感する向きは多いのではないかと思う。
外資系コンサルブームも「新時代の赤字」に寄与ちなみに、その他サービス収支の赤字はこうした「通信・コンピューター・情報サービス」だけに起因するものではない。そのほか「専門・経営コンサルティングサービス」の赤字も2022年は▲1兆6313億円、2023年は▲2兆1246億円と「通信・コンピューター・情報サービス」よりも大きな赤字を記録している。
「専門・経営コンサルティングサービス」は広告取引や世論調査などにかかる費用が計上されたりする項目であり、当然、インターネット広告を売買する取引などもここに含まれてくる。この意味で「専門・経営コンサルティングサービス」もデジタル赤字の色合いを含んだ項目である。
しかし、項目名が示す通り、外資系コンサルティング企業の日本における取引も多分に反映している。多くの読者が知る通り、近年の日本では大学卒業後、外資系コンサルティング企業へ新卒で就職したり、もしくは転職したりするケースが増えている。筆者の周りでも業種問わず外資系コンサルティング企業に転職したという話は非常に多く、一種のブームのような機運も感じる(もちろん、ブームだと一過性で終わってしまうため、表現としては適切ではないかもしれない)。
ここで重要なことは、それだけ外資系コンサルティング企業の事業拡大が日本で図られているという事実だ。外資系企業である以上、日本で計上した売上・利益の一部は本国へ送金される。日本人(≒日本企業)から見ればサービスの対価として外貨を支払っていることになるため、彼らの事業活動が日本で活発化するほど、それは円売り圧力に直結すると考えるのが自然だ。
こうしたコンサルティングサービスに関する取引だけを切り出すことはできないが、「専門・経営コンサルティングサービス」の赤字は「全てがデジタルではない」という知識は持っておいた方が良い。デジタル赤字というフレーズが流行する中で、さほど知見を持たない識者がこれを乱用するケースも多々見られており、ミスリーディングな議論も見受けられるため、正しい知識と共に読み解くことを推奨したい。
頭脳流出を象徴する研究開発サービスの赤字さらに「研究開発サービス」も2022年に▲1兆7252億円、2023年は▲1兆6779億円の赤字となっており「通信・コンピューター・情報サービス」や「専門・経営コンサルティングサービス」と匹敵する赤字を記録している。なお、2022年の赤字は過去最大であった。
「研究開発サービス」は文字通り、研究開発に関するサービス取引のほか、研究開発の成果である産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権)の売買などを計上する。日本の貿易収支黒字が減少し始めた頃、「モノを作って売るといった経済活動は海外に移るが、研究開発のような付加価値の高い経済活動は日本に残る(だから心配ない)」という論調があった。
しかし、残念ながら貿易収支は赤字が慢性化し、研究開発関連のサービスに関しても海外への支払いが膨らんでいる現実がある。こうした状況を映すデータは数多いが、例えば、日本おける民間部門の研究者数は全く伸びておらず、これが諸外国対比で見ても異様な状態であることは既に文部科学省の報告書などで指摘されている(下記、図表1-7)。
頭脳流出とも形容できる現状に関し、日本政府としても無策であって良いはずがなく、歯止めをかけようという動きも見られ始めてはいる。
このほか「技術・貿易関連・その他業務サービス」も2022年は▲9900億円、2023年は▲7903億円と▲1兆円の大台に迫る赤字を記録している。これは建築、工学等の技術サービス、農業、鉱業サービス、オペレーショナルリースサービス、貿易関連サービスなどを含むとされ、石油や天然ガス等の探鉱・採掘などの売買が計上されているという。具体的には資源の権益売買などが計上されるというが、分類の判然としない取引がここに集約される傾向も指摘されており、実情はよく分からないという方が正確である。
●第3回は【経産省の“慧眼” 「デジタル赤字」を石油にたとえれば、日本の新たな危機が腑に落ちる】です。(9月28日に配信予定)
弱い円の正体 仮面の黒字国・日本著者名 唐鎌 大輔
発行元 日経BP 日本経済新聞出版
価格 1,100円(税込)
唐鎌 大輔/みずほ銀行 チーフ マーケット・エコノミスト
2004年、慶応義塾大学経済学部卒業後、JETRO入構、「貿易投資白書」の執筆などを務める。06年、日本経済研究センターへ出向(日本経済の短期予測などを担当)。07年から欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、年2回公表されるEU経済見通しの作成などに携わる。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。財務省「国際収支に関する懇談会」委員(24年3月~)。著書に『「強い円」はどこへ行ったのか』(22年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(21年12月)(いずれも日本経済新聞出版)など多数。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』や日経CNBC『昼エクスプレス』のコメンテーターなど。連載:ロイター、東洋経済オンライン、ダイヤモンドオンラインなど多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。
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