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「条件付き運航で…」楽しみだった新婚旅行が一転、夫婦を襲った「秋台風の試練」

Finasee / 2024年9月27日 17時0分

「条件付き運航で…」楽しみだった新婚旅行が一転、夫婦を襲った「秋台風の試練」

Finasee(フィナシー)

「本当に大丈夫かな……」

夏芽は搭乗ゲート前の椅子に腰掛けながら、不安げに手元のスマホをのぞき込んでいた。表示されているのは、新婚旅行の目的地である沖縄のライブカメラ映像だ。画面の向こうでは灰色の雲が低く垂れ込めている。風の強さを示す旗は激しく揺れており、水平線からは白い波が次々と海岸へ押し寄せている。画面下のテロップは大型台風の影響を警戒した注意喚起が流れていた。

「大丈夫だよ、夏芽」

隣に座る夫の敦也が、夏芽の肩に優しく手を置いた。

「天気予報も午後には晴れるって言ってたし」

「そうだけど……」

敦也は気楽そうにほほ笑んでいるが、夏芽は気が気ではない。元々の予報では台風は夏芽たちの出発前に沖縄を過ぎ去っている予定だった。台風一過で快晴だと、2人でのんきなことを思っていたはずが、台風はいまだ沖縄本島周辺に居座っている。このままでは楽しみにしていた新婚旅行が台無しになってしまうかもしれない。そう思うと不安で仕方がなかった。

ようやくまとまった休みを取ることができた夏芽たちは、シルバーウィークを使って沖縄へ新婚旅行に出掛ける予定を立てた。人生初体験のダイビングは、夏芽が最も楽しみにしている予定の1つだった。

「せっかくの新婚旅行なんだから楽しまないとさ。沖縄に着いたら、きれいな海が待ってるし、おいしいものもたくさんあるんだから」

「うん、そうだよね……」

夏芽は笑みを返そうとしたが、まだ不安は消えなかった。昔から心配性で、ついつい物事を悪い方向に考えてしまう癖がある。そのせいで旅行の計画を立てるのも一苦労だった。旅先で財布を盗まれてしまうかもしれない。ロストバゲージが起きる可能性もある。知らない土地で敦也とはぐれて迷子になったり、万が一急病になったりした場合はどうすればいいのか。そんな不安が一度浮かんでしまうと、止まらなくなるのだ。

当初、新婚旅行は思い切ってハワイにでも行こうかと話していたが、夏芽が長時間のフライトや現地でのトラブルをひどく怖がったため、結局行き先は沖縄ということで落ち着いた。だが、国内旅行だからといって、夏芽の心配がなくなるわけではなかった。

大型台風の接近――それが今の夏芽にとって、目下の心配事だった。どうしてよりによってこのタイミングなのだろうか。ダイビングは無事にできるだろうか。海は荒れてないだろうか。そもそも飛行機は安全に飛べるのだろうか。次々に浮かんでくる不安は、夏芽の皮膚の内側にこびりついた。

「夏芽、俺がついてるから大丈夫だよ。ほら、何といっても強運の男だからさ。俺がいれば、悪いことなんて起こらないよ」

敦也は冗談っぽく笑った。そのおどけた様子に、夏芽はようやく肩の力を抜いて表情を和らげることができた。数か月前に挙げた結婚式の日も、梅雨時期にも関わらず、天気予報に反して見事な快晴となったことを思い出した。そのときも敦也は、「俺は強運の晴れ男だから」と得意げに笑っていた。敦也に大丈夫と言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議だった。

「それにさ、台風は動いてるんだろ? 俺たちが着くころには入れ違いになってるよ」

「ありがとう、敦也」

夏芽が小さな声で答えると、敦也は大きくうなずき、つないだ手をしっかりと握り直した。

「沖縄に着いたら、シークワーサージュース飲みたいなぁ」

夏芽は、夫の言葉に勇気づけられ、もう一度沖縄のライブ映像を見た。相変わらず暗い雲が立ち込めていたが、さっきよりも心なしか明るくなっているような気がした。

条件付き運航での新婚旅行

夏芽の神経質な心配とは裏腹に、航空会社は飛行機が到着するころには台風が通り過ぎていると判断したらしく、飛行機は「条件付き運航」で飛び立った。

条件付き運航というのは、離陸はするものの、悪天候などの影響で出発空港に引き返したり、別空港に着陸したりする可能性を含んで運航することで、もしもの場合は振替手段の案内やチケットの払い戻しなどができる。とはいえ、条件付き運航により目的地以外の空港に降りることになる確率はかなり低いらしく、機内サービスのドリンクを飲みながら持参したスナックをつまんだりしていると、夏芽は先ほどまでの心配事などすっかり忘れてしまった。窓の外には美しいコントラストを織りなす雲海と青空が広がっている。

「ほらな、大丈夫だって言っただろ? 晴れ男の実力を見たか」

「もう、雲の上にいるんだから、晴れてるのは当たり前でしょ」

夏芽は笑顔で突っ込みを入れながらも、内心本当に敦也のおかげで物事が良い方向に向かっているような気がしていた。軽口をたたき合いながらガイドブックを開き、沖縄でやりたいことや食べたいものについてあれこれ話し合った。周りの乗客たちも、それぞれにリラックスした様子で空の旅を楽しんでいるようだった。

「そろそろ到着しても良いころなのにな」

ふいに腕時計を見た敦也がつぶやいた。時計の針はもうとっくに沖縄が見えてもいい時刻を指していたが、飛行機はいまだ雲の上にいる。

夏芽のなかで、一度は忘れかけていた不安が再び膨らんでいく。

突如として緊張が走る機内

「ママ見て! お空に穴が空いてる!」

前の座席のほうから、子どもの無邪気な声が響いた。夏芽が窓の外をのぞき込むと、真っすぐに伸びた翼のはるか先に、分厚そうな白い雲がとぐろを巻き、その中心に大きな穴が空いているのが見えた。

緊張感の走る機内に、場違いに穏やかなアナウンスのお知らせ音が響く。乗客は息をのんで続く言葉に耳を傾けた。

『当機をご利用の皆さま、機長よりご案内申し上げます。ただいま大型台風による強風の影響で、那覇空港への着陸ができない状況となっております』

夏芽は思わず敦也と顔を見合わせた。どうやら航空会社のもくろみは外れたらしい。空にとどまっているのは、当初出されていた予報よりも長く沖縄上空に居座る台風の影響だった。

『お客さまの安全を最優先に考え、引き続き状況を確認しながら対応してまいります。皆さまには、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます』

機長からの説明が終わると、乗客たちからは口々に不満の声が上がり、あちこちで落胆のため息が漏れた。もちろん夏芽のため息を吐いたうちの1人だ。窓の外はこんなにも穏やかなのに、雲の下では雨風が吹き荒れているのだろう。夏芽はぎゅっと目を閉じて、早く台風が通り過ぎて、何事もなく着陸できることを祈った。しかし、いつまで待っても、飛行機は雲の上から高度を下げることはなかった。

「この様子じゃ沖縄にいつ着けるか分からないな。チェックインは大丈夫だろうけど、取りあえず、今日入れてた予定どうしようか」

敦也の声には、珍しく不安と若干のいら立ちが混ざっている。機内にも不安といら立ちがはびこっていた。やがて、機内の重苦しい空気に押しつぶされたように、後方の座席から子どもの泣き声が響いた。子どもはまるで世界の終わりのように、喉を引きちぎらんと泣き叫んだ。

「……うっせえな」

露骨な舌打ちを鳴らして、通路を挟んで隣りの席に座っていた男がつぶやく。子どもをなだめている母親は男やその周囲にまで頭を下げる。夏芽は目を閉じて、やり過ごそうと思った。頭のなかをおいしい沖縄料理のことで埋め尽くそうとした。

「――いつまでこんな状態なんだ! いい加減にしろ!」

突如として、怒声が響いた。思わず目を開けて振り返れば、反対側の窓際の席でスーツ姿の男が怒りのけんまくで席から立ち上がっていた。泣きやみかけていた子どもが再び大声で泣きわめく。

悲惨な機内の様子に、夏芽の不安は頂点に達していた。

●台風は過ぎ去ってくれるのか。夏芽たちの新婚旅行はどうなる……? 後編機内に飛び交う怒号、泣き出す子供…6時間の立ち往生の末に「新婚夫婦が出した答え」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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