機内に飛び交う怒号、泣き出す子供…6時間の立ち往生の末に「新婚夫婦が出した答え」
Finasee / 2024年9月27日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
夏芽(29歳)は夫の敦也(32歳)と、シルバーウィークに予定していた沖縄への新婚旅行に旅立つため羽田空港に居た。大型台風の影響で「条件付き運航」での離陸となった。
航空会社のもくろみ通りであれば問題なく那覇空港へ着陸できたはずが、到着予定時刻を過ぎても機上のまま、当初の予報よりも長く沖縄上空付近にとどまっている台風の影響で、強風のため那覇空港に着陸できない状態が続いていた。
機内では小さな子供が泣き出し、サラリーマン風の男は怒り出し、緊張状態が続くが、上空での立ち往生は続いたままだった。
●前編:「条件付き運航で…」楽しみだった新婚旅行が一転、夫婦を襲った「秋台風の試練」
緊張状態が続く機内でサラリーマン風の男の怒号でさらに子供の泣き声が激しくなるなか、キャビンアテンダントが急いで男のもとへ駆け寄った。
「お客さま、申し訳ございません。ですがどうかお座りください。安全のために、シートベルトをお締めいただきますようお願いいたします」
「じゃあ早く下ろしてくれよ! こっちは大事な商談があるんだよ! いいか、2億。2億の商談だ。あんたにその責任が取れんのか?」
騒いだところで飛行機は着陸できない。乗客全員がそのことを分かっているはずなのに、矛先のないいら立ちや不安が機内を満たしていた。
その後もサラリーマンの男は永遠に思えるほど長く――実際は20分近くごねていたが、キャビンアテンダントは毅然(きぜん)とした態度で彼に立ち向かい続けた。最終的に「機長権限で危険な乗客を拘束することができる」と説明されると、男は渋々指示に従い、ぶつくさ悪態をつぶやきながら自分の席に腰を下ろした。
しかし、キャビンアテンダントの冷静な対応も機内に深く根を張ってしまった不安を和らげるには至らない。
「長いな……」
敦也が独り言のようにポツリとつぶやく。その声は疲れ切っていて、どこか諦めも混ざっている。
「本当にね……」
夏芽も同じ気持ちだった。本当ならば3時間弱で到着するはずの飛行機に、もうかれこれ6時間も缶詰にされていた。機内の空気はひどくよどんでいて、疲れ切った乗客からは不満の声すらも上がらなくなっていった。
『――皆さまにお知らせします。現在、那覇の天候は回復しておらず、強風が続いております。乗務員一同、着陸の方法を検討してきましたが、いまだに見通しが立っておりません。帰りの燃料の都合もあることから、当機はこれより関西国際空港へ着陸いたします。悪天候のなかお待たせして大変申し訳ございませんでした』
機長の言葉が、乗客たちにどれほどの失望をもたらしたかは言うまでもなかった。機長から告げられた瞬間、機内には数百名分のため息と怒号が響き渡った。
恐れていたことが起きてしまった。夏芽は心臓が締め付けられるような息苦しさを感じた。これで新婚旅行は台無しだ。
「ま、まあ……こういうトラブルも旅行の醍醐味(だいごみ)だよな。無事に地上に戻れるだけでも良しとしよう」
敦也はそう言って苦笑いを浮かべたが、それは自分に言い聞かせているようでもあった。
羽田へは戻らず那覇への着陸を断念して関空へ着陸すると決まってからは、あっという間だった。2時間弱で飛行機は無事に関空に着陸した。機内では乗客たちから安堵や不満など、さまざまな声が漏れていた。
航空会社は、便の振り替えや、東京方面へ戻るための新幹線や宿泊代を全額負担してくれるそうで、すでに長時間にわたる想定外のフライトで疲れ果てていた夏芽たちは、羽田へ戻る振り替え便を待たずに、降り立った大阪で宿を取ることにした。
預けていたキャリーバッグを受け取ると、すでにいつもの調子を取り戻した敦也が話しかけてくる。
「ねぇ、夏芽って大阪に来たのは初めてだよね? せっかくだからもう、大阪を満喫しようぜ」
「……そうだね。疲れちゃったし、なんかおいしいもの食べたい」
「前に大阪勤務だったときによく通ってた、いい店があるんだよ」
敦也はニッコリと笑って言った。
どんなことも乗り越えられる夏芽たちは航空会社が用意したホテルにチェックインを済ませた後、敦也に連れられて串カツの名店へと足を運んだ。のれんをくぐって店内に足を踏み入れた瞬間、食欲をそそる香ばしい油とソースの匂い、あちこちから聞こえるにぎやかな笑い声が夏芽たちを包み込む。店員たちが話す関西弁も、どこか懐かしく心地よいものに感じられた。
敦也は夏芽を伴ってカウンターに座り、慣れた様子で次々と串カツを注文した。
「ほら、夏芽も熱いうちに食べてごらん。ビールと相性バツグンなんだよ。あ、ソースの2度漬けは禁止やで~、なんてね」
「ありがと、いただきます」
敦也と一緒に揚げたての串カツを口に運び、冷えたビールで喉を潤す。疲れたからだに染みたのか、思わず笑みがこぼれた。
「……おいしい」
「だろ? 大阪に来たらこれ食べないと始まらないんだよ」
敦也は早くも半分ほど中身の減ったビールジョッキを片手に、得意げな顔で笑う。
「ようやく笑った。いろいろあったけど、せっかくなんだから楽しもうぜ」
「うん、ありがとう」
おいしい串カツを頰張って、冷たいビールを飲んだ。楽しげな敦也を見ているうちに、夏芽は先ほどまでの緊張や疲労、何より沖縄へ行けなかった後悔と失望が少しずつ消えていくのを感じていた。
おなかいっぱいで店を出るころには、アルコールの力も相まって、気分もかなり良くなっていた。ストレスで胃が痛くなるようなフライトが、もうずいぶんと昔のことにすら思えた。
「敦也、今日はありがとうね」
夏芽は自分の隣を歩く敦也の腕を取ってつぶやいた。
「全然。夏芽と大阪に来れて最高だよ。これからもいろいろあるだろうけど、俺たちなら大丈夫。今日みたいな日を楽しめたんだから、きっとどんなことも乗り越えられるよ」
敦也はドラマに出てきそうなくさいセリフを何食わぬ顔で言ってのけた。普段だったら照れくさくなって、「ベタすぎる」と笑って突っ込んでいたはずだが、夏芽はちゃかさなかった。
「そうだね。私たちなら大丈夫」
夏芽は力強くうなずくと、ホテルまでの道のりを敦也と並んで歩いた。たとえ困難な道でも、この人と一緒なら大丈夫。
つないだ手は力強く、街の明かりは温かかった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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