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「もっと早く来ていれば…」変わり果てた父と後悔する息子の間に起こった「信じられない奇跡」

Finasee / 2024年9月30日 17時0分

「もっと早く来ていれば…」変わり果てた父と後悔する息子の間に起こった「信じられない奇跡」

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

和寿(52歳)は、息子・晴樹(25歳)の結婚式の日、「今まで育ててくれてありがとう」と感謝の言葉をかけられる。幸せそうな姿にうれしくなり、父として息子へ祝いの言葉をかけた。

和寿自身の結婚は父に祝福してもらえなかった。実家は地方の地主家系で、見合い相手を無視して駆け落ち同然で妻と結婚したせいで、父は結婚式にも出席しなかったのだ。以来、父とは疎遠のままだった。

そんな父も現在は、認知症を患い老人ホームに入居していた。息子の結婚式で親子の絆を意識したせいか、ずっと会っていない父が今どうしているか気になったところ、妻の提案もあって、約30年ぶりに父に会いに行くことになった。

●前編:「30年来会っていない」結婚を反対され駆け落ち…今は老人ホームにいる父へ向けた「後悔しないための決断」

押し寄せる「もしもあの時」

家族連れが弾んだ笑顔で新幹線が来るのを待っている。その列の最後尾で、和寿は緊張しながら立っていた。

「顔怖いから。子どもがびっくりしちゃうでしょ」

実里はあきれた様子でため息を吐いている。だが、和寿には表情を緩めるような余裕はなかった。

シルバーウィークの3連休。敬老の日に合わせるのはあまりにも狙っているようで嫌だったので、土曜日の朝、実家に戻るための新幹線のチケットを取った。和寿は日帰りでいいと言ったが、実里は翌日観光したいところがあると言って聞かず、出張用に買っていた小さなスーツケースを引いている。新幹線が到着し、乗り込んだ和寿たちは指定席に腰かけた。

「……おやじとは話さなくていいからな?」

「またそれ? 私だってあいさつくらいさせてよ」

幸三の性格を和寿はよく分かっている。自分の思い通りにならないとすぐにかんしゃくを起こすのだ。思い通りにならなかった息子と、その息子をたぶらかした嫁。そんな2人が目の前に現れたら、どんな罵声を浴びせられるか分かったものではない。怒鳴られるのは自分だけで良い。実里は何一つ悪くないのだから。

新幹線は出発し、あっという間に幸三へと近づいていく。和寿は流れる景色を眺めながら、どうすればよかったのかと考えていた。縁談の話を持ちかけられたとき、しっかりと実里の存在を伝え、結婚を認めてもらえれば、幸三も結婚式に来てくれたかもしれない。そうすれば、こんなにも長い間、会わないような関係にはならずに済んだかもしれない。孫の顔も見られないことを幸三はどう思っているのだろうか。大して気にしてないのだろうか、それとも寂しいと思っているのだろうか。

考えても答えは出ず、代わりにすり寄ってきた睡魔が和寿の意識を絡め取っていった。

もっと早く来ていれば…

新幹線が目的地に着いたのは3時間後のことだった。駅からタクシーに乗って老人ホームへ直接向かった。幸三が生活をしている老人ホームは、まるでマンションのような外観をしていた。

「すごいところね……。老人ホームってこんな感じなんだ。うちの親もこういうところに入るのかな」

「まあ、実里のご両親はまだまだ元気だし、先のことだろうな」

受付を済ませると、検温と消毒、そしてマスクの着用を求められた。言われた通りにマスクを着け、職員に連れられて、施設の中を歩いていく。幸三の存在が近くにあるというだけで、心拍数は上がっていった。和寿にとって、幸三は恐怖の対象だった。小さいころはよく、幸三が近くにいるだけで呼吸がしづらくなった記憶があった。どれだけ年齢を重ねても、父親の前ではやはり子供のままだということを痛感する。

幸三の部屋は3階の角部屋だった。案内をしてくれた職員は扉の前まで来たところで頭を下げて引き返していった。和寿は軽く息を吐いて、ノックをする。中から母の声が返ってきた。事前に会いに行く旨を連絡をしていたので、先に来てくれていたらしい。母もだいぶ驚いていたが、細かいことは何も聞いてこなかった。

ドアを開けると、大きなベッドと来客用のソファとテーブルが置いてある部屋のなかに、記憶よりもずいぶん年老いている母と車いすの上で背中を丸めている幸三の姿があった。服の袖から見える腕は痩せ細り、頰の肉が垂れ下がっていて、視線はうつろだった。昔の威厳などまるでなかった。変わり果てた幸三の姿に、和寿は言葉を失った。

「あら、いらっしゃい。よく来たわね。実里さんも遠いところありがとうございます。ほら、和寿、お父さんにあいさつをして」

母に声をかけられ、和寿は戸惑いながらうなずいた。しかし痩せこけた幸三は和寿たちに気付くこともなく、ブツブツと何かをつぶやいている。

「……」

父の見舞いに行くことを母に伝えたとき、認知症がだいぶ進んでいるというのは聞いていた。しかし、日常会話までできなくなっているとは想像していなかった。隣の母が寂しそうに目を細めた。

「うん、もう2年前くらいからはこんな感じ。でもね、たまーに会話もできる状態になることがあるの。まだら症状って言うみたいだけどね。最近は、ずっとこんな感じかな」

和寿は唇をかんだ。この状態で何を言っても幸三の耳には届かないだろう。もう少し、せめてあと2年、早く来ていればと和寿は思った。

自慢の息子

そのとき、厳しい表情で立ち尽くす和寿の隣りに、実里が並んだ。

「初めまして。実里です。結婚のごあいさつ、こんなに遅くなってしまってすいません。……ほら、お義父(とう)さんにあいさつするんでしょ?」

「あ、ああ」

心のどこかで目の前にいるのが父だと認めたくなかった。こんなに弱々しい父の姿を見るのはつらかった。複雑な気持ちを抱えながら、和寿は膝を曲げて、幸三と目の高さを合わせた。

「父さん、久しぶり。和寿だよ。俺さ、今、実里と結婚して、幸せにやってるんだ。息子の晴樹がこの間、結婚してさ、みんな元気でやってるよ」

和寿はゆっくりとした口調で、現状を幸三に伝えた。しかし、幸三は顔をわずかに震わせながら、ブツブツと意味不明な言葉を並べ立てている。のれんに腕押しとはまさにこのことだ。こんなことなら、怒鳴られた方がまだマシだ。幸三が自分のことをどう思っているのかを知りたかった。しかし、それすらももうかなわないのだなと思い知らされる。

「ごめんね、聞こえてはいると思うんだけど……」

母は申し訳なさそうに眉尻を下げた。和寿はもう耐えられなかった。

「今日はもう帰ろう。移動で疲れたし」

実家に泊まるのは気が引けたので、和寿たちは近くでホテルを取っていた。

「……そうね。取りあえず、チェックインだけでも済ませましょうか」

もっと早くに来れば良かったと、押し寄せる後悔を感じながらうなずく。母は諦めきれないのか、幸三の肩に手をのせて話しかけていた。

「ほら、お父さん、和寿帰るって。分かる?」

和寿は自責の念に駆られながら、幸三に背中を向けた。

「和寿……」

扉に手をかけた瞬間だった。かすれているが懐かしい声で名前を呼ばれ、思わず振り返った。すると、さっきまで目の焦点が定まっていなかったはずの幸三と目が合った。

「父さん……?」

「なんだ、帰ってきてたのか?」

「ああ……! 帰ってきたんだよ! 父さん、俺、実里と結婚して、今はこうして幸せに暮らしてるんだ。息子の晴樹は、ついこの前、結婚したよ。みんな元気にやってるよ」

「そうか」

幸三は短く言った。表情は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

「今度、息子も連れてくるよ。俺にはあんまり似てないけど、実里に似て、これがけっこう2枚目でさ……」

ひとたび溶け出した氷山があっという間に崩れていくように、和寿の口からは驚くほどたくさんの言葉が滑らかに吐き出された、幸三は静かに話を聞きながらうなずいていたが、やがて視線はまたうつろになり、ぼそぼそと何かをつぶやき始めるようになった。

「なあ、父さん、聞いてるか? 俺だよ、和寿だ、なあ、父さん!」

和寿は必死になって呼びかけた。しかし幸三の目が再び和寿を映し出すことはなかった。

 

「なあ、母さん、また町内会の連中に、和寿を褒められたよ。あいつら、みんなそろって和寿を立派だ、立派だって言いやがる。俺ぁ鼻が高ぇよ」

ほうけた表情で、幸三は言葉を発した。

目からこぼれた涙が一筋、皺(しわ)だらけの頰を流れていった。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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