「本業はイマイチでも、不動産は安定しているから…」はNG。上場企業が不動産賃貸業に手を出してはいけないワケ
Finasee / 2024年10月10日 18時0分
Finasee(フィナシー)
株主の利益を最大限に追及する「モノ言う株主」。
モノ言う株主たちによる敵対的買収がメディアを騒がせることもあり、「強欲」「カネの亡者」とネガティブな印象がつきまといます。一方で近年、モノ言う株主たちが主張してきた企業統治(ガバナンス)の透明性、PBR1倍割れ改善などが実現されてきています。
新NISAが始まり、多くの方が新たに個人投資家となりました。株主となった立場では、これまでのイメージが変わってくるかもしれません。今回は村上ファンド創業メンバーの一人である丸木強氏の著書『「モノ言う株主」の株式市場原論』からモノ言う株主の投資哲学を紹介します。(全4回の2回目)
●第1回:日本初の敵対的TOBはなぜ失敗したのか? 仕掛け人が語る合理性なき逆風の数々
※本稿は、丸木強著『「モノ言う株主」の株式市場原論』(中央公論新社)の一部を抜粋・再編集したものです。本稿の情報は、書籍発売時点に基づいています。
上場企業が不動産賃貸業を行ってはいけない理由経営改善が遅い、もしくはその姿勢すら感じられない上場企業が存在するのは、そもそも資本コストに対する理解が足りないからかもしれません。そう疑いたくなる例が二つあります。
一つは、賃貸用の不動産を持っている上場企業の多さです。他に資産の使い道がないし、不動産なら安定的な資産になるからというのが理由のようですが、欧米企業ではまずあり得ません。
昨今の相場では、不動産を買って賃貸に回した場合、得られる利回りは都心でせいぜい3~4%程度、地方で5~6%といったところです。これを株式会社が行っているとすれば、その会社の株主の取り分は、ここから法人税を課された後になります。不動産賃貸から4%の収益があれば、税引き後は2%台です。資産運用としては比較的好条件のようにも見えますが、株主資本コストが8%だとすると、この時点で大きくマイナスであることがわかるでしょう。
だから、普通株式を上場している企業が事業として不動産賃貸業を行うことは、ほとんど収益に貢献しません。現実的ではない非常に大きな借り入れをしないかぎり、その事業で資本コストを超えるリターンを得ることは計算上難しいのです。
投資家は、不動産に投資したければ、不動産賃貸業を営む企業の普通株式ではなく、リート(不動産投資信託)を買うのが合理的です。これは投資家の資金にほぼ同額の借入金を加えて不動産に投資し、主に賃貸収入を分配する仕組みです。利益の90%以上を分配する代わりに法人税が免除されるという特殊なルールなので、配当は平均で3~5%と高め。元本はほぼ安全なので、普通株式よりもリスクは低くなります。その分、投資家が期待する収益率(=リートの資本コスト)も低くなるのです。
株式会社が不動産賃貸業を営むと、繰り返しになりますが、株主資本コストを超えるリターンは得られず、株価はPBR1倍を下回ることになります。我々の投資先にもそういう企業がありますが、「資本コスト以上のリターンを生むことは絶対にないので、すぐに売ってください」とお願いしているところです。
政策保有株は財務面でもメリットなしそしてもう一つ、取引先どうしで政策保有株を持つ企業の多さです。これがいくつもの問題を抱えています。資本コストの問題ではなく、およそ政策保有株式はいっさい保有すべきではありません。
しかし経営者の中には、資本コストを言い訳にして政策保有株式を正当化する方もいます。資本コストを理由にするのも変ですが、資本コストの意味すら理解されていない事例としてご紹介します。
「持ち合い相手の企業との取引で、こんなに粗利があるんですよ。それが資本コストを上回っているんだから、いいじゃないですか」
しかし資本コストと比較すべきは、粗利ではなく税引き後の利益です。WACC(加重平均資本コスト)と比較するならROIC(投下資本利益率)であり、株主資本コストと比較するならROE(株主資本利益率)です。
あるいは、政策保有株式保有のメリットとして、持っている株の含み益を根拠に資本コストを上回っていると説明する経営者もおられました。
「もう何十年も前に買った株で、当時に比べればずいぶん値上がりしています。これも利益の一部じゃないですか」
しかし、これも違います。資本コストとリターンの関係は、一年単位で計算すべきものです。長期保有による含み益は、そもそも比較の対象にならないのです。それでも利益は利益だと思われるかもしれませんが、そう単純な話ではありません。
そもそも相手の株式を持っていなくても取引でき、株式を持っている理由での取引は全体の一部かもしれないのに、わざわざ全体の取引と関連付けて説明している疑念もあります。
私が指摘したいのは、政策保有株式を持つことで、財務的な影響があり、経営目標としてもROEがぶれてしまうことなのです。有価証券の含み益はバランスシートの右下の「純資産(自己資本)」の部分に計上されます。したがって、含み益が膨らめば自己資本も膨らむし、逆もまたあり得ます。株価は不安定に動くので、自己資本も安定しないわけです。
企業はROEが8%を上回るような事業計画を立てることが至上命題です。ところが、その大元となる自己資本の額が有価証券の含み益によってコロコロ変わるようでは、精緻な計画も目標も立てられないでしょう。常に不透明な要素と向き合わなければならなくなるわけです。
また株である以上、常に含み益があるとはかぎりません。場合によっては株価が大幅に下がって含み損が発生することもあり得ます。そのことは損益計算書に明記する必要があります。その結果、事業自体は黒字でも最終損益が赤字になるという事態になりかねません。2000年代の初めには、上場企業でも本業の問題ではなく保有株式の評価損で減益・赤字となる企業がよく見られました。株主にしてみれば、「なぜそんなものを持っているのか」と文句の一つも言いたくなるところでしょう。
つまり政策保有株は、自己資本が安定しない、損益に影響するなど、本業とは関係ない時価変動により、財務を混乱させるおそれがあるわけです。早く処分するに越したことはありません。
●第3回は【人気の「株主優待制度」だが…モノ言う株主から見れば「不純で、不公平」と懐疑的にならざるをえない2つの理由】です。(10月11日に配信予定)
「モノ言う株主」の株式市場原論著者名 丸木 強
発行元 中央公論新社
価格 924円(税込)
丸木 強/ストラテジックキャピタル代表取締役
東京大学法学部卒業後、野村證券株式会社にて、主に日本企業や政府関係機関の資金調達案件の引受、大型民営化企業のIPO、邦銀への資金注入に際しての政府関係機関のアドバイザー、米国企業の日本の上場子会社に対する公開買付代理人などの業務を担当。1999年、株式会社M&Aコンサルティング(後のMACアセットマネジメント)の創業メンバーの一人として、日本初となるアクティビストファンドの運用に従事。2012年に株式会社ストラテジックキャピタルを設立、代表取締役に就任、同年12月からアクティビスト戦略のファンド運用を開始。国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)メンバー
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