無神経な“ハロウィーンパーティーの押し付け”に貧困母子家庭の怒り心頭…30代母親が「本当に許せなかったこと」
Finasee / 2024年10月30日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
小学校の教師をしている明日香(24歳)は、自分の受け持つクラスでハロウィーンパーティーを企画した。
当日、仮装の衣装とお菓子を持ち寄るはずだったが、クラスの児童の1人、悠里は衣装もお菓子も忘れたと言い張った。普段は忘れ物をしない悠里を心配した明日香は、児童の家庭への連絡帳に、ハロウィーンパーティーのことを書き記した。
翌日、教頭に呼び出された明日香の目の前に、明らかに怒っている悠里の母親・麻央(38歳)が待っていた。
●前編:仮装パーティーで見えた“家庭格差”…モンスター母が「ハロウィーンに学校に怒鳴り込んだ理由」
学校からの連絡帳仕事から帰った麻央は夕飯の片付けを終えた後、夜勤の清掃のパートに出るまでのあいだに、娘・悠里の連絡帳に目を通していた。いつものように、担任からの当たり障りのないコメントが書かれているだろうと思っていたが、見慣れない単語が飛び込んできた瞬間、思わず息をのんでいた。
「ハロウィーンパーティー? 仮装とお菓子?」
麻央は驚きのあまり、何度もコメントを目でなぞった。そんなイベントが学校で行われていたことを、母親の麻央は何も知らなかった。
「悠里、ちょっと来て」
麻央はキッチンのテーブルで宿題をしていた悠里を呼んだ。悠里は、麻央の表情から何かを察したのか、少し怯えたように顔をあげた。
「今日、学校でハロウィーンパーティーがあったんだって? どうして何も言わなかったの? 仮装の衣装とお菓子を忘れたって連絡帳に書いてあったんだけど」
悠里はハッとしたように見開いた目でしばらく麻央を見つめてから、逃げ場を探すよう視線をそらした。
「……ごめんなさい。言うの、忘れてた」
だが麻央にはそれがうそだとすぐに分かった。
言い忘れたのではなく、言い出せなかったのだ。
母子家庭である麻央たちの経済状況は厳しい。普段からお菓子なんてほとんど食べる余裕がないのだから、ハロウィーンの衣装を用意したり、友達に配るお菓子を用意したりするのは、麻央たちにとって簡単なことではない。
もちろん、悠里だってクラスメートと同じようにハロウィーンを楽しみたかっただろう。だが、そんな家庭事情に気を使った悠里は、最後まで麻央には何も言わなかった。
そのことに思い至った瞬間、麻央は申し訳ない気持ちと同時に、学校に対する怒りが湧き起こった。
どうして学校は、こんな行事を当たり前のように開催したのだろうか。家庭の事情も理解せず、衣装やお菓子を「持ってきて当然」とするのは無神経だ。子供たちの経済状況は1人ひとり異なるのに、なぜそれを無視して一律のイベントを押し付けるのか。
そもそも怪しいと思っていた。悠里のクラスの担任は去年大学を卒業したばかりの新人で、何の苦労もせずに育ってきたような穏やかでふわっとした女だった。だからこういう無神経なことができるのだろう。そうに違いないと麻央は思った。
「分かった。今度からちゃんとママに教えてね」
「ごめんなさい」
麻央は悠里の頭をなでる。母としてやるべきことは1つだった。
勘違いした女教師翌日、昼のパートが休みだったこともあり、麻央は学校に向かった。そんなに怒っているように見えるのか、おどおどした教頭になだめられ、来賓室に通される。
しばらく待っていると、担任の高梨明日香が姿を現した。
「どうして、ハロウィーンパーティーなんて、あんなイベントを行ったんですか?」
向かいのソファに明日香たちが腰かけるや、麻央は鋭くとがった声を放った。明日香は眉をひそめ、しばらくのあいだ言葉に詰まっていた。
「えぇと、先日のハロウィーンパーティーは……子供たちに楽しく異文化体験をしてもらおうと私が企画したものです。まさか盗難のきっかけになってしまうとは、思っておらず、申し訳ございません」
「は? 盗難?」
「はい、今日はそのことでいらしたのでは……?」
とぼけた表情に、麻央は怒鳴り散らしたくなったが、喉元まで出かかった罵詈(ばり)雑言を深く吸った息と一緒にのみ込んだ。どうやらこの女教師は勘違いをしているらしかった。
「先生は、どうやら勘違いをしてるみたいですけど、悠里は私にハロウィーンパーティーのことを言わなかったので、私は連絡帳をもらうまで何も知りませんでした。これがどういうことか分かりますか?」
麻央の声には思わず怒気がこもる。いくら苦労知らずの鈍い女教師であってもさすがに察したのだろう。
「学校は子供のことを考えているつもりかもしれませんし、異文化体験も立派です。けれど、うちには衣装やお菓子を用意するような余裕はありません。そんな家の事情に気を使った娘は私に何も言わず、クラスで1人だけ仮装もできず、お菓子も持っていけなかったんですよ? 家庭の経済状況を無視して押し付けるのが、異文化体験なんですか?」
明日香は驚いていたようだったが、すぐに神妙な表情になり、深々と頭を下げた。まさか経済的な事情で悠里がお菓子を用意できなかったとは思ってもみなかったのだろう。
「……本当に申し訳ありません。私の配慮が足りませんでした」
静まり返った来賓室に、明日香の声がこぼれた。
「山下さんのおっしゃる通り、おのおのご家庭の状況にもっと目を向けるべきでした。今後はこのようなことがないよう、気を付けます。本当に、本当に申し訳……」
頭を下げている明日香の太ももに、ぽたりぽたりとしずくが落ちる。涙はベージュのスラックスに吸い込まれ、いびつな円になってしみ込んでいく。
「ちょっと、やめてくださいよ。泣けばいいと思ってるんですか?」
「申し訳ありません。……でも、お子さんを預かる身として、自分が恥ずかしくて、許せないんです」
麻央はため息を吐いた。目の前で泣かれると、怒る威勢もうせてしまった。
きっと本当に至らなかっただけで、明日香は悪い人間ではないのだろう。以後気を付けるという明日香の言葉を受け入れた麻央は、学校を後にした。
最も責め立てたい相手は学校ではない学校には謝罪させ、今後は今回のようなことが起きないよう、学校側も最大限の注意を払うと言ってくれた。だが、麻央の気持ちは釈然としない。
学校側の対応に不満があるわけではなかった。起きてしまったことはどうにもならないし、誠意が感じられる謝罪でもあった。それなのに、胸のおくにはずっともやがかかっているような気分だった。
夜勤を終えた麻央は寝ている悠里を起こしてしまわないよう、アパートの古い玄関扉のカギを慎重に開けた。
リビングの机に荷物を下ろし、半開きのふすまから和室をのぞき込む。悠里はブランケットをかけたまま幸せそうに眠っている。麻央はあくびを1つかみ殺し、悠里の隣りに横になる。この笑顔こそ、何としても守り抜くと決めたものだ。
「お母さん……?」
「あら、起こしちゃった。ごめん」
「……おはよう、おかえり」
「ただいま」
いつもは寝ざめが悪く、朝ごはんを食べていてもぼーっとしている悠里だが、すっと布団から起き上がり、勉強机にしている小さなちゃぶ台の横にあるランドセルの元へと向かった。麻央はびっくりしながら娘の様子を見ていたが、悠里はすぐに布団のところへ戻ってくる。
「ママ、ハッピーハロウィーン」
差し出された小さな手には、個包装のクッキーが1枚、握られていた。
「どうしたの?」
「ハロウィーンパーティーで、みんなと交換したの。ママもクッキー好きだから」
麻央は思わず涙を流しそうになってしまい、反射的に悠里を抱きしめていた。悠里は驚いたようでそのまましばらく固まっていたが、やがて麻央の背中に小さな手を添えた。
責めるべきは配慮の足りていなかった担任でも、学校でもなかった。娘に優しくも悲しい気づかいをさせてしまった自分自身こそ、麻央が最も責め立てたい相手だった。
「ごめんね。悠里につらい思いさせて、ごめんね」
麻央は1枚のクッキーを半分に折って、悠里と一緒に食べた。まだ涙が乾ききる前に食べたクッキーは甘くて、少ししょっぱかった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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