仮装パーティーで見えた“家庭格差”…モンスター母が「ハロウィーンに学校に怒鳴り込んだ理由」
Finasee / 2024年10月30日 17時0分
Finasee(フィナシー)
教室の扉の前に立ちながら、胸を押さえて深く息を吸い込んだ。大学を卒業し新任教師として赴任してはや半年、「先生」として扱われることに明日香はだいぶ慣れてきた。
夢だった教師としての道を着実に歩めている実感のある毎日だった。子供たちの相手は一筋縄ではいかないことも多かったし、新任として至らないことばかりだと思う。だが、彼らの笑顔は何にも代えがたい喜びだった。だから明日香は、子供たちの笑顔のためならばどんな努力も手間も惜しまない。教師になろうと決めたとき、そう誓った。
その思いの1つの結果が今日のハロウィーンパーティーだった。少しでも子供たちに学校生活を楽しんでもらいたいと思い、総合学習の時間を利用してイベントの開催を企画した。学年主任や教頭に許可を取り、異文化理解の名目でイベントを取り付けた。カリキュラム外の活動になるため、準備はすべて勤務時間外に行った。大変でなかったと言えばうそになるが、子供たちの喜ぶ顔を見るために、今日まで入念に準備をしてきた。
扉の向こうには、おのおのが用意してきた仮装衣装に着替えた子供たちが待っている。かく言う明日香も黒いマントを羽織り、頭には大きなとんがり帽子を乗せている。
コスプレなんて大学のときでもしなかったので、かなり恥ずかしい気持ちはあったが、こういうことは楽しんだ者勝ちだろう。明日香は自分に言い聞かせると、勢いよく教室の扉を開けた。
家に忘れちゃった「みんな~、ハッピーハロウィーン!」
明日香が教室に飛び込むと、子供たちのにぎやかな声が教室を満たした。
「ハッピーハロウィーン!」
「先生、魔女似合ってる!」
口々に叫ぶ子供たちは、明日香の中にわずかに残った羞恥心を吹き飛ばしてくれる。子供たちはみんな、思い思いのカラフルな装いだ。人気のスーパーヒーローや動物、妖精、中にはアニメキャラクターに扮(ふん)している子もいた。どの子も教室で仮装をするという非日常的な状況に興奮し、目を輝かせていた。
小学3年生といえば、心身ともに大きく成長する時期にあたる。思春期の手前にいる彼らが素直にハロウィーンパーティーを楽しんでくれるか不安だったが、そんなものは明日香の取り越し苦労だった。
「みんな準備万端みたいね。今日は、ハロウィーンに出てくる英語のフレーズを使って、いくつかゲームをしようと思います。それじゃあ、まずは協力して机を後ろに移動させましょう」
「はーい!」
明日香は元気いっぱいに返事をして動き出す子供たちを見渡した。机を移動させると、子供たちは前に集まってくる。衣装は量販店などで売っている子供用のコスプレセットを着ているものもあれば、自前の黒っぽい服で工夫を凝らしたもの、なかには手作りと思われる手の込んだものもあった。
教室を見渡していた明日香の目に、みんなの輪から外れたところに立っている山下悠里の姿が留まった。他の子供たちはみんな仮装を楽しんでいるのに、悠里は普段通りの私服姿だ。さらにみんながお菓子を広げている机の上にもペンケースが置いてあるだけだった。
明日香は悠里に歩み寄った。
「山下さん、どうしたの? 仮装は?」
明日香が言葉穏やかに声をかけると、悠里はうつむいたまま静かに首を横に振った。
「家に忘れちゃった……ごめんなさい、先生」
明日香が事情を聞けば、用意した衣装もお菓子も全部家に忘れてきてしまったという。悠里は明日香の知る限り、とても真面目でおとなしい子だった。明日香が担任になった今年の春以降、宿題や持ち物を忘れたことはない。だから9月から準備するように伝えていたハロウィーンパーティーの衣装やお菓子を忘れてしまったことは意外だった。
「そっか……。でも忘れちゃったものは仕方ない。今日は特別に先生の帽子をゲットだ。ほら、みんなと一緒にゲームの準備しよう」
わざと冗談めかして声をかけながら魔女の帽子を悠里の頭に乗せた。しかし彼女の顔が晴れることはなかった。
「先生、ありがとうございます……」
「いいのいいの。山下さんはどんなお菓子好きー?」
「クッキー」
「クッキーかぁ、おいしいよね。はい、あげる」
明日香はポケットからクッキーを取り出して、悠里に差し出す。クッキーを受け取った悠里を、みんなの輪のなかに連れていった。胸の奥のほうで引っ掛かっていた違和感は、子供たちの騒がしい声がすぐにかき消していった。
仮装パーティーは大好評のうちに終わった、と言っていいだろう。ハロウィーンにちなんで用意したいくつかのゲームを行い、景品に明日香が持ってきた少し豪華なお菓子を配ったり、子供たち同士でお菓子の交換をした。最初は気がかりだった悠里も、そのうちにいつもの調子を取り戻していった。
ほんの少しだけ、誰かに衣装やお菓子を隠されたりしたのではないかと邪推もしたが、そんなこともなかった。
念のため、各家庭の親御さん向けに書いている連絡ノートに今日のことを書き記し、楽しかった1日を終えた。
怒りの視線を向けてくる母親翌朝、いつものように登校した明日香が1時間目の授業の準備をしていると、教頭がやってきた。
「高梨先生」
と、明日香を呼ぶ表情は険しい。
「ちょっといいかな。山下さんの親御さんが訪ねてきてるんだけど」
「えっ」
もちろん思い出したのは昨日のハロウィーンパーティーのことだった。やはり、悠里は学校に衣装やお菓子を持ってきていて、それを誰かに隠されたり、取られたりしたのだろうか。もしそうなら、担任として厳しく対応しなければならない。
「今、来賓室で待ってもらってるから、すぐに来てもらえるかな」
「分かりました」
明日香は作業の手を止めて立ち上がり、教頭の後ろに続く。
しかし校長室の隣りにある来賓室に入った明日香を出迎えたのは、親子参観と家庭訪問で2度ほど面識がある悠里の母親の厳しい怒りの視線だった。
●母親のいきなりの登場にひるむ明日香。悠里の母親が学校に出向いてまで「言いたかったこと」とは? 後編【無神経な“ハロウィーンパーティーの押し付け”に貧困母子家庭の怒り心頭…30代母親が「本当に許せなかったこと」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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