「一体、なにがしたかったのか」母の想いを無視した施設入所、葬式、遺産分割の末、家族に残されたものは?
Finasee / 2024年11月8日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
中国地方在住の片岡智子さん(仮名・60代)は4きょうだいの末っ子として育つ。父親は片岡さんが30歳のときに亡くなり、母親は30年近く悠々自適な一人暮らしを満喫した後、2015年の92歳のとき腎臓がんが判明する。
母親のケアマネジャーは「まだ一人住まいは続けられます」と言うが、次兄と姉は母親を施設に入れることを勧める。片岡さんが少し間でも姉の家で預かれないか打診すると、優しかった姉から「うちは無理!」と信じられない言葉が返ってくる。
結局、帰省するたびに次兄と姉が施設入所のいい話を母親に囁き、まだ自活できていた母親は施設に入ることになった。
●前編:「あんたとはお母ちゃんから受けた愛情の量が違うの!」実母の介護を打診すると…優しかった姉が驚きの豹変
母親の死母親が次兄と姉が勧める介護付き有料老人ホームに入ってからというもの、片岡さんが面会に行くたびに母親の不満を聞かされることになった。
「食事がまずい、冷めている、牛肉やお刺身が出てこない、同じ食材が使いまわされてしばらく連続して出てくるから飽きる……。施設でやることがない。新しいテレビの使い方がわからない……などの不満を漏らし、挙げ句の果てには、『監獄にいるみたい』とポツリとこぼしました。玄関にカギがかかり、一人で外に出てはいけないことも精神的に辛かったようです」
どうしてこんなことになってしまったのか。
「正直、私は『だから言ったやん』と思いました。私はまだ母は自活できると思っていたし、入所するにしてもケアマネをしている兄嫁さん(長兄の妻)が勧めてくれた施設の方が自由度が高くて良いと思って、次兄や姉、母と喧嘩してまで止めたのに、それを聞かずに入所を決めたのは誰でもない母自身。案の定、次兄と姉は遠いことを理由に、母に会いに来る機会が激減しました」
母親は、がんがリンパ節に転移し、首が腫れ、食欲が落ちてきても、
「胃ろうも点滴もしないで。救急車を呼ばないで。病院へ運ばれると医者は治療しちゃうでしょ?」と何度も言っていた。
それは自分の姉が胃ろうをして、「死ねないのよ〜」と言って苦しんでいる姿が目に焼き付いていたからだ。
首にしこりが出来、みるみる大きくなっても、痛み止めだけもらい、点滴も断り続けた。
施設の医師も、「体が弱り、排出できないのに水分を入れると、パンパンに腫れて苦しいだけなのです」と言っていた。
母親は2020年12月、入所からわずか4ヶ月後、98歳になる1ヶ月前に眠るように亡くなった。
通夜・葬儀でも揉めるきょうだい母親の死後、葬儀についてきょうだい全員で話し合い始めると、「コロナ禍だから、家族葬でこじんまりとしよう」ということは全会一致。
次兄は、
「コロナだから実家にお坊さん呼んで、俺たち子どもだけで済ませればいいと思う」
と言い、姉は、
「お通夜とお葬式を一緒に一回で済ますことも多いみたいだね。白装束はどうする? 最近は本人のお気に入りだった服を着せるというのも多いみたいだよ。その方が安いし」
とお金も労力もかけない方へ誘導する。
「母は、父が亡くなった時に、父の預金口座が使えなくなって困った経験があったため、自分が逝った後のことを考え、急なお葬式でもスムーズに子どもたちが動けるように、貸金庫に十分お葬式ができる額を準備して、そのカギを次兄に預けていました。つまり、母はきちんとした葬儀を望んでいるにもかかわらず、次兄はカギを預かった時にそれを聞いているはずなのに、簡素な方に誘導していました」
片岡さんは、「私の小学校の参観日にも着物で来ていたような着物好きなお母ちゃんだもの、洋服は嫌でしょう?」とか、「お母ちゃんは、孫にもひ孫にも来てもらったら嬉しいはず」などと発言するが、次兄と姉は一向に耳を貸さない。
そこへ、母親の7歳下の妹が花束を持ってやってきた。
すると、片岡さんの
「やっぱり、お母ちゃんはお通夜とお葬式と両方してほしいと思うよ」
「白装束を着たいと思うよ」
との発言に、叔母は「うんうん」と大きく頷いている。
たちまち場の空気は入れ替わり、次兄と姉は片岡さんの意見を聞き入れた。
形見分けと遺産相続遺産相続は、案の定次兄の主導で進められた。
次兄は母親が所有していた株は全部現金化し、預貯金も含めて5等分。薬局を継いでいる長兄に5分の2と店の権利全部を、あとの3人は5分の1ずつもらうということを提案。誰も異議を唱えず、スムーズに終わった。
「ただ、母の持っている株は額はそれほど大きくないですが、銘柄それぞれに『誰々にあげる』と子どもの名前まで書いてあったのに、次兄は無視して現金化してしまいました。私は母の意向を大事にしたいと言ったけど、やはり相手にされませんでした」
貴金属の形見分けは、姉の主導で進められた。
実家に残されたままの貴金属類をかき集め、片岡さんと姉とで欲しいものを選んでいった。ただ、太くて重い金のネックレスだけは、姉と次兄が「現金化して、貯金や株を現金化したものに加える」と最後までこだわったが、片岡さんは、母親が気に入っていたものだったので手放したくない。
そこで片岡さんは、
「本当はスターサファイヤの指輪は、お母ちゃんが私にくれるって言ってたんだよ。それは私の夫も長女も聞いてる。姉ちゃんが姪っ子ちゃんにあげたいって言うから、私は譲ったんだよ。なのにどうして次兄ちゃんと姉ちゃんは、母ちゃんの気持ちを無視して全部決めるのかな?」
と不満を漏らした。
すると意外にも姉が折れ、金のネックレスは片岡さんのものとなった。
「母の介護が始まった時、次兄と姉が突然出てきたのは、遺産目的ではないかと疑っていたのですが、そこまで強欲に遺産を奪おうという動きはなく、揉めることを覚悟して挑んだ私は、肩透かしを喰らいました。結局、次兄も姉も、一体何がしたかったのか、私にはさっぱりわかりません。それまで次兄も姉も母のことはノータッチだったのに、なぜ突然グイグイ施設入所を推し進めたのか? それが母の寿命を縮めてしまったのだと思えて、今も私は次兄へのわだかまりが消えずにいます」
当時長兄は、事故の後遺症がある上、父親から継いだ薬局経営がうまくいっていない時期もあり、夫婦ともに多忙な生活を送っていた。
片岡さんは、90代の義母を引き取り、仕事をしながら介護をしていた。
そんな状況を踏まえて、次兄や姉は、自分たちが母親を引き取って同居するという事態を避けたかったのではないだろうか。頭の良い次兄は、自分たちが母親を引き取らなくても良いように、先回りして周囲を誘導しようとした。やり方がまずく、強引になり、きょうだい間にわだかまりを残すことになってしまったが、おそらく次兄や姉にとってのわだかまりは、些細なことだった。実家から離れて暮らしていたせいなのか、子どもの頃大切にされなかったからなのかはわからないが、次兄や姉にとってはもう、育った家族よりも築いた家族の方がはるかに大切なのだろう。
築いた家族さえ守れたらそれで良いとさえ思っているのかもしれない。
きょうだいのみならず、家族の仲は、親に介護が必要になった時、試練の時を迎える。親にとっての子どもとの関係は生涯変わらないかもしれないが、子どもにとって生まれ育った家族は、過去のものとなる場合が少なくない。きょうだいが多ければ多いほど、親に対する感情もそれぞれで、意見をまとめるのが難しくなるのも容易に想像がつく。
そういった状況を避けるために最も有効なのは、やはり遺言書だろう。子どものことを思いやれる余裕があるうちに、遺言書を作っておくことが、親ができる最後の親らしいことなのかもしれない。
旦木 瑞穂/ジャーナリスト・グラフィックデザイナー
愛知県出身。アートディレクターなどを経て2015年に独立。グラフィックデザイン、イラスト制作のほか、終活・介護など、家庭問題に関する記事執筆を行う。主な執筆媒体は、プレジデントオンライン『誰も知らない、シングル介護・ダブルケアの世界』『家庭のタブー』、現代ビジネスオンライン『子どもは親の所有物じゃない』、東洋経済オンライン『子育てと介護 ダブルケアの現実』、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、日経ARIA「今から始める『親』のこと」など。著書に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社)がある。
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