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「あの日、何で来なかったの?」苦労の末に亡くなった母…ダメな父親が15年間たった一人で続けた「罪滅ぼし」とは

Finasee / 2024年10月28日 17時0分

「あの日、何で来なかったの?」苦労の末に亡くなった母…ダメな父親が15年間たった一人で続けた「罪滅ぼし」とは

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

一人暮らしをしている明里(32歳)の家には、実家から米が届く。定年した父が田んぼを借りて米作りを始め、毎年米を送ってくるのだ。

米不足で困っていたので正直ありがたいが、罪滅ぼしのようにも見えて明里は複雑な思いを抱いていた。仕事一筋だった父は、明里が高校生のころ、病気で亡くなった母をみとることができず、明里は今でも根に持っていて、父が許せなかった。

そんな折、父がぎっくり腰になったと兄から連絡が入る。明里は兄に説得され、久しぶりに実家に帰ることになるが……。

●前編:「母は結婚相手を間違えた」過去のあやまちで一人娘と疎遠になった父親が「毎年娘に送るもの」

再会した父

康之から電話があった週末、明里は5年ぶりに地元の駅に降り立った。だだっ広い駐車場に向かうと見慣れた車の前に康之が立っていて、こちらに手を振っていた。

「久しぶり」

明里は油断すればにじみ出てしまいそうな嫌悪感を抑えつけながら声をかけた。しばらく見ない間に康之は老けたような気がするが、無駄にはつらつとしている笑顔だけは、一緒に父を憎んでいたときから変わらない。

「おう、疲れただろ。ほら、乗れよ」

そう言われるがまま、明里は助手席に座った。10分ほど車を走らせると、クリーム色の二世帯住宅が見えてくる。柔らかで優しげなたたずまいは、まるで自分たちは幸せだと主張しているようで、明里はへどが出そうになる。

玄関を開けると、義姉の千里が出迎えに来てくれた。千里のおなかは膨れていて、明里にとっては2人目のおいかめいが宿っている。

「明里ちゃん、久しぶり~」

「お久しぶりです。お義姉(ねえ)さん」

「だから、そんなかしこまって呼ばなくていいって。昔みたいに千里ちゃんでいいから」

兄の高校の同級生である千里とは、明里もよく遊んでもらっていた。母が死んでからは、ふさぎ込んでいる明里にも寄り添ってくれた。

しかし今となっては共犯者だ。あの男が、父が、母に何をして、何をしなかったのか、千里もまた知っているはずなのだから。

「お義父(とう)さん、居間でくつろいでるから、行ってあいさつしてあげて」

千里が声を弾ませるが、明里はそんな気分にはとてもなれず、玄関から引き返して庭に出る。ポケットから取り出したタバコに火をつけて、深く息を吸い込む。まだ冬と呼ぶには穏やかな空気だが、空は心地よく透き通っている。吐き出した煙が、頭上に広がる青空を白く濁らせた。

「おお、来てたのか」

背後の窓が開く音と一緒に、しゃがれた声がした。振り返ると腰にベージュのサポーターを巻きつけた父が立っていた。父はサンダルをつっかけ、庭へと出てきて、タバコに火をつける。

「腰、どうなの……?」

黙ったまま並んでいるのもなんとなく気まずくて、明里は父に訊ねた。

「あんまりよくはねえんだろうなぁ。米作りも止められてるし。今回が初めてじゃねえんだよ。もう癖になってんだろうな」

「そう」

明里は相づちを打ち、逃げるように庭を出て、玄関から家のなかに入った。

父さんだってそんなに先も長くないだろうし

とはいえ、父と家のなかで同じ空気を吸っている事実すら耐えられなかった。明里はどうせ夕食の準備などしない康之を借りだして、車を走らせ、母の墓がある霊園に向かうことにした。

事務所にあいさつして、仏花を買い、水をくみ、涼やかな秋風が吹く霊園を歩く。あちこちから立ち込めるせいで出所の分からない線香の香りに、懐かしさを感じる。

「懐かしいな」

「そうだね」

「よく2人で来たよな。明里が高校生のときだから、もう15年くらい前か」

兄の言う通り、地元にいたころは毎月欠かさず通っていたが、地元を出ると同時に墓参りの足も遠のいた。この地元で明里の唯一の居場所だった母の元から離れ、東京へと逃げた自分のことを母は薄情だと思うだろうか。思うかもしれない。そう思った。

訪れるのは数年ぶりだったが、迷うことはなかった。母の墓までたどり着いた明里は、墓の前で固まった。

夕焼けを受けて、墓は艶やかに光っていた。生けられた花は元気に空を向いていて、敷地には雑草の1つすら生えていない。丁寧に手入れをされていることは一目瞭然だった。

「よく来てるの?」

「いや、全然。子どもが生まれてからはあんまりかな。お盆と命日くらい」

「じゃあ……」

と言いかけて、明里は口をつぐんだ。康之でないならば、墓参りに訪れるのは1人しかいなかったが、それを認めることはできなかった。

「父さんだよ。あの人、月命日にはかならず来るんだ。もう15年もたつのにだぜ?」

風が吹いた。しかし康之が告げた事実は風に巻かれることなく、2人のあいだにとどまり続けていた。

「……だから許したの? こんなの、ただの罪滅ぼしでしょ」

明里は棘のような言葉を吐き出す。死んだあとに優しくなれるなら、どうして死ぬ前に優しくしてやらなかったのだと、怒りがこみ上げた。

「そうかもな。でも、あの日さ、父さん、帰ってこようとしてたんだぜ。俺も後から聞いたんだけど」

康之の声が、静かで穏やかな霊園にぽつぽつと響く。水面に落ちたしずくが波紋を生むように、明里の心が不愉快に波打った。

「反省してるし、後悔してる。だからまあ、話くらい聞いてやってもいいんじゃない? もう俺たちも大人だし、父さんだってそんなに先も長くないだろうし」

明里は花筒から、真新しい仏花を引き抜いた。そのまま捨ててやろうかと握りしめ、だがどうしてか捨てることができなくて、けっきょく自分が持ってきた仏花と一緒にして花筒へと戻した。

夕日の赤に染まる遠くの空で、カラスが寂しげに鳴いているのが聞こえた。

自分が後悔しないための決意

夕食を終えると、父を中心に晩酌が始まった。明里のなかでは、父と酒の組み合わせは家の壁に穴をあける暴力性と結びつくが、年を取って丸くなったのか、あるいは飲酒の節度をようやく覚えたのか、終始穏やかな空気だった。

とはいえ居心地が悪いことに変わりはなく、明里はすぐに庭へと避難する。しかしぼんやり庭を眺めていると、後ろの窓が開いて、また父が外に出てくる。逃げ場はないと言われているようで、胃のあたりがむかむかした。

「タバコなんて辞めたら? お兄ちゃん、長生きしてほしいって言ってたよ」

「吸ってるやつに言われたくねえな」

父は浅く笑ってタバコに火をつける。すっかり日本酒が回っているのか、頰や耳はほんのりと赤い。

「墓参り行ったんだってな。ありがとうな」

「何でお礼言われなきゃいけないのよ」

発言がいちいち勘に障る。きっと先手を打たれてしまったことも、恥ずかしくて気に食わなかった。

俺たちももう大人だし――と言った兄の声が耳元にこびりついていた。言いたいことは分かる。15年も引きずって、子どもじみているとも思う。だが、取り返しがつかないことだってある。

「そっちこそ、ありがとう。お兄ちゃんから聞いた。月命日に必ずお墓参りしてるって」

「ああ。いいんだ。他にやることもねえしな」

「あっそ」

見上げた夜空は父の吐き出す煙のせいで薄く白んでいたが、東京にいては決して見ることのできない星空が広がっていた。

「あの日、何で来なかったの?」

やがて明里はぽつりと吐き出した。別に答えてもらわなくてもいいと思った。

「康之になんか聞いたのか?」

「まぁ」

「そうか……。別に、そんな大それた話でもねえよ。ただ、駆けつけようと思ったんだが、事故渋滞にハマって間に合わなかった。そんだけだ」

父が吐き出した煙は夜の黒にとけていく。明里はそこでようやく、年老いた父がずいぶんと痩せていることに気が付いた。米作りのおかげで肌こそ日に焼けていて浅黒いが、記憶のなかの父はもっと大きくて怖い存在だったような気がする。

「嫁の死に目にも間に合わねえなんて、情けねえよなぁ。それまでにやってきたことの報いなんだって、進まねえトラックのなかで後悔したが、全部手遅れだった」

「だからお墓参りしてるの? 生きてるあいだに優しくできなかったから、その罪滅ぼしで?」

思わず語気が強くなった。酔った父が声を荒らげるのを想像したが、父は力なく笑っただけだった。

「罪滅ぼし。そうかもしれねえなぁ……。どうしたって、あいつにしちまったこと、なかったことになんてできねえのに」

ちらりと伺った父の目は赤かった。それがアルコールのせいなのか、そうじゃないのかは分からなかった。

父も明里と同じなのだと思った。まだ母が死んだときから一歩も前に進めていない。いや、父のほうはどうにかして進もうとしているのだろう。だから米作りなんて面倒な趣味を始め、頼まれてもいないのに明里の元へ送りつけてくるのだ。

どうして死ぬ前に優しくしてやらなかった――怒りが過ぎる。だがそれは父への怒りでもあり、同時に自分への戒めでもあった。母は死んだ。父は生きている。その事実は明里がどうあがいたって変わらない。ろくでもない男でも、明里の父親で、母が愛した男だった。

「米、いつもありがとうね。助かってる」

自分でも意図しなかった言葉が口を突いた。父のほうは見られなかった。

「おう、今年は今までで1番の自信作だ」

見るまでもなくうれしそうな声で父が言ったのが分かった。返事はしなかったが、今はそれで十分だと思えた。

「最近、冷えるからな。いつまでも外にいると風邪ひくぞ。さっさと中入れ」

窓から部屋に戻っていく父を見送った。口元に二本の指を添えて、深く息を吸って、吐く。

分からない。タバコなんて吸う意味も、過去を水に流したような笑顔を向けてくる気持ちも。でも、もちろん許せるわけではないけれど、歩み寄ることはできるかもしれない。これは父のためではなく、自分が後悔しないための決意だ。

息を深く吸い込んで、吐く。夜の澄んだ空気にはまだ、父のタバコのにおいが残っていた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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