地主一家に起きた想定外の相続トラブル…すべての歯車を狂わせた「唯一の後継者」の急逝
Finasee / 2024年10月29日 17時0分
Finasee(フィナシー)
向後高徳さん(仮名)は、千葉県で代々続く地主の家の出身です。向後さんは男ばかりの3人きょうだいの次男ですが、先代の父親が早くから自分の後継者として5歳上の兄を指名し、8年前に父が亡くなった時にはその遺言通りに全財産を兄が承継しました。
しかし、その兄が3年前に急死してしまったことで歯車が狂い始めます。向後さんによれば、すべての元凶は、兄の相続に際して認知症の母親に成年後見人をつけたことだと言います。後見人は“唯一の相続人”である母親への全財産の譲渡を主張したのです。
「全部タラレバになってしまうけれど、兄がもっと長生きしてくれれば、兄に奥さんや子供がいれば、母が認知症になっていなければ……こんなことにはならなかった」とうなだれる向後さんに、父親や兄の相続と家族の現在の状況について話してもらいました。
〈向後高徳さんプロフィール〉
千葉県在住
58歳
男性
工務店役員
妻、社会人の長男、妻の両親と5人暮らし
金融資産2000万円
私は男ばかりの3人きょうだいの次男として生まれました。兄は5歳上、弟は2歳下です。
生家は地方の地主で、先祖代々、不動産賃貸業を生業(なりわい)にしてきました。以前は小作人に農地を貸していたそうですが、今は市街地開発が進み、事業者や個人への賃貸が中心になっています。
“暴君”の父親の遺言書通り…全財産を長男が相続私の祖父はヤマっ気の多い性格で、若い頃から友人や知人から持ち掛けられたもうけ話に乗っては失敗を繰り返してきたようです。それでも家が傾くまでに至らなかったのは、祖父と真逆で堅実な長男の父がしっかり家計を掌握してきたからだと聞きました。
とはいえ、私たちきょうだいから見ると父は堅物を絵に描いたような人で、酒も飲まず、もちろんギャンブルの類いには一切手を出しません。日常生活も質素そのもので、食事は一汁一菜が基本、自家用車は業務用を兼ねたバン、私たちきょうだいが両親に旅行に連れていってもらったのも数えるほどです。私なども洋服は常に兄のお古でしたし、ある程度の年齢になるまで自分の家が裕福なのだという実感が持てませんでした。
父は堅物であると同時に、前時代的な考え方を持つ“暴君”でもありました。昭和の地主どころか、明治の地主という感じです。私たちが幼い頃から自分の後継者は長男である兄だと明言し、懇意の税理士事務所に全財産を兄に譲る由の遺言書を作らせていました。
税理士事務所が代替わりした際、息子さんの方から「相続トラブルの火種になる」とやんわり再考を勧められたようですが、頑として首肯しなかったようです。ある意味、父らしいと思います。
その父が亡くなったのは8年ほど前でした。80歳を過ぎても矍鑠(かくしゃく)として、家業については全権を握っていましたが、ある朝、いつも早起きの父がなかなか起きてこなかったのを訝(いぶか)った母が様子を見に行ったところ、布団の中の父は既に息がなかったとのことでした。急性心疾患だったようです。
その頃は55歳になっていた兄が父の手足となって家業をサポートしていたので、日常業務に支障を来すことはありませんでした。相続についても兄がすべての遺産を承継することは以前から決まっていたことなので、弟は陰で舌打ちしていましたが、表立って“骨肉の争い”が起きることはありませんでした。
それは、兄の性格によるところも大きかったように思います。兄は母に似て穏やかで、子供の頃から私や弟がごねると、自分が一歩引いて譲ってくれるようなところがありました。父に対しても従順で、非常に扱いやすい息子であり、後継者であったと思います。
同級生との結婚を断念して独身を貫いた兄唯一、兄が父に反旗を翻したのは結婚に関してでした。兄には高校時代に同級生だった恋人がいて、その女性との結婚を願っていたのですが、これには父が猛反対しました。その女性が郷里の町でスナックを経営するシングルマザーの娘だったからです。
地主の父の耳にはスナックのママの悪評が入っていたらしく、「そんな女の娘をうちの跡取り息子の嫁にはできない」と一刀両断だったそうです。
これには当時大学生だった私や弟もあきれ果て、法学部だった弟に至っては「お父さん、日本国憲法の24条1項に『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する』って規定されているの、知らないの?」と食ってかかりましたが、父にはそんなものはどこ吹く風でした。
結局、兄はその同級生との結婚を断念し、同級生は数年後に兄への当てつけのように別の同級生と結婚し、町を出ていきました。
兄はその後、父や親戚筋、取引先などが持ってくる縁談に一切関心を示しませんでした。そして、年少の私や弟が所帯を構えても、1人独身を貫いていたのです。
そんな兄が急死したのは、父が亡くなった5年後でした。くしくも、死因は父と同じ急性心疾患でした。
「お兄さんはお父さんと全然似ていないと思っていたけれど、やっぱり親子だから体質は似ていたのかもしれないね」。わが家と付き合いの長い不動産屋の社長が、人当たりの良かった兄をしのんでそんな言葉をかけてくれたことを覚えています。
実際、父の陰に隠れて地味な存在だとばかり思っていた兄の葬儀はコロナ禍で家族葬の形を取ったにもかかわらず、100人を超える参列者がわざわざ焼香に足を運んでくれ、兄の生前の人望の厚さをうかがわせました。
兄が父から相続した財産について、とんでもないトラブルが発生したのはその葬儀の直後のことでした。
●家業は向後さんと弟が引き継ぐことになりましたが、相続は“ある人物”の登場により段々と複雑になっていきます。後編【冗談じゃない…地主一家の相続で起きた家族の分断、全財産を要求する“疫病神”の正体とは】で詳説します。
※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。
森田 聡子/金融ライター/編集者
日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。
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