「彼の一言で一気に冷めた」うまくいってたはずの婚活が一転…美術館デートで露呈した「残念すぎる価値観」
Finasee / 2024年11月1日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
バツイチの梨沙子(41歳)は、老後が不安になってきたこともあり、マッチングアプリで婚活を始めた。
元夫が黙って多額の借金をしていたことが原因で離婚したいきさつもあり、マッチングした相手の年収や職業、金銭感覚には敏感だった。何人かの男性と会ってみたが、プロフィルと違ってギャンブル好きだったり、なかなか合う男性と巡りあえず、婚活に消極的になっていた。
そんなある日、条件もピッタリで美術館巡りが趣味だという銀行員の男性・新一(43歳)とマッチングし、2人で会うことになったが……。
●前編:「この先1人じゃ老後が不安…」バツイチ独身アラフォー女性が、マチアプ婚活で直面した「仰天の事実」
初対面の2人新一との初めてのデートの日、梨沙子は新調したワンピースを下ろして、待ち合わせ場所に向かった。1本早い電車に乗ったのに、待ち合わせ場所にはすでに自分を待つ新一の姿があった。
高級ブランドに身を包んでいるわけではなく、むしろシンプルな装いだったが、そのアイテムひとつひとつにセンスが感じられた。
「あの、新一さん……ですよね? お待たせしてすみません、梨沙子です。ずいぶん早かったんですね」
梨沙子が緊張しながら話しかけると、新一はスマートフォンから顔を上げて破顔した。
「初めまして、新一です。待ち合わせ時間の10分前……お互いにせっかちですね」
「たしかにそうですね」
「僕は、今日が楽しみだったので、早く来てしまったんですよ」
新一は軽快に笑った。口元にできる深いえくぼがかわいらしく、梨沙子は写真の印象とはまた違った愛らしさを新一に感じた。
思いのほか表情豊かな新一のおかげか、それとも2人の波長がぴったりとあっているおかげなのか、彼が予約していたレストランへの道すがらで、すでに初対面特有の緊張感は自然と薄れていた。
新一にエスコートされて入った店はしゃれたイタリアンだったが、高級すぎず、程よく落ち着いた雰囲気が漂っていた。事前にメッセージで「気取らないところがいい」と伝えた梨沙子の言葉をきちんと受け止めてくれていたことが分かり、その心遣いにホッとした。
落ち着いた音楽の流れるレストランでは、何気ない会話が心地よく感じられ、梨沙子たちの間には終始、穏やかな雰囲気が流れていた。
料理が運ばれてくると、新一はワインについて詳しく話し始めた。
「ここのワイナリーで作られたものは、どれも飲み口が軽いのが特徴でね……」
彼はワインの選び方や、料理に合う組み合わせなどについての知識が豊富だった。しかし知識を披露して悦に浸るような嫌な感じはなく、梨沙子が知らないことであっても分かりやすく、時にユーモアも交えながら話してくれた。
それに、新一は話し上手なだけではなかった。梨沙子のたわいない話にもよくうなずいて耳を傾けた。仕事のことや趣味のこと、日常のちょっとした出来事まで、どんな話題でも興味を持って聞いてくれた。
特に梨沙子が美術品に興味を持っていることを話すと、新一は明らかに目を輝かせた。
「梨沙子さんは、どんなアートに興味があるの?」
「私は書道とか、日本の伝統工芸とかの作品を見るのが好きなの。全く詳しくはないんだけど……」
いつの間にか2人のあいだに敬語はなくなっていた。
「それじゃあ、ここの美術館とか行ったことありますか? 常設展示に、日本の戦前の工芸品なんかが展示してあるんですよ」
「行ったことあります。すごくすてきですよね。この今やってる西洋画展も面白そう。ゴッホとかって、日本の浮世絵から影響を受けてるんですよね」
「お詳しいじゃないですか。僕はどちらかといえば、写実的な絵画が好きなんですが、アムステルダムでゴッホ・ミュージアムに行ったときは、すごく感動しました」
「え、それはすてきですね」
「そうでしょう。オランダまでとは行きませんが、良かったら今度の週末、ここの展示、一緒に見に行きませんか?」
断る理由はどこにもなかった。
これまで何度か男性とのデートを繰り返してきたが、こんなに心地よく感じたのは久しぶりだった。
また会いたい、もっと彼のことを知りたい。
そんな気持ちを抱えながら、梨沙子は心地のいい酔いを抱えたまま、家路についた。
お金のことばかり「梨沙子さん、こっち」
今回も先に待ち合わせ場所に着いていた新一は、軽く手を上げて梨沙子を呼んだ。季節感のあるシックな装いの彼は、慣れた様子で梨沙子を伴い、美術館へと向かった。
それから梨沙子は、新一の案内で館内の展示を見て回った。思っていた通り、美術に対する彼の教養は深く、その知識量は膨大で、解説文にも載っていないような豆知識を生き生きと披露した。
「この作品を制作していたとき、彼は肺結核を患っていてね……」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「今日が待ち遠しくて、いろいろ調べてるうちについね」
新一が口にする何気ない一言が、あるいは動作が、視線が、梨沙子を喜ばせた。
「ほら、この絵。この絵はすごくてさ、オークションで500万ドルの値がついたんだ。でもあの絵は微妙だね。この作家の絵は、晩年よりも初期のほうが価値が高いんだ」
「へぇ、そうなんだ……」
「梨沙子さん、見てみて。これは、なかなか素晴らしいよ。何といってもニューヨークで1000万ドルで落札された作品だからね。当時のレートだと日本円で13億くらいかな」
「へぇー、すごいね……」
次第に梨沙子のテンションは下がっていく。さっきからずっと、新一は落札価格や絵の価値の話をしている。だが、値段は美術品の価値を計るための指標の1つでしかない。意味がないとまでは思わないが、それがすべてではないことは間違いがない。1度そう思ってしまうと、新一の発言の1つひとつがどうしても気になった。
気にしすぎかもしれない。きっと、元夫やこれまでアプリで会ってきた男性のことがあり、過敏に反応しすぎているのだろう。梨沙子は考えるのを止め、素直に展示を楽しもうと決めた。
「この絵、素朴な感じがして好きだな……色使いがきれい……」
梨沙子がある作品の前で立ち止まり、ぽつりとつぶやくと、新一は備え付けの紹介文を一読し、にべもなく言った。
「ああ、この絵はダメだよ。この画家は、他の作品も含めて人気がないし、取引価格も安いんだ。市場で認められていないってことはつまり、美術家としていまいちってことだからね」
新一の言葉は、梨沙子が抱いていた彼への期待を裏切るのに十分過ぎるものだったのだ。高価な作品だけを素晴らしいと思い込むのは勝手だが、その価値観を他人に押し付けるのは言語道断。他人が好きだといったものを平気で否定できるような人間とは、一緒にいられない。
そう心に決めた梨沙子は、新一とのディナーを断ることにした。
新一がレストランを予約してくれていたことは分かっていたが、美術館でのやりとりに疲れてしまい、これ以上彼と一緒に過ごす気力が湧かなかったのだ。
新一の上っ面の部分だけを見て、引かれていた自分がばからしく思えてきた。
梨沙子は、帰宅ラッシュの電車に揺られながら、静かにため息をついた。
無理をして誰かと一緒にいる必要はない梨沙子がすし屋に立ち寄ったのは、ほんの思い付きだった。冷たい秋の風に身をすくめながら歩いていると、ふとすし屋ののれんが目に入り、気が付くとふらふらと吸い寄せられるように店に入っていたのだ。
熱かんと一緒にすしをいくつか腹に入れると、身体が温まり、心も軽くなった。
失敗続きの婚活を冷静に振り返る余裕も出てきた。そして最終的に梨沙子は、これで良かったのかもしれないと思った。無理をして誰かと一緒にいようとする必要はない。
もちろん、老後の不安など先々のことを考えれば不安の種は尽きない。だが、無理に相手を探して失望するくらいなら、1人で自分の時間を楽しむ方が良い。
そう思えると、ふっと肩の荷が下りたような気がした。
人生は、パートナーの存在で豊かになることもあるが、自分自身で楽しむことも大切だ。
これからはもう少し自分のために時間を使ってみよう。
すし屋に飾られた見事な掛け軸を眺めながら、梨沙子は新たな趣味との出会いに思いをはせた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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