「ともに暮らしてきた家族とは思えない」FIREをした男性が、妻と息子と絶縁するに至った「あり得ない裏切り」
Finasee / 2024年11月5日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
憲二は(62歳)は、6年前に資産運用でアーリーリタイア(FIRE)をして以来、現役時代は忙しくてできなかった神社仏閣めぐりをして、隠居生活を楽しんでいた。
ある日、息子の昌一(35歳)が、仕事を辞めて実家へと戻ってきた。家でふらふらと過ごす昌一にいら立つ憲二だったが、昌一はある日突然、時計の修理士の専門学校へ通いたいので、学費を出してほしいと言い出した。
一度は突っぱねたが、昌一を溺愛している妻・直美(59歳)の意見もあって、35歳の息子の学費を工面することになった。
●前編:「思わず耳を疑った」家族のために“FIRE”をした男性の誤算…突然仕事を辞めた35歳息子からの「仰天の申し出」
学校は辞めたんだよね時計の専門学校に通い始めた当初、昌一は真剣に知識や技術を学んでいるように見えた。朝早く起きて家を出て行き、夕方遅くに疲れた様子で帰ってくる。
最初に時計の修理士になりたいと言い出したときは、本気かどうか疑っていた憲二も、援助したかいがあったと安心していた。直美も昌一のために喜んで身の回りの世話をしていた。
ところが、入学から数カ月がたったころ、昌一が学校に行っていないことに気づいた。
かつてのように日が高くなってから起き、ふらふらとどこかへ出掛けて行って、夜中までゲームをしていた。帰ってくるときには、アルコールのにおいをさせて帰ってくることもあった。
どう考えても、目標に向かって努力している人間の生活ではない。不審に思った憲二が問い詰めると、昌一はまるで天気の話でもするみたいな調子で、気だるそうに
「あー……学校は辞めたんだよね」
「は?」
一瞬、憲二は頭が真っ白になった。
専門学校を辞めた? なんの相談もせずに? そもそも親の金で入学しておきながら、たった3カ月足らずで音を上げたというのか。
憲二は湧き上がってくる怒りを抑えきれなかった。
「一体どういうつもりだ!? ろくに通いもしないで辞めるなんて、ふざけてるのか!?」
「別に……ただ俺には向いてなかっただけだよ」
悪びれもせず、当然のことのようにつぶやく昌一。視線を合わせようともしない息子の態度は、憲二の感情をあおった。
「お前が自分で決めたことだろうが! そんな言い訳が通用すると思っているのか!?」
しかし、憲二が何を言っても、昌一は冷めた様子で「興味がなくなった」「思っていたのと違った」と繰り返すばかりで話にならない。
「仕方ないわよ。実際にやってみないと分からないこともあるんだから」
退学の件を知っていたらしい直美は昌一をかばったが、憲二は到底納得できなかった。工面した200万円が無駄になったことは、この際百歩譲って目をつむろう。だがそもそも、息子がやりたいと言い出したことに金を出したのは、直美の説得もあったが、なにより父親として昌一を応援してやろうという気持ちがあったからだ。
長年連れ添い、ともに暮らしてきた家族とは思えなかった。いい夫ではなかったし、いい父親でもなかっただろう。だが、こんな風に気持ちをないがしろにされるようなことをした覚えはない。
「ふざけるな……出て行け! 35歳にもなって、親のすねをかじるばかがいてたまるか!」
憲二は声を荒らげた。
おそらくここで感情をあらわにすれば、これまで家族3人をつなぎとめていた何かが壊れるだろうということは想像できた。だが、たとえそうだったとしても、憲二は自分を抑えることができなかった。
老後資産を使いこまれ…それからしばらくして、昌一は唐突に家を出ていった。
無事再就職が決まって、会社の近くで1人暮らしを始めるというのだ。憲二は内心ほっとしていたし、直美も昌一の再就職を喜んでいた。
昌一が自立してくれれば、ようやく直美との平穏な生活が戻るだろう。実際、憲二の毎日はこれまでの落ち着きを取り戻し、再び神社仏閣巡りに精を出す余裕も生まれた。
だが、昌一が家を出て数カ月がたったある日、通帳を確認した憲二は信じられない事態に直面した。
老後のためにためていた資金が、いつの間にか大幅に減っていたのだ。資産は分散して管理しているため、銀行に預けている分が全てではないが、それでも口座には1000万以上はあったはず。ところが通帳に印字された残高は、なんと200万円を切っていた。毎月定期的に50万円前後の金が下ろされている。もちろん憲二の身に覚えはない。
夫婦で使っている口座なのだから、身に覚えがないのであれば、残る可能性は1つしかない。すぐに直美を問い詰めると、驚くべき事実が発覚した。
直美は、ずっと昌一の生活費を夫婦の老後資金から出していた。しかも、昌一は今も定職に就かず、ホテル暮らしをしていたことが判明。
再就職が決まったというのは、口から出任せの大うそだったのだ。
「どうしてこんな勝手なことをしたんだ!? これは俺たち2人のための金だろう!」
憲二は怒りを抑えきれず、直美を責めた。直美は涙ぐみながら反論した。
「だって……昌ちゃんが困っているみたいだったから……子供を助けるのは親として当たり前でしょう?」
「ばか言うな! あいつはもう35だぞ! とっくに俺たちの手を離れた人間なんだ! 老後の生活費を切り崩してまで、面倒を見てやる義理はない!」
「あなたは冷たすぎるわ! 何歳になっても、あの子は私たちの子供よ! 親が子供のためにお金を使って何がいけないの!?」
いつもならなるべく直美の気持ちを尊重しようと思う憲二だが、今回ばかりは本当に理解不能だった。大切な妻が、えたいのしれない生き物に見えた。
「昌一が病気やけがが原因で生活できないっていうなら、俺だって身を削って援助するさ。だけど、今のあいつは仕事もせず、遊び歩いてるだけじゃないか」
「でも……」
これは単なる親の援助というレベルを超えている。昌一はもうとっくに自分の人生に責任を持つべき年齢に達しているのだ。
「成人した子供をいつまでも甘やかすのは間違ってる。昌一は親のすねをかじらずに自立するべきだし、お前はいい加減子離れすべきだ。直美……お前も本当はそれを分かってるから、俺に黙って昌一に金を渡してたんじゃないのか?」
「別に……あの子を甘やかしてるつもりじゃないのよ。ただつらい思いをしてほしくないだけなの。子供の幸せを願うのは、親として当然でしょう?」
直美は決して罪を認めず、堂々巡りの主張を繰り返した。
彼女の口から「子供のため」「親としての責任」といった言葉が出てくるたび、憲二は頭を抱えた。直美は昌一を盾にして、自分が夫婦の資産を使い込んだ件を棚に上げていることに気付いていないのだ。
いくら話し合っても、憲二と直美の意見は平行線のまま時間だけが過ぎていった。
まだまだ人生は道半ばこの一件で我慢の限界を超えた憲二は、直美と昌一との縁を切る決断を下した。
もちろん、家族との絶縁など簡単なことではない。だが、憲二自身の老後の生活を守るためには、これ以上2人に振り回されるわけにはいかなかった。
妻の直美に対しては離婚を要求し、彼女が無断で使い込んだ分の資産を差し引いて、財産分与を申し出た。直美は離婚を拒否していたが、憲二の意志が固いことを知ると、最後には観念して要求を受け入れた。
昌一の方とは、役所で分籍の手続きを行った。無気力な顔をした息子は、憲二の絶縁宣言にも驚かず、素直に応じた。おそらく母親の方に渡った財産を当てにしているのだろう。
2人のこれからが気にならないわけではなかったが、それ以上にもう関わりたくないと思った。
持ち家を妻に譲った憲二は現在、賃貸マンションに住んでいる。およそ40年ぶりの独り暮らしはなかなかに大変で、料理も洗濯もろくにできなくなっていた自分にあぜんとしたが、1つずつ新しいことができるようになっていく感覚は新鮮で、楽しくもある。
最近は全国の神社仏閣めぐりに加えて登山も始めた。一心不乱に頂上を目指して歩き続ける登山は、老体に優しい趣味ではなかったが、厳しく険しい道のりであるほど達成感も大きかった。
「よし」
運動靴の靴ひもを固く結び、立ち上がる。リュックサックを背負い、帽子をかぶる。エントランスを抜けた憲二はまだ薄暗い空を見上げる。東の空の端がほんのりと黄金色を帯びている。
想定外の事態で家族を失った憲二だったが、後悔はしていない。まだまだ人生は道半ばだ。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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