「娘と一緒になるなら」 婚活アプリで結婚を決めた30代男性が“将来の義実家”で告げられた「あり得ない結婚の条件」
Finasee / 2024年11月6日 17時0分
Finasee(フィナシー)
行きつけの焼き鳥屋で、ジョッキを合わせる。仕事終わりの疲れた体に流し込んだビールがしみていく。
「あー、うまい!」
まるでCMみたいに口のまわりに白いひげをつけてうなる結子に、創志は思わず笑みをこぼす。
「何笑ってんのー」
「いや、おいしそうに飲むなと思ってさ」
「だって美味しいんだもん」
結子はそう言って、残りのビールを飲み干し、カウンター席のタブレットでおかわりを注文する。間もなく、結子の2杯目といっしょに頼んでいた焼き鳥が運ばれてくる。
「でもさ、この店でよかったの? つきあって1年の記念日なのに」
「もちろん。変に高いお店行くより、こういうところのほうが落ち着くもん。それに、なんかこういうアットホームな感じとか、実家の弁当屋とちょっと似てるんだよね」
「まあ、結子がいいなら僕も落ち着くからいいんだけどさ。ここの焼き鳥好きだし」
創志はそう言ってぼんじりを頰張る。いつもと変わらない味になんだか無性に安心を覚えた。
結子とは、マッチングアプリを通じて知り合った。
エンジニアとして働く創志は、若いころから仕事に追われ、長い間恋愛とは縁遠い生活を送ってきた。結婚に対して特別な焦りを感じることはなかったが、数年前に父親が会社を退職したことを機に自分の将来について真剣に考えを巡らせるようになった。
そして、30代後半にして婚活を決意。まずは手軽に始められるマッチングアプリで結婚相手を探すことにしたのだ。だが、おいそれと理想の相手に出会えるわけもなく、創志の婚活は難航した。これまで交際に発展した相手は何人かいたが、結婚となると話は全く別だった。
たとえば数年前に出会ったある女性は、結婚の話が出た途端に創志の財産を当てにするような態度が目立つようになった。いつの間にか義家族まで乗り出してきて、当たり前のように創志の名義で二世帯住宅のローンを組む算段をし始めたときは、さすがに閉口した。別に妻となる相手を養うことに抵抗があるわけではないし、義家族のことも大切にしたいと考えている。
とはいえ、「家族」であることを盾に相手を搾取するようなことは避けなければならない。その考えを何度も彼女に説明したが、結局最後まで分かり合えず、破局した。
父と母が当たり前のようにやっていたから気が付かなかったが、他人と家庭を築くというのは、自分の想像以上に複雑で困難なことなのだと悟った瞬間だった。
結子と出会ったのは、そんなタイミングだった。
2つ年下の結子は、その年齢以上に落ち着いた印象の女性で、一緒にいて居心地が良かった。食の好みや趣味など、共通点も多かったし、2人ともごく普通の家庭で育ったせいか、価値観が近かった。
結婚してもらえまえんか店を出た2人は繁華街を抜けて駅までの道を歩く。まだ終電には時間があるのでみんな店のなかにいるのか、通りには人気はない。
夏はすっかり過ぎ去り、秋の涼やかな風が吹き、アルコールで火照ったからだを心地よくなでていく。
「何じっと見てるの? 恥ずかしいからやめてよ」
「結子」
「どうしたの、改まって」
創志は結子の隣りを歩きながら、深く息を吸う。何か計画をしていたわけではない。ただ無性に、結子とこれからもずっと一緒にいたいと思ったのだ。
「こんなところで言うのも、ムードがないって怒られるかもしれないんだけど、思ったから言うね。――僕と、結婚してもらえませんか」
2人は同時に立ち止まる。創志は全身の血が沸騰するような緊張感を感じていた。
「怒るわけないじゃん。よろしくお願いします」
弁当屋を継いでくれないかプロポーズが成功したとなれば、創志が次にすることは地方にある結子の実家にあいさつに行くことだった。
結子の両親は自営業で弁当屋を営んでおり、彼女も学生時代は店でアルバイトをしていた。今は東京に出て働いている結子だが、帰省した折には義母と一緒に販売員として店頭に立ったり、配達を手伝ったりすることもあるという。家族で手を取り合って働く彼らの姿は、創志の思い描く温かい家庭のイメージにぴったりだった。
だが、居間に案内され、結婚のあいさつ終えた創志に向かって、義父が言った言葉は想定の斜め上をいく意外なものだった。
「創志くん、娘と結婚するなら、いずれこの店を継いでくれないか?」
「えっ、この弁当屋を……? でも僕、今まで飲食業に携わった経験なんてないですし、料理だって簡単なものしか作れませんが……」
「なに、経験はこれから積めばいい。レシピは俺が教えるから、よほど不器用でなければ問題なくやっていけるよ」
「ですが……」
義父は熱心に頼み込んできたが、簡単にはうなずけなかった。
創志は現在エンジニアとして、東京である程度安定した仕事を得ている。特に自分の仕事に強いこだわりがあるわけではなかったが、やはり東京を離れて地方に移り住むことには少なからず抵抗があった。というのも、創志の両親は東京に住んでいるからだ。
今は2人とも元気にやっているが、将来的には介護やサポートが必要になる可能性がある。
そんなときに1人息子の自分がそばにいなくて良いのか。
両親は創志が東京を離れることで心細く感じるのではないか。
「両親も高齢ですし、できればそばにいてあげたいと言いますか……」
「それはご両親に言われたのかい?」
「いえ、違います」
「じゃあ相談してみるといい。創志くんは真っすぐでいい男だからな。そんな創志くんを育てたご両親なら、息子の新しい門出を快く送り出してくれるよ」
正直、めちゃくちゃな言い分だとは思った。当然、両親への相談にも気が乗らなかった。だが結子の説得もあり、2人は創志の両親のもとへ相談もかねて赴くことになった。
心苦しくて仕方なかった創志は、両親ならその気持ちをくんでくれるだろうと思ったが、意外にもあっさりと創志が弁当屋の跡継ぎになることに首を縦に振った。
「自分が思った通りにしなさい。私たちは、創志が幸せになってくれるのが1番なんだから」
そう優しく言った母の隣で、父も力強くうなずいた。
「ああ、老後の面倒は自分たちで見るから問題ない。好きに生きろ」
「ありがとう……そうさせてもらうよ」
2人の優しい言葉に照れつつも、創志は複雑な気持ちを抱いていた。
けがをした義父「創志くん、ありがとう。これで老後の憂いはなくなったよ」
2度目のあいさつで、ゆくゆくは弁当屋を継ぐことを約束すると、義父は大喜びで何度も礼を言い、義母も創志を家族の一員として認めてくれたようだった。
両親のうれしそうな姿に、結子も安心したように笑っていた。
それからしばらくして、創志と結子は両家に祝福されてめでたく夫婦となった。一世一代の決断をした気分の創志だったが、実のところ結婚してすぐにどうこうという話ではなかった。
なぜなら60代になったばかりの義両親は、まだまだ現役。しばらくは東京で新婚生活を送りつつ、義実家へ帰省したときに店を手伝って、義両親から少しずつ仕事を教わる。
そういう話に落ち着いていた。
ところが、結婚後間もなくして、予想外の出来事が起こった。義父が配達中に転倒して腰を痛めてしまったのだ。
幸い大事には至らなかったが、長時間台所に立つことは困難になってしまった。
そこで創志は急きょではあったが約束の通り、東京での仕事を辞め、結子の実家の弁当屋を本格的に手伝うことになってしまったのだ。
●弁当屋を継ぐ決意をした創志、だが義実家はとんでもない秘密を抱えていた……。後編【「助け合うのは当然でしょ?」夫婦の貯金も家業の借金返済へ…義実家が隠していた「ヤバすぎる秘密」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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