「残業を断っただけなのに」出産をしないほうが会社では有利? シンママが直面した「モンスター上司の理不尽な仕打ち」
Finasee / 2024年11月14日 17時0分
Finasee(フィナシー)
自宅の寝室で、倫子は険しい表情でスマホの画面を見つめていた。毎晩、家計簿アプリを付けるのが習慣となっているが、ここ最近は見ていても気がめいるばかりだ。
42歳の倫子は、昨年夫と離婚をし娘の真悠と2人で生活をしている。夫とは長い間、仮面夫婦のような状態で、いつでも離婚をして良いという状況だった。だから、離婚の話し合いはとてもスムーズに進み、真悠の親権は倫子が取得。夫は毎月5万円の養育費を払うことになった。
離婚後、夫は欠かさず5万円を振り込んでくるが、生活はやはり苦しかった。
真悠は現在12歳で、中学受験を控えている。私立の中学に通わせて、大学まで私立に通うとなると合計で1500万ほどかかると言われている。奨学金や学資ローンを使ったとしても、今のままではいつか家計が破綻してしまう。
どうにかしなければと夜な夜な頭を悩ませているが、いまだにその答えは導き出せていなかった。
仕事も家事も中途半端じゃないか倫子は医療機器の卸販売をしている会社の営業部で働いている。比較的古い体質で体育会系の社風であるせいもあり、産休や育休で同期との出世レースに後れを取った倫子だったが、営業成績は常に上位で、社内でもエースと呼ばれるだけの成果を残していた。
デスクワークをしていると、この春から倫子の部署にやってきた課長の橋本に呼ばれる。
「奥野、ちょっといいか」
倫子はすぐに橋本のデスクに向かう。橋本は椅子に浅く腰かけたまま、ボールペンをカチカチと鳴らした。
「今日の夜、平和堂病院の朝永さんと会食をするんだけど、お前も来れるよな?」
営業部に来て、最初に覚えたのは接待での立ち振る舞いだった。医療機器を売る人間として、医者から気に入られることは至上命令とも言える。
以前の倫子であれば当然二つ返事で行っていただろう。だが、今は勝手が違う。
「申し訳ありません。できれば他の社員を連れて行ってもらえますか?」
眉根を落として倫子は頭を下げる。その瞬間、橋本の表情が険しくなった。
「おいおい、何言ってんだよ。平和堂病院がどれだけのクライアントか分かってる? 今期の予算達成かかってんだぞ?」
「ですが、ちょっと急すぎて……娘の」
「は、え、娘の世話? 何それ? 今までは普通に来てただろ? 信じられないんだけど。あ、もしやあれか、今はやりのワークライフバランスか」
もちろん名字が変わったこともあり、倫子の離婚は社内でも周知の事実だ。たいていの社員は気遣ってくれるか、触れずにそっとしておいてくれるのだが、橋本はあからさまに嫌みっぽく舌打ちをした。
「すいません。事前に言っていただければ大丈夫なんですが、当日はちょっと、すいません」
「はいはい。もういいよ。ったく、仕事も家事も中途半端じゃねえか。そんなんだから旦那に逃げられるんだろ」
思わず言い返しそうになって、倫子は歯を食いしばった。
お互いの気持ちが離れていったのは、それぞれの仕事が忙しくすれ違いが続いたことも1つの原因だ。倫子はこれまで、会社に貢献しようと身を粉にして働いてきた。そのことは成果として数字にも現れている。
その努力をろくに知りもしないくせに、中途半端だと言われる筋合いはなかった。
「なんだよ、その目は。ったく女はすぐ感情的になるな。もういいよ、お前のことは誘わねえから」
そう言うと、橋本は煩わしそうに手を払う。倫子は深く頭を下げて、自分のデスクに戻った。
何も感じてないという表情を作り、仕事を再開させたが、内心はマグマのような怒りが煮えたぎっている。
本来なら、課長のポジションに倫子が座っていてもおかしくなかった。成績だけならば同期のなかで最も速く出世できるくらいの成果を上げている自覚もあった。しかし、真悠を身ごもり、産休を取り、出世レースからは大きく後れを取った。
もちろん、真悠というかけがえのない存在を授かったことに何ひとつ後悔はなかったが、旧態依然とした会社という組織では出産をすることのない男のほうが圧倒的に有利なのだと改めて思い知らされた。
だが倫子の人生において、1番大切なのはまぎれもなく娘の真悠だ。
離婚することになり、名字が変わったりと真悠にはすでに迷惑と心配をかけている。だから倫子は離婚すると決まったとき、何があっても真悠を優先すると決めた。
それだけは橋本が何を言ってこようとも、揺らぐことはないのだ。
エスカレートする課長の嫌がらせに講じる一手は…「奥野、ちょっと来い」
冷たい声で、また橋本に呼ばれる。
重たい気持ちで課長のデスクに行くと、橋本はまたボールペンをカチカチとさせながら、こちらをチラリと見る。
「北館病院との契約の話はどうなってる?」
「今期も継続をしていただけるということで、今週中に山中院長にごあいさつに伺う予定です」
「そうか。じゃ、それ、平田に任すから、お前は行かなくていいよ」
あっさりと告げられた橋本の言葉に倫子は動揺した。
「……え? それはどういうことですか?」
「山中病院との商談は今後、平田に担当させる。お前はもう行かなくて良い」
倫子は前で組んだ手をぎゅっと握りしめる。
「どういうことでしょうか? 山中病院との契約は元々、私が取り付けたもので、長年、私が担当をさせていただいてました。それがどうして急に、平田くんになるんですか?」
橋本は人さし指をくるくると回す。
「新陳代謝。分かる? 新しい人材にさ、どんどん仕事を回してさ、経験をつけてもらって、わが社の戦力になってもらおうというわけだよ」
「では、私はどうすればいいんですか?」
「そんなのは知らんよ。お前、40超えて、まだ人に指示されないと動けないわけ? そんな人材はいらないけどなぁ。ぶら下がり社員にはさっさと退場してもらいたいというのが、課長の本音です」
倫子はあぜんとしてしまい、何も言えなかった。
「ほら、早く席戻んなよ。もういいから」
橋本はそう言って倫子をあしらった。倫子はそのまま席に戻っても仕事を続けられそうになく、オフィスを出てトイレへと向かう。
個室に入った途端、涙があふれてきた。
どうしてこんな仕打ちを受けないといけないのだろうか。残業や接待を断っただけで、仕事を奪われるなんておかしい。自分など、まるで無価値だと言われているような気がして、悔しかった。
倫子はなんとか涙を抑えようと、歯を食いしばって顔に力を込めた。だが涙は倫子の意志とは無関係に流れ続けていた。
●課長からのあり得ない暴言の数々……。倫子が考えた最大限の「反撃」とは? 後編【「仕事は若い男性社員に…」あり得ないパワハラ上司を撃退した方法とは? 40代シンママを奮い立たせた“娘の言葉”】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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