「仕事は若い男性社員に…」あり得ないモンスター上司を撃退した方法とは? 40代シンママを奮い立たせた“娘の言葉”
Finasee / 2024年11月14日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
倫子(42歳)は昨年夫と離婚した。毎月5万の養育費は振り込まれるものの、中学受験を控えている娘・真悠(12歳)との生活は決して楽なものではなかった。
それまで営業部のエースとして残業もいとわずバリキャリとして働いてきた倫子だったが、シングルマザーになったこともあり、残業や接待を避けるようになった。
この春から倫子の部署にやってきた課長はそれが気に入らず、あからさまな嫌みを言ったり、長年担当してきた案件を取り上げられたりと倫子に対するパワハラはエスカレートするばかりの毎日だった。
●前編:「残業を断っただけなのに」出産をしないほうが会社では有利? シンママが直面した「モンスター上司の理不尽な仕打ち」
今のままいても飼い殺しにされるだけだよ?橋本からひどい扱いを受けるようになってから3カ月の時が過ぎていた。
その日、倫子は喫茶店で渚と待ち合わせをしていた。渚は元々同じ会社に勤めていたのだが、10年前に寿退社をしている。会社を辞めてからも渚との関係は続き、今もこうしてたまに時間を見つけては会って近況報告などをする仲だった。
離婚についても渚には相談をしていて、単なる同僚の域を越え、とても頼りになる友人だった。
「へえ、アイツ、課長になってそんな偉そうにしてんだ」
渚はコーヒーを飲みながら、顔をしかめる。働いていた当時、橋本と同じ部署にいたらしい。そして、渚は橋本のことをとにかく嫌っていた。
「そうだよ。私なんて、マジで良い標的にされてるんだから。おかげで仕事もなくなって、インセンティブがないぶん、給料もどんどん下がってるんだから」
「それ、文句言ったの?」
「1回言ったよ。そしたら、家庭が大事なんだから気を遣ってあげてるんだって言ってきてさ。そんなつもりなんて全くないくせに」
倫子は話をしながら、また怒りがぶり返してきた。
「ねえ、もうさ、アイツの下で結果を出すのって難しくない?」
渚の質問に倫子は苦々しい気持ちでうなずく。
「これから、また別の案件を自分でつかみ取ったとしても、どうせ、橋本は自分の権限で、他の社員に回すに決まってるよ。そうやって、自分の子飼いの社員を作って味方を増やすのがアイツのやり方だから。もう転職っていうのも、選択肢としてあるんじゃない?」
渚の意見はもっともだった。しかし、簡単にうなずくことはできない。
「……それは分かるけど、この年で転職なんて難しいよ。あったとしても、今の会社よりも条件は絶対に悪くなるだろうし。私には医療機器を売ったっていう経験はあるけど、それ以外には何もないからさ。医療機器の業界だって別に景気が良いわけじゃないし……」
自分で言っていて、惨めな気持ちになる。
「……でも、今のままいても、飼い殺しにされるだけだよ?」
「そうなんだよねぇ」
倫子は深いため息をついたが、解決策は見えなかった。
倫子を奮い立たせた娘の言葉どれだけ悩んでも答えが出ることはなく、ただ悪化していく日々を耐え忍ぶだけだった。
いくつもの将来のシミュレーションをしてみても、行き着く先は地獄だった。
「ねえ、お母さん」
真悠の声で倫子はわれに返った。
目の前には自分が作ったハンバーグが皿に盛られている。
「何か、悩み事でもあるの?」
「え、あ、ううん。そうじゃないの。ちょっと仕事のことでね」
クーラーを効かせているにも関わらず、額に汗をかいていた。
無理やり笑顔を作り、ハンバーグをほおばる。夕食時にまで、暗い未来を思い描いてしまっていた。
「……別に中学は公立でもいいんだからね」
「な、何を言ってるの……?」
「ちゃんとした大学に行ければ、問題ないわけでしょ? だったら、別に無理して中学から私立に行かなくても良いかなって。それに公立のほうが友達もいるし」
後半は本心でもあるだろう。しかし真悠は志望校の女子高のかわいいセーラー服が着たいと、4年生のときから塾に通って勉強を頑張ってきた。だからこれは倫子に心配をかけまいと気を使っているのだと、すぐに分かった。
「大丈夫。真悠は今まで通り、行きたい学校目指して頑張ったらいいの」
倫子は笑って気持ちを伝えた。それでも、真悠は眉根を下げる。
「別に私はお母さんと一緒にいられたら、何でもいいんだけどね」
「え……?」
真悠は当たり前のようにそうつぶやくとまた食事を始める。
驚きすぎて、倫子は真悠にそれ以上、真意を聞くことができなかった。
だが、真悠の言葉は、倫子を奮い立たせた。
あんなやつに負けたくない。素直にそう思った。
人事部長からの呼び出しそれから1カ月がたったころ、倫子たちがデスクワークを行っていると、いきなり松阪が営業部に入ってきた。
「橋本課長、ちょっとお話があります」
口を真一文字に結び、松阪は課長を名指しする。橋本を始め、営業部の人間は全員が動揺していた。なぜなら松阪は営業部ではなく、人事部の部長だからだ。その松阪が直々に足を運び、誰かを名指しで呼び出すなんてことはただ事ではない。
「……私ですか?」
「そうだ。話があるから、来なさい」
橋本は不満そうに唇をとがらせながらも、松阪に従って営業部を出ていく。
「……なにがあったんですかね?」
隣に座る男性社員が顔を少しだけ近づけて聞いてきた。
「さあ?」
私は知らないふりをした。
松阪を動かしたのは、実は倫子だった。倫子は日々、橋本から受けている屈辱的な仕打ちを松阪に報告した。
その結果、松阪は人事部を使って社内調査を行うと約束をしてくれたのだ。
結果は当然、黒。それどころか社内調査の結果、橋本は社員へのパワハラだけでなく、女性社員へのセクハラをしていたことも発覚し、厳正な処分が下されることになった。
降格処分となり、地方の支社への左遷。
倫子は生ぬるいとすら思ったが、橋本がいなくなって働きやすくなることに代わりはないので、松阪に感謝をして留飲を下げることにした。
異動願を出した倫子「奥野、お前だろ」
橋本の本社最終出勤日。荷物をまとめた段ボールを抱えた橋本が、倫子をにらんだ。
「さあ、なんのことですかね」
「……とぼけやがって」
橋本は倫子にだけ聞こえるような声量で、ぼそりと吐き捨てた。
「お世話になりました。課長のご指導のおかげで、自分の働き方を見直すこともできたので、感謝してますよ」
倫子はボールペンをカチカチと鳴らし、口角を釣り上げた。何かを言い返そうとした橋本だったが、周囲の社員たちの視線がそれを制する。課長という権力を失った橋本は、会社にとっても社員にとっても、ただの不良債権でしかなかった。
橋本の左遷と同時に、倫子は空いた課長のポストへと推薦を受けた。しかし倫子はこれを断り、異動願を人事部に提出した。
願い出た異動先は人事部。
最後まで気丈に振る舞ってみせたものの、今回、営業部で橋本から受けた仕打ちは倫子にとって本当につらいものだった。それに今回の一件で、この会社がまだまだ女性にとって働きづらい会社であることもはっきりと分かった。
だからこそ、頑張った人が正当に評価される会社にしたいと思った。それにまだ、社内では自分のようなつらい思いをしている社員がまだいるかもしれない。そんな社員の力になりたいと、倫子は強く思ったのだ。
2人の新学期人事部で働くようになって半年が過ぎ、真悠は無事に第1志望の中学に合格をすることができた。
まだ真新しいセーラー服は、真悠のからだには少し大きく、着ている姿はどこか初々しい。
「それじゃ、お母さんもう行くからね。ちゃんと鍵閉めてから出掛けるのよ」
「分かってるよ。行ってらっしゃい」
トーストをかじっている真悠に見送られる幸せをかみしめて、倫子は会社へと向かった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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