「会ってもらえなくて当然」絶縁した父から娘に届いたビデオレター、最期にどうしても伝えたかった言葉とは
Finasee / 2024年11月15日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
松野歩さん(35歳・仮名)はシングルマザーとして息子さんの子育てに追われ日々忙しく過ごしています。実は松野さんは10歳の頃、父親のドメスティックバイオレンスに耐えかね、母親に連れられ大阪の実家を飛び出した過去がありました。
その後、松野さんは夢をかなえ、キャビンアテンダントに。勤務先の航空会社で副機長として働く男性と結婚、一児をもうけます。しかし、遊び惚け次第に暴力を振るうようになった男性に耐え兼ね、松野さんは離婚してしまうことに。
そんな松野さんのもとに、ある日「父のケアマネジャーの古賀」を名乗る人物から手紙が届きます。全く心あたりのない名前にいぶかりながら封を切ると、そこには生き別れたはずの父親の今が書かれていました。
●前編:【“ブラック企業勤務”で豹変した父から逃げ出し20年…娘がケアマネからの手紙で知る「驚きの現状」】
末期がんとなった父の様子を伝える手紙私は、以前の勤務先だった航空会社で出会った副操縦士の夫と離婚し、塾講師をしながら就学前の息子を育てているシングルマザーです。そんな私に、九州の居宅介護支援事業所でケアマネジャーをしている古賀さんから手紙が届いたのは2023年の夏のことでした。
そこにつづられていたのは、10歳の時に生き別れになった実の父についてでした。父はその少し前に末期の肺がんと診断され、本人が最期まで自宅で過ごすことを希望したため、古賀さんにお世話になることになったようです。この先父の自宅療養が困難になり、病院や施設に入ることになった時に身元引受人になってほしいと書かれていました。
しかし、父の度を越したドメスティックバイオレンス(DV)に耐え切れず、母と大阪から東京のDVシェルターに避難した私にとって、今も父は触れられたくない存在です。返事をするのもためらっていたうちに2通目をもらい、それからは月に1~2通のペースで手紙が届くようになりました。
父の最期の日々を支える献身的なケアマネジャー古賀さんの誠実な人柄がうかがえる几帳面な字で手書きした手紙には、父の容態や日常の様子がつづられていました。一方で、私のためらいを察したのか、2通目以降は身元引受人の話は一切出てきませんでした。
古賀さんは父が少しでも過ごしやすいように介護器具を入れ、体力が衰えないようリハビリをさせるなどいろいろ心を砕いてくれているようでした。古賀さんの手紙から、父のアパートの隣人たちも、毎日顔を見にきてくれたり、父の好物を差し入れしてくれたり、父のことを気遣ってくれている様子が伝わってきました。
亡くなった母は社会福祉士でしたが、自分の仕事についてあまり話してくれなかったので、私は最初ケアマネジャーという職業こそ認識していたものの、どんな仕事をする人なのかもよく理解していませんでした。
ネットでいろいろ検索して初めて、介護される人やその家族の生活を左右する大変重要な役割を担っていて、しかも、かなりハードワークであることを知りました。
ちょうど勤務先の塾の先輩講師がきょうだいと認知症の母親の介護をしていたので、ケアマネジャーについて尋ねたところ、「忙しいのは分かるけど、血が通っていないというか、本当に杓子定規に物事を決めて伝えてくるんだよね」と愚痴が止まらない様子を見て、どうやら古賀さんは特別らしいことが分かりました。
父は、人生の最期に大当たりを引いたのだと思いました。意外に強運な人だったのかもしれません。
眠るように最期を迎えた父2通目の手紙を受け取った後に初めて古賀さん宛てに返信を書き、父とは酷い経緯があって生き別れたこと、母が亡くなったこと、今はシングルマザーとして幼い息子を育てていることなどを伝えました。同時に、大変申し訳ないけれど、父と会うつもりはなく、相続も放棄したいと書きました。
しかし、その後も、古賀さんからの手紙は届き続けました。
昨年末には父が住んでいたアパートの大家さんから建物の老朽化を理由に立ち退きを要求されるというアクシデントもありましたが、古賀さんが東奔西走して、隣町で父が入居できる施設を見つけてくれました。
古賀さんの事業所の方々やアパートの仲間たちも総動員して引っ越しが行われました。ようやく施設での暮らしにも慣れたと思った5月には、呼吸困難から危篤状態になり、いよいよかという一幕もあったようです。
奇跡的に持ち直した父はその後しばらく病状も安定していました。しかし、9月に入って猛暑も少しは和らぐかと思った矢先、静かに息を引き取りました。直前の10日間ほどはほとんど意識もなく、眠るような最期だったといいます。
「松野さんにとってどんなお父様だったのかは知る由もありませんが、私にとっては、苦しい時にもユーモアを忘れず、粋で仲間思いの素敵な方でした。わずかな間でしたが、共に時間を過ごし、最期を見守らせていただいたことは大切な思い出です」
古賀さんからの報告の手紙を読んでいるうちに、不思議と涙がこぼれました。父のために流す涙などなかったはずなのに……。
USBメモリに入っていた1つの動画父の死から1カ月ほどして、古賀さんから送られてきた書類の中にUSBメモリが入っていました。確認すると、動画が1つ保存されていました。動画に写っていたのは、かつての面影は全くない、やせこけて頬が落ち、血の気のない疲れた顔をした初老の男性でした。
肺がんの末期だけに呼吸をするのも相当苦しかったのでしょう。一言一言を絞り出すように、画面の先の私に向けて語り出しました。
「歩やお母さんには済まないことをしたと思っている。二度と会ってもらえなくて当然だ。けれど最期に、お前に子供が、私の孫がいて、幸せに暮らしていると知って本当に安心した……」
そこまで話すと父は号泣し、後は言葉が続きません。
「大丈夫ですか?」
背後から心配そうな女性の声が聞こえ、動画はぷつりと切れました。
最期まで父に会ったり、電話で声を聞いたりしなかったことに後悔はありません。しかし、私をこの世に送り出してくれた父に対し、その死にざまを見届けることができたのは良かったと思います。いつかは幼い息子にも、父の残してくれた動画を見せながら、父のことを話す時がくるかもしれません。
それも父と古賀さんとの出会いがあってこそです。プロフェッショナルな態度で父の人生の最期に寄り添ってくれた古賀さんに、今はただ感謝しかありません。
※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。
森田 聡子/金融ライター/編集者
日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。
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