「じか箸にクチャラー」忘年会シーズンに30代OLたちを震え上がらせた「あり得ない鍋合コン」の実体
Finasee / 2024年12月12日 18時0分
Finasee(フィナシー)
「乾杯!」
自己紹介が終わり、3対3で向かい合うテーブル席でグラスやジョッキが打ち鳴らされる。しかし真美はレモンサワーをひと口飲んで、誰にも気取られないようにため息を吐く。
同僚の絵里奈に頼まれて、真美は20代以来の合コンに訪れていた。
向かいには真美の正面である右側を空けて、真ん中に遠藤、左側に葛西という男が座り、そろっておいしそうにビールを飲んでいる。2人とも、先月の友人の結婚式で絵里奈が知り合った新郎側の友人で、化学系の専門商社で働いている33歳ということだった。
「いい店でしょ。忘年会シーズンだからね、普通なら予約するの無理なんだけど、ここの社長、知り合いでさ。頼み込んだってわけよ」
「えーすごいです」
女性側の真ん中に座る絵里奈が手をたたく。遠藤は薄っすらと青ひげの浮かぶ口の周りにビールの泡を塗ったまま、素早く2回うなずく。
「まあまあ、これくらいは大したことないって。なあ葛西?」
「そうそう、顔がデカいのだけが、遠藤の取りえだから」
「それを言うなら、顔が広いだろ」
たぶん2人の鉄板ネタなのだろう。ゲラゲラと笑う2人に合わせて、真美たちも目を細め、口元で笑い、その場をなんとかやり過ごす。
「遠藤さん、今日ってごはんはコースなんですよね」
「そうそう。でも、この店で1番うまいのは、お通しと日本酒。がっはっは」
何が面白いのかは分からないが、遠藤は大口を開けて笑う。大して料理がおいしくないなら、どうしてこの店を選んだのかと、真美は創作和食居酒屋の妙に内装に凝った個室を見渡したが、やや薄暗い照明が不必要にムーディな意外、それらしい理由は見当たらない。
「えー、わたし、日本酒飲めないのに~」
合コン慣れしている絵里奈は冗談めかした返事をし、絵里奈と一緒に行動することの多い智子も「たしかにおいしい」とお通しを食べて、笑っている。
机の上で裏返していたスマホが、ちょうどいいタイミングで短く震える。退屈を紛らわすにはちょうどいいだろうと思って手に取ると、対角線上の葛西が真美を指さし、「ちょっとちょっと、真美ちゃんってば彼氏ー?」と品性と常識の欠落をアピールする声を投げかけてくる。
「いえ、仕事の連絡です」
彼氏がいたらこんなところ来るはずないだろという言葉をのみ込んで確認すると、絵里奈と智子とのグループチャットに〈まじごめん 超ハズレだった〉と、絵里奈からメッセージが届いている。
驚いて隣りを見ると、絵里奈も智子もテーブルの下でスマホをノールックで操作している。
〈開始5分でハズレ認定は草〉
〈もう1人に懸けるしかないかぁ〉
〈時間を守れないルーズな男はダメでしょ〉
メッセージは次から次へと飛んでくる。表情は柔らかな笑顔のまま、テーブルの下で親指だけが高速移動を続けている。
ふいに遠藤が立ち上がった。個室のふすまを開けて廊下へ顔を出し、「店員さーん、おかわりー!」と大声を上げる。
「遠藤さん? タブレットありますよ」
「あー、智子ちゃんダメダメ。あいつはね、ITとか苦手なの。まじウケるよね」
葛西は笑っているが、さすがに絵里奈と智子の表情も引きつり始めている。
間もなく、店員が料理を運んでやってくる。食事が始まれば少しは気も紛れるかもしれないと、真美が、そしてたぶんきっと隣の2人も同じように、胸のうちに抱いていた希望はあっさりと打ち砕かれた。
「え、鍋……?」
と合コン歴戦の猛者である絵里奈が思わず口走ってしまったのも、しかたがないことだと思う。
店員が運んできたのはざるに入ったカット野菜と鍋だった。時が止まったようにあぜんとする女性陣をよそに、店員は手際よくテーブル備え付けのIHを起動し、鍋を温め始める。葛西は「いやぁ、冬と言えば鍋っしょ」とおしぼりで顔を拭く。
「あ、店員さん、ビールおかわり」
「あちらのタブレットがご注文をお願いします」
遠藤は遠藤で、店員を困らせている。
そこへ、3人目の男性が登場煮え立つキムチ鍋に箸が突き刺さる。おたまも菜箸もあるのに、鮮やかな赤色の鍋をかき混ぜているのは、遠藤のじか箸だった。
〈じか箸いったー!〉
〈キモすぎ……もう鍋食べられないじゃん〉
絵里奈と智子のメッセージはテーブル下で相変わらず続いている。
「あ、皆さんのおかわりも取り分けますよ。ほら、今ってこういうの、男女関係なくやらなきゃいけない時代でしょ」
なぜか得意げな遠藤の申し出を、真美たちは丁寧に断る。絵里奈と智子が鍋に手を伸ばそうとしないので、真美は仕方なくおたまと菜箸を使って小皿に取り分けたが、食欲は湧かない。もちろんそれは遠藤がじか箸で混ぜた鍋だからということもあるが、同じくらいいつの間にか目の前に移動してきているせいで目に入る葛西が気になった。
「それで、真美ちゃんは何やってんの? 休みの日とか」
小皿からかき込んだ野菜や肉を租借しながら、葛西が真美に話しかける。声に混ざって、くっちゃくっちゃという不愉快な音が聞こえてくる。
どうやら葛西はクチャラーだった。
「まあ、映画見たりとか……」
「へえ、映画かぁ。俺も好きだよ。ほら、なんだっけ、あの、あれだよ、あれ」
「新海誠な。映画って、お前、アニメしか見ないだろ」
葛西のさびついた記憶に、遠藤が助け船を出す。
「そうそれそれ!」
手をたたいた葛西の口から、小さな米粒が飛び出す。米粒は見事に鍋へ飛び込んだが、メッセージを見るに絵里奈たちは気づかなかったらしく、触らぬ神にたたりなしと、真美も黙っておくことにする。
地獄だった。
この逃げ場のない地獄から逃れるには、もはやアルコールを摂取するしか方法がなく、真美はグラスに残っていたレモンサワーを一気に飲み干し、タブレットでおかわりを注文した。しかしくちゃくちゃ音といっしょに聞こえてくる「真美ちゃんいけるねぇ」という声が追いすがり、血中をめぐろうとしているアルコールをきれいに取り除いていく。
そのときだった。遠藤の背後でふすまが開き、スーツ姿の男が1人入ってきた。
「お、来た来た!」
「檜山遅えよ、何してたんだよ」
遠藤と葛西が反応し、空いている真美の対角線上に到着した彼を座らせる。
檜山と呼ばれていた彼は肌が白く、目鼻立ちがはっきりしているため、まるでハーフのように見える。来ているスーツは少し派手だが、本人のルックスのせいか、全く下品には感じない。真美の好みど真ん中だ。
〈我慢したかいあったー!〉
〈捨てる神あればなんとやらだ〉
グループチャットが机の下で盛り上がる。真美もたまらず、〈イケメンきた!〉と打ち込んだ。
●一気に女性たちのテンションを上げた遅れてきた男性、しかしとんでもない正体があきらかになる――。後編【「俺、1000円でいいですよね?」最悪な合コンに救世主が…遅れてやってきたハイスぺ30代男性の「ヤバい本性」とは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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