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「ご子息を火災で亡くして…」クレーマー独居老人がクリスマスの電飾を憎む「41年前の悲劇」

Finasee / 2024年12月17日 18時0分

「ご子息を火災で亡くして…」クレーマー独居老人がクリスマスの電飾を憎む「41年前の悲劇」

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

地区センター職員の有海(46歳)は、クリスマスのイベントに向けて準備をしていた。イベントを翌週に控えた矢先、センターの入り口でその地域に住む健一(75歳)が叫んでいるとの連絡を受ける。

聞くところによると、俺たちの税金をイルミネーションに使うのが許せない、という話だった。健一の言う通り、イルミネーションの設置や点灯にかかる電気代などは税金から捻出されている。だが健一は、地域では迷惑クレーマー扱いをされていて、たびたび問題を起こす高齢者だったこともあり、無視するよう上司に言われ静観していた。

それからも健一は毎日のように地区センターを訪れてクレームを叫び続けた。やがてイルミネーションを無理やり引きはがすという強行にまで及んだ。

●前編:「この税金泥棒どもめ!」地域のイルミネーションに猛反対する高齢男性の「とりかえしのつかない過去」とは?

健一の悲しい過去

翌日、たまたま休みだった有海は、地区の図書館で古い新聞を読みあさっていた。

もしセンター長が言った通りなら、何か健一が変わってしまうきっかけになった出来事があるはずだと思った。塚田健一の名前と彼に関連しそうな情報を探すうち、有海の目は1つの記事にくぎ付けになった。

今から41年前の冬。健一の自宅で起きた火災の記録だった。  

出火原因は、クリスマスツリーに飾り付けられた家庭用のイルミネーション。それがショートして火が出たのだという。

記事には、健一がその夜、工場の夜勤に出掛けていたこと、そして彼の1人息子――当時5歳の男の子が火災で命を落としたことが記されていた。

その悲劇が健一の人生を大きく変えたのだろう。

もし生きていれば、今年46歳になるはずだった男の子。くしくも有海と同級生だった。

「そういうことだったのね……」  

有海は胸に込み上げる複雑な感情を抱えながら、そっと記事を閉じた。

健一の独白

警察を呼ぶという脅しが利いたのか、クリスマスイベント前日まで健一がセンターに姿を見せることはなかったが、準備のために職員たちが遅くまでセンターに残っている中、久しぶりに健一が現れた。

イルミネーションの飾りをにらみ付けているが、真実を知った有海には、どこか悲しげな目をしているように見えた。

「あっ! あのじいさん、また来てる……!」

職員の1人が健一の姿を見るなり、携帯電話を取り出して警察を呼ぼうとした。

「ちょっと待ってください」

有海はその職員を制し、健一のもとへと駆け寄った。

「あの、塚田さん、少しお話ししませんか?」

「話だと……?」

健一はけげんそうに顔をしかめたが、有海の真剣な表情を見て、ゆっくりとうなずいた。

健一を応接室へと通し、温かいお茶を出す。健一の手は寒さであかぎれが起きていて痛々しい。

「塚田さん、すいません。41年前の火災のこと調べてしまいました。……とてもつらい経験をされたんですね」

その瞬間、健一の表情が一気にこわばった。有海を鋭くにらみ付ける目は、どこか悲しげに揺れていた。

「……何が言いたいんだ。俺の過去を持ち出して、同情でもするつもりか?」

「そうじゃありません。ただ、塚田さんがどうしてイルミネーションに怒りを感じるのか、ようやく分かった気がして……これまで、無理解な対応をしてしまったことを謝りたいんです」

そう言って頭を下げると、健一は眉を寄せたまま黙り込んだ。  彼がじっと耳を傾けてくれているのを確認すると、有海は話を続けた。

「明日のイルミネーションイベントでは、火災事故が起きないように、安全対策をしっかり講じています。使っている電飾は全て防火仕様のもので、設置や配線も専門業者にお願いしました。夜間も防犯カメラで監視しています」

健一の表情がかすかに動き、期待と疑いが入り交じった目で有海の顔をじっと見つめた。有海は、彼の心に訴えかけるように言葉を重ねた。

「もちろん、私には塚田さんが抱えている苦しみを、完全に理解することはできないと思います。でも……それでも私たちは、このイルミネーションで地域の人たちに笑顔を届けたいんです。塚田さんの心を傷つけたくてやっているわけではないことを、分かっていただけたらうれしいです」

健一はしばらく何も言わなかった。沈黙が応接室に広がる中、有海はじっと彼の反応を待った。  やがて健一は独り言のようにぽつりぽつりと語った。

「女房が死んで……めったに笑わなくなった息子が……あの電飾を見て喜んでたんだ……だから……だから俺は……ツリーの明かりをつけたまま仕事に……」

そこから先は言葉にならなかった。この40年余り、幾度となく繰り返されたであろう後悔がそこにあった。肩を震わせながらうつむく健一を、有海はそっと見守ることしかできなかった。

健一の後ろ姿

翌日のイベント当日。

人々でにぎわう地区センターに、健一の姿はなかった。

「さすがに当日は来なかったな」

職員たちは健一の不在にホッと胸をなでおろす。だが、有海は彼がこのイベントを遠くから見守っているような気がしてならなかった。

イベントはあわただしく行程をこなし、あっという間に時間は過ぎていった。センターの前には親子連れを中心に多くの人があつまり、イルミネーションの点灯を今か今かと待ち構えている。

「……3、2、1、メリークリスマス!!」

子どもたちのカウントダウンに合わせて、イルミネーションが点灯すると、センターの前は一瞬で光に包まれた。

わっと歓声が上がり、あちこちで笑顔がはじけた。

その後、有志で集まった地元の小学生や町内会メンバーによるミニコンサートが行われ、会場は大盛り上がりとなった。

クリスマスイベントは、有海たちの想定をはるかに超えて、大成功に終わったのだった。

その夜、有海が片付けを終えて帰ろうとしたとき、道路を挟んだ向かいの歩道から、ひっそりとセンターの方を見つめる健一の姿を発見した。

やはり彼は、このイルミネーションを見に来たのだろう。

有海が言った通り、点灯式が安全に執り行われるかを確認するために。あるいは、子どもたちがイベントを楽しむ姿を見届けるために。

しばらくすると、彼は誰にともなく静かにうなずき、センターに背を向けて歩き出した。

その表情は切なくも穏やかで、どこかつき物が落ちたようにも感じられた。

「メリークリスマス……塚田さん」

イルミネーションに照らされながら、夜道を進んでいく健一の後ろ姿に向かって、有海は小さくつぶやいた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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