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「この税金泥棒どもめ!」地域のイルミネーションに猛反対する高齢男性の「とりかえしのつかない過去」とは?

Finasee / 2024年12月17日 18時0分

「この税金泥棒どもめ!」地域のイルミネーションに猛反対する高齢男性の「とりかえしのつかない過去」とは?

Finasee(フィナシー)

会議室に山積みになった書類を前にして、有海は人知れずため息をついた。いくら屋内とはいえ、空調のついていない部屋の空気は凍えそうなほど冷たく、とうに40歳を過ぎた有海の身体には、ひどく堪えるものだった。

この地区センターが主催するクリスマスイベントまであと1週間。館内の廊下には、常にバタバタと職員たちの足音が響いていた。

子どもたちのために予定されているイルミネーション点灯式とミニコンサートの準備は、予算も人員もぎりぎりで進んでいるのだ。やるべきことは山ほどあるが、イベントを楽しみにしている人々の顔を思い浮かべると、なんとか乗り切れる気がしていた。

だが、そんな思いもつかの間。

センターの入り口から騒がしい声が聞こえ、若い職員が慌ててこちらへ駆け寄ってきた。

「馬場さん! 塚田さんがまた来てます!」

「ああ、またですか……」

有海は作業の手を止めて、苦笑しながら立ち上がった。

「私が対応してくるので、しばらくここ代わってもらえます?」

若い職員に後を任せると、有海は小走りで入り口の方へ向かった。

「……おい! お前ら、何度言ったら分かるんだ! 俺の金をこんなふうにして!」

センターの自動ドアが開くと、冷たい風とともにしわがれた怒鳴り声が飛び込んできた。

声の主は、塚田健一。迷惑クレーマーとして、この地区では有名な高齢者だ。特にここ数週間、彼の姿を見ない日はない。

「この税金泥棒どもめ!」

健一はつえを振り回しながら、イルミネーションの飾り付けがされたセンターの外壁を鬼の形相でにらみ付けていた。近くを通りかかる人々がちらちらと彼を見やりながら足早に立ち去っていくのが分かった。

「塚田さん、落ち着いてください。私が話を聞きますから……」

有海は努めて冷静な声を作って、健一をなだめた。

ここ最近は、健一がセンターにやって来ると、なぜか有海がクレーム対応に駆り出されるのが常になっていた。おそらく最初のころに彼の対応をしたのが有海だったからだろう。興奮状態の高齢者を相手にするのは根気が必要だが、イベントの担当者でもある有海としては他の者にこの面倒ごと押し付けるのも気が引けた。

「なんだ、またあんたか……」

健一は、有海の方を見て一瞬おとなしくなった。どうやら毎日のように顔を突き合わせているうちに有海のことを覚えたらしい。

「話す必要なんかない! 見ればわかるだろうが! こんなくだらない電飾に税金を使いやがって! 誰が許可したんだ! 説明してみろ!」

「それも含めて、きちんとお話ししましょう。寒いですし、中に入りましょうね」

応接室で向かい合った健一は、なおも怒りが収まらない様子で拳を握りしめていた。

「あんた、馬場さんとか言ったか? お前らの仕事はな、もっと他にあるはずだ。道路の穴を直すとか、ゴミの収集を増やすとか! 住民のためとか言ってごまかすんじゃない!」

地区センターのサービスは防犯や福祉に関するものがメインで、道路の修繕やゴミ収集のスケジュール策定は管轄外だが、健一にとっては大した違いではないらしい。内心苦笑しながらも、有海は表情には出さないように気を付けた。

「イルミネーションの予算は、地域の振興のために住民のみなさんと話し合って決めたものです。もちろん塚田さんのご意見も大切ですが、全体の意見を尊重する必要があります」

有海の説明に、健一は鼻を鳴らした。

「話し合いだって? うそばっかりだ! そんなの、俺は1度も聞いてないぞ!」

「回覧板や掲示板でお知らせしていましたが、確認していただけていなかったかもしれませんね。でも、地域の皆さんがとても楽しみにしているイベントなんですよ」

健一は目を細め、吐き捨てるように言った。

「楽しみにしてるのは、どうせお前ら役人と金持ちだけだろうが!」

その言葉に、有海の胸にかすかな痛みが走った。健一が普段、どれだけ孤独に過ごしているのか、彼の言葉の端々から感じ取れたからだ。

イルミネーションの飾りを強引に引きはがそうと…

それからというもの、健一は毎日センターに現れては同じクレームを繰り返した。

職員たちは次第にいら立ちを隠せなくなり、有海自身も次第に対応に疲れを覚え始めていた。

ついに上司からは、健一のクレームを無視するよう指示された。

「馬場さん、あの人に関わってもきりがない。どうせ毎回同じことの繰り返しだ。きっと構ってほしいだけなんだ。時間の無駄だよ。次からはある程度話を聞いたら、適当にあしらって構わない」

「わかりました……」

有海は静かにうなずいた。確かに、一切聞く耳を持たない健一とのやり取りは不毛なのかもしれない。それでも、有海は彼の叫び声が耳に届くたび、胸の奥に重いものが沈む感覚があった。

事件が起きたのは、ある夕方のこと。

他の職員たちとともに残業をしていた有海は、ふと外で物音がするのに気付いた。不審に思って窓からのぞくと、健一がイルミネーションの飾りを強引に引きはがそうとしているのが見えた。

「塚田さん! 何をしているんですか!」

慌てて外に駆けつけた有海は、大声で叫んだ。健一は驚いたように振り返ったが、すぐに怒りの表情に変わった。

「こんなくだらない飾り、全部壊してやるんだ! 税金をこんなものに使うのは間違ってる!」

「子どもたちが楽しみにしているんです! やめてください!」

そのとき、わずかに健一の力が弱まり、どこか遠くを見つめるような顔になった。彼の瞳には、怒りだけではない別の感情が揺らめいているように見えた。

「子どもたちが……?」

「ええ、そうですよ。センターの前を通るたびに、イルミネーションはいつ光るのかって聞いてくる子もいるくらいです。近所の幼稚園や小学校からも、たくさんの子どもたちがイベントに参加してくれると聞いています。ですから、もうこんなことは……」

「ええい! うるさい! 俺に説教するんじゃない!」

しばらく口をつぐんでいた健一だったが、やがて何かを振り払うように再び暴れ出した。

「誰が楽しみにしていようと知ったことか! こんなバカげたことは今すぐやめさせてやる!」

節くれだった手で電飾コードを引っ張る健一の姿はどこか痛々しく、有海の胸は締め付けられるようだった。

間もなく、健一は駆けつけた男性職員たちの手によって引き離された。念のためイルミネーションを点検してみたところ、幸いどこにも傷はついていなかった。電飾コードが断線防止の仕様になっていたためだろう。

「ふう……良かったぁ……」

「なに……何が良かった、だ……! この…… いまいましい電球め! 次は、ニッパーを持ってきてやるからな……!」

有海が思わず安堵のため息を漏らすと、健一は職員に羽交い絞めにされながらほえた。息を切らしているところを見ると、ちょっとしたもみ合いが老体に堪えているらしい。

「塚田さん……今後こういったことが続きますと、私たちとしても警察に通報するしかなくなります。どうか、お引き取りください。お願いします……」

真っすぐに目を見て静かにそう告げると、健一は不服そうな顔をしながらもつえをついて帰っていった。

いくらクレーマー扱いされていても、さすがに警察沙汰になることは避けたいらしい。なんとかその場を収めることには成功したが、有海の心は重いままだった。健一の言葉や行動には、ただの迷惑行為とは思えない必死さがあるように思えたからだ。彼が異常なまでにイルミネーションの点灯を阻止しようとしているのには、何か深い事情があるのではないか。

「塚田さん、昔はあんなふうじゃなかったのになぁ……」

そのとき、ぼそっとつぶやいたのは、いつの間にか様子を見に来ていたセンター長だった。

「昔なにかあったんでしょうか?」

「ああ、うん、俺が若いころだったけど、塚田さん、よく息子さんを迎えにセンターに来ててね。あんなことがなけりゃ……」

「あんなこと?」

有海は思わず聞き返したが、センター長はそれ以上話す気はないようだった。

「やめとこう。人の過去なんて知っても、ろくなことはないよ」

そう言って中へ戻っていくセンター長の背中は、ひどく寂しげに見えた。

●健一には悲しい過去があった。イルミネーションを嫌悪する理由とは……? 後編【「ご子息を火災で亡くして…」クレーマー独居老人がクリスマスの電飾を憎む「41年前の悲劇」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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