「え、覚えてないんですか? 」会社の忘年会で泥酔…“記憶にない大失態”を乗り越える方法とは?
Finasee / 2024年12月20日 18時0分
Finasee(フィナシー)
プライベートで使っているアウトドア用のカジュアルなリュックサックにスーツ姿は明らかにちぐはぐで、出勤中の真也は窓に映る自分に深いため息を吐いた。これではまるで新入社員だ。もうじき10年目を迎え、ベテランの域に入りつつある中堅社員として、シンプルに格好がつかないなと思った。
もちろんこうなったのには理由がある。真也の記憶には残っていないが、状況証拠は雄弁だった。
先週末の金曜日、他部署も交えた会社の大きな忘年会があった。年末の駆け込み仕事のせいで疲れがたまっていたのか、単に飲みすぎたのか、いつも以上に泥酔した真也は、土曜の朝、スーツのまま家の玄関で目を覚ました。12月だというのにコートすら着ておらず、お気に入りのイギリスのブランドのかばんもどこにも存在しなかった。もちろん中に入っていた同じブランドの財布も一緒に消えていた。会社のPCや書類などを持っていなかったことと、社員証がスーツジャケットの内ポケットに入っていたことは幸いだったが、現金にクレジットカード、免許証などの身分証はかばんと一緒にまるごとなくした。
ショック、などという簡単な言葉では、このときの真也の心情は表せない。お酒を覚えたての大学生ならまだしも、真也は今年で32歳。一昨年に結婚し、春になれば子供だって生まれる。当然、玄関でたたき起こされた朝、妻にはこっぴどくしかられた。
その後、真也の土日は遺失物の対応に追われているうちに終わったことは言うまでもない。一応店に連絡を入れ、何も届いていないことを確認し、交番や駅に届けを出し、クレジットカードやキャッシュカードを電話で片っ端から止めていく。もちろん土日のため連絡がつかないカード会社もあるため、これらの対応はまだ終わってすらいない。日曜日の運転免許再発行は、全国のあちこちでやっているクリスマスのイベントのにぎわいがかわいく思えるくらいに混みあっており、ほぼ丸1日がつぶれた。
休日にも関わらず自業自得の疲労感を抱え込んだ真也は、なくしたかばんの代わりに仕方なくプライベートで使うリュックサックを引っ張り出し、取り急ぎカビだけ取り除いたよれよれの革財布に現金を入れ、月曜の朝を迎えたというわけだった。
朝から役員に呼びつけられて…オフィスのエントランスを通り、エレベーターに乗り、フロアへ上がる。なんだか向けられる視線がいつもより多い気がする。それに鋭くて、遠い。すれ違いざまに掛けられるあいさつも、一歩退かれているような印象がぬぐえない。
何かがおかしい。
真也の嫌な予感は、所属部署である人事部のオフィスに到着した瞬間に確信へと変わった。
「おはよー…………ございます?」
思わず語尾が上がって疑問形みたいになってしまったのは、真也が入室するや全員の視線が真也へと集まり、そして同時にそらされたからだった。
「おはようございます……」
今度は声を潜めながら、となりのデスクに座る秋元にあいさつをする。秋元は表情に乏しいながら、丸眼鏡の奥で好奇の目を真也に向けていた。
「おはようございます。ヤバいですよ、瀬戸さん」
「ヤバいって何が」
わざとらしく声を潜めて返してきた秋元に合わせ、真也もボリュームを一段と下げて聞き返す。
「え、覚えてないんですか? ふふふ」
含みのある笑いに、真也は不安になる。
「金曜の忘年会、瀬戸さんかなーり荒ぶってましたよ?」
「あ、荒ぶってた……?」
秋元に手招きされるまま、真也は顔を近づけ耳を寄せる。ごにょごにょごにょ。かくかくしかじか。ごにょごにょごにょ……。秋元のひそひそ声が耳に入り込んでくるのに比例して、真也の全身から血の気が引いていった。
「まじか」
秋元から耳を離し、椅子の背もたれに寄りかかった真也はため息とともにそれだけ漏らした。血の気の引いたからだは冷たく、力が入らないくせに、心臓だけがやけに勤勉に脈打っている。胸に響く鼓動は、自分を焦らせるためだけにあるドラムロールのようだった。
荷物の紛失だけではなかった。かいつまんで言えば、どうやら泥酔した真也は管を巻きながら、役員の松井に絡みまくったらしい。しかも吐き出したのは暴言の数々。しまいには説教を始めて、会場を騒然とさせたとのことだった。
「終わりましたよ~、瀬戸さん。ふふふ」
「やめてくれ……」
真也は泣きそうな顔で言って、天井を仰ぐ。いや、実際泣けてくる。だいぶ。これまで色んな思いをのみ込みながらなんとか働いて築いてきたものが、たった一晩、数パーセントのアルコールであっけなく崩れ去ったのだ。上を見ていないと涙がこぼれてしまいそうだった。
「わ」絶望に浸る真也のとなりで秋元が声を出す。「うわさをすればなんとやらですよ」
秋元の視線をなぞってオフィスの入り口に目をやった。役員の松井が立っていた。もちろん、週明けのこんな朝早い時間に役員が人事部のオフィスを訪れる理由は存在しない。普通なら。
「瀬戸、ちょっといいか」
松井の声が響き渡り、真也には絶望が、それ以外の社員には緊張と好奇が広がっていく。
「瀬戸さん、ファイトです」
立ち上がった真也に、横から秋元の声がかけられた。こいつ楽しみやがってと思ったが、軽口を返す気力は当然なかった。
●絶体絶命の真也に松井が告げた言葉とは――。後編【「ずいぶんと偉そうなこと言ってましたよね?」泥酔した忘年会で役員に暴言を吐いた平社員の「想定外すぎた末路」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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